書評:阿部昭『猫に名前をつけすぎると』

阿部昭『猫に名前をつけすぎると』

 

阿部昭氏の猫エッセイ集。

この本の中で著者は、梶井基次郎の『愛撫』を繰り返し絶賛する。

長い作家生活の中であちこちに書いた猫エッセイを集めた本だから、一部内容的に重複があるのは仕方のないことだとは思う。
また私自身も、文学作品として見れば『愛撫』は良く出来た短編だは認めている。梶井基次郎ならではの書き方、目の付け方。
小説家や文学者が『愛撫』を褒めるのは当然だと思うし、『愛撫』の文学的価値を否定するなんて愚挙は私にも決して出来ない。それだけの力を持った小編だとは思う。

が、これほど繰り返し『愛撫』を賛美されると、少々、というか、かなり鼻についてくるのも事実である。

というのも、『愛撫』に表現される世界とは 残酷な猫虐待シーンだらけだからだ。少なくとも私にとっては、もし現実にあったとすれば決して許せないような、悪趣味極まりない小説とか読めない。

それを、いくら文芸作品としては優れていても、自ら「猫好き」をもって自認する阿部昭氏が、あれほど手放しで褒めるというのは、私としてはどうにも受け容れがたいのである。阿部昭氏の、猫に対する気持ちまで疑いたくなってしまうのである。

たとえば、こんなくだり。

さて、私は梶井が何匹もの猫を徹底的にいじり回したであろう様子を想像する。彼は作家には珍しく、また理科系の出身にふさわしく、詩人の資質とともに科学的な頭脳を持っている。彼の科学はいわば「子供の科学」で、夢とユーモアが横溢している。
  まず彼は、相当ひどく猫の耳を引っ張るとか、兎のようにつり下げるとかしてみる。(中略)指でつまんだぐらいでは効き目がないこと、つねってみても「ごく稀にしか悲鳴を発しない」事が確認ずみである。(中略)ついに「猫は耳を噛まれるのが一番痛いのである」ということを発見するに至る。「悲鳴は最も微かなところからはじまる。だんだん強くするほど、だんだん強く鳴く。Crescendoのうまく出る--なんだか木管楽器のような気がする。」
  猫を楽器のように鳴らしてみた作家も梶井以前にはいなかったであろう。
  作者はこのあと、猫の爪をみんな切ってしまったら猫はどうなるだろう、という空想じみた推論や、知り合いの「女の人」が猫の手を白粉を塗る道具に使っているという奇妙な「夢」を書いたりしている。それらは梶井一流の凝ったスタイルで綴られた、しゃれたコントとも、ちょっぴりエロティックなファンタジーとも呼べるものであるが、(以下後略)。」
page 213 『「あたし、猫がほしい・・・」-梶井基次郎・魯迅・ヘミングウェー』

上記の、「猫の手を白粉を塗る道具」とは、子猫の前足を切り落とし、その肉球を化粧パフ代わりに使うという、じつにおぞましいシーンのことである。

そう、梶井基次郎の『愛撫』とは、わずか数ページの短い中に、猫の耳を引っ張ったり、悲鳴をあげるまで噛んだり、また猫の爪を切ったらとか、子猫の前足を化粧道具にしたらと夢見るような、様々な虐待を目一杯詰め込んだ作品なのである。

梶井基次郎が、肉体は勿論、精神的にも衰弱した人間だったことは周知の事実ではある。とはいえ、そんな彼の作品を、「子供の科学」だの「しゃれたコント」だの「ちょっぴりエロティックなファンタジー」だのと繰り返し絶賛する“猫好き作家”阿部昭氏の精神構造も、いったいどうなっているのだろうと疑いたくならないか?他のエッセイでどれほど猫を愛でていても、『愛撫』への賛美を読んでしまった目では、どうも・・・なんというか・・・私としては、どうしても素直に氏の文章にとけ込めなかった。

また、氏のこんな感想も、私とはまったく逆な考え方だ。

(前略)犬のあの物言いたげな表情、(中略)、これに反して、私は猫が人間に物を言うとか言いかけるとかいう場面は想像することができない。』
page 29 『猫と手袋』

え?どういうこと?
私の目には、猫は常に人間に何かを言い、何かを話しかけているように見える。猫はしばしば何かを切々と訴えたり、文句を並べたりする。猫はコミュニケーション力の豊かな動物として、人間と会話をするばかりか、会話を楽しむことさえできる動物だと考えている。猫は犬より無口だなんて、私は一度も感じたことはない。方法が違うだけだ。
とはいえ、大いに合意できる一文もあった。

とにかく、わが国においても猫は清少納言以来約一千年の長きに瓦って、愛撫とともに観察され、畏怖とともに語られ、微に入り細を穿つ筆で描き継がれてきたものだ。しかも人は猫が存在する限り、猫について書くことをやめそうもない。
page 186 『日本の名随筆『猫』あとがき』

そう、猫とはまさに、地上に降りたミューズ(芸術の女神)だと、私も思うのである。猫がいる限り、ヒトは永遠に猫について書くことを止められない。

(2010.9.23)

阿部昭『猫に名前をつけすぎると』

阿部昭『猫に名前をつけすぎると』

阿部昭『猫に名前をつけすぎると』

阿部昭『猫に名前をつけすぎると』

 

※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。

 

『猫に名前をつけすぎると』

  • 著:阿部 昭(あべ あきら)
  • 出版社:河出書房新社
  • 発行:1998年
  • NDC:914.6(日本文学)随筆、エッセイ
  • ISBN:4309405592 9784309405599
  • 248ページ
  • 登場ニャン物:ルル、マー、他
  • 登場動物:-

 

 

著者について

阿部 昭(あべ あきら)

広島県生まれ、東京大学文学部仏文学科卒業。作家。62年『子供部屋』で文学界新人賞を、73年『千年』で毎日出版文学賞を、77年『人生の一日』で芸術選奨新人賞を受賞する。その他の著書に『司令の休暇』『阿部昭全短篇 上・下』『言葉ありき』『単純な生活』『短篇小説礼賛』などがある。1989年没。

(著者プロフィールは本著からの抜粋です。)


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阿部昭『猫に名前をつけすぎると』

阿部昭『猫に名前をつけすぎると』
7

猫度

8.0 /10

面白さ

7.0 /10

猫好きさんへお勧め度

6.0 /10

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