根崎光男『生類憐みの世界』

根崎光男『生類憐みの世界』

 

生類憐みの令の実態や時代背景が良く理解できる!

平成18(2006)年6月15日、遺失物法が改正され、平成19年12月10日から施行されました。
その大きな変更点のひとつに、所有者がわからない犬猫は、警察ではなく自治体(保健所や動物管理センター)に届け出ることになった、というのがあります。

これは恐ろしい改正(改悪)です。

というのも、狂犬病予防法に決められた犬の保護期間はたった3日間だからです。さらに猫にいたっては、その3日間の規定さえありません。
これでは、犬猫は見つけ次第、殺処分へのベルトコンベアーに乗せろと規定されたも同じようなものです。

しかし、かつて日本には正反対の法令がありました。

無主犬には食事を与えなさい。
飼っている犬の所在がわからなくなった場合には徹底的に探し、また、野犬を養育していて飼い主が見つかったなら返しなさい。違反者がいれば届けなさい。
病気の生類を生きているうちに捨ててはいけません、大切に養育しなさい。
その他、その他。

「生類憐みの令」は、ひとつの条例ではなく、江戸五代将軍綱吉の在位中に次々と出された数十のおふれの総称です。通説では、綱吉が僧に『子供がないのは前世の殺生の報いである。子どもが欲しければ生類憐みを心がけ、とくに綱吉が戌年生まれであるから犬を大事にするよう』にいわれたため、このような政策がとられたとされています。

が、著者の根崎氏によると、ことはそう単純ではないようです。

仏教思想の影響により、日本では昔から食肉を忌む風潮がありました。
「江戸幕府成立当初から、動物の殺生と食育とを禁じる法令が出ていたのですが、これを『生類憐みの令』と捉える研究者は皆無である。」
と著者は指摘します。

その一方で、食肉は普通に行われていました。イノシシやシカなど今でも食べられる獣達だけでなく、犬などもよく食べられていました。

綱吉は、殺生や虐待を禁じるおふれを次々に出しました。
さらに、死体を見つけた場合も埋めるようにと命じています。殺生だけでなく、それに伴う食肉も「穢れ」とみなし禁じたのです。

殺生を厳しく取り締まるということは、すなわち、鉄砲を厳しく取り締まるということにも直結しました。
鉄砲の管理はどんどん厳しくなっていったようです。そして人々が鉄砲を持てなくなるということは当然、徳川幕府の権力増大にもつながります。

根崎光男『生類憐みの世界』

根崎光男『生類憐みの世界』中野の犬小屋

この「生類」という言葉には、牛馬や犬などだけでなく、人も含まれました。
捨て子をしてはならない。もし捨て子を見つけた場合は養育せよ。足腰の立たなくなった老人や病人を捨ててはならない。その養育に困難な者は申し出よ。道中で旅人が病に倒れた場合は薬を与えて介抱せよ。等々。
また、「非人」と呼ばれる最下層の人々に救済米が振る舞われたこともありました。入牢者の待遇も見直され、牢屋環境改善のため改築も行われました。

とはいえ、「生類憐みの令」に、一般民衆にはかなり迷惑な条項が多々あったのは事実です。たとえば、犬猫が生まれても捨てられていても迷い込んできても、いちいちお上に届け出ないとならないとか、死ねばまたいちいち検分をうけなければならないとか、現在のように電話やメール・自動車等が無かった時代に、これは大変な労力と時間を奪ったと思います。
また、飢饉であってさえ動物を殺して食べてはいけないというのは、生物としてのヒトの生存本能をも禁止する法令と言えるでしょう。

しかしその同時期に、百姓のなかで農業の維持が困難な者には乞食になることを認めるおふれも出されており、つまりそれまでは、飢饉にあってさえ乞食してはならないというおきてがあったということに他なりません。これじゃあ百姓はたまったものじゃないと思わずにはいられません。現代の法律と、当時のそれとでは、内容も実施方法も随分違うようですから、文面だけを単純比較して批判するのは意味がないのかも知れませんけれど。

「生類憐みの令」は、しばしば、大変な悪法のように言われます。

が、もし、まさにこの時期に、これほど厳しく殺生が禁じられるということが歴史上に無かったとしたら?武芸だけが重んじられ、人や生き物が普通に殺されていたとしたら?

綱吉の治世は後に「元禄時代」と呼ばれる時代です。商業経済が大きく発展し、町民文化が華やかに花咲きました。井原西鶴や近松門左衛門が活躍し、松尾芭蕉が俳諧を芸術に高めました。それまでの殺伐とした武家社会から、平和な町民の文化へと日本は変わりました。

「生類憐み」の精神無くして、はたして町民文化があれほど発達できたでしょうか?

また、通説では、綱吉の死後、わずか10日で全廃されたと書かれたりしますが、実際には、「生類ノ儀、向後御構無之候、尤あわれみ候儀ハあわれみ可申候」=「それまでの生類保護に関する細々とした内容は気にしなくともかまわないが、『生類憐みの志』だけは持ち続けるように」とされたそうです。各おふれの内容は実質的には骨抜きにされていくんですけれど、それでも今の法律のように、犬も猫もモノ(あるいはモノ以下)だ、なんてことは言わないわけです。

根崎光男『生類憐みの世界』

根崎光男『生類憐みの世界』

日本という国は、世界中でもきわめて特殊な国だと思います。
殺生に関して言えば、平安時代に350年も死刑が廃止されていた時代がありました。これは京の中央政権が死刑を発令しなかったということであり、殺人や私刑が無かったというわけではないのですけれど、とはいえあの時代にすごいことです。

また、西洋人に植民地化されなかった、希有でラッキーな国でもあります。そして、文明開化後、猛烈な勢いで西洋諸国に「追いついた」ほぼ唯一の非白人国でもありました。
あのようなスピードで追いつけたのは、日本の一般民衆のレベルの高さゆえと言われています。当時の識字率は西洋諸国より高かった。江戸時代が平和で町民文化が栄えたことで、日本にはしっかりとした国力がついていたのです。

その江戸文化の根底に「憐みの志」があったことは結構大きかったのではないかと、本を読みながら、どうしてもそう思わずにはいられませんでした。

いくら私でも、「生類憐みの令」の全条項を全面肯定する気にはなれません。
が、「生類憐みの志」は、今の時代にも、ぜひ思い出して欲しい精神だとは思います。

(2008.2.3)

根崎光男『生類憐みの世界』

根崎光男『生類憐みの世界』

 

※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。

 

『生類憐みの世界』
同成社江戸時代史叢書23

  • 著:根崎光男(ねさき みつお)
  • 出版社:同成社
  • 発行:2006年4月
  • NDC:210(日本史)
  • ISBN:4886213529
  • 241ページ

 

目次(抜粋)

  • はじめに
  • 第1章 綱吉政権の成立
    • 将軍後継の決定
    • 天下人への道
    • その他
  • 第2章 綱吉政権の初期政治
    • 家綱の死と鷹
    • 幕領統治の刷新
    • その他
  • 第3章 生類憐み政策のはじまり
    • 生類憐みの令とは
    • 馬の筋延ばし禁令
    • その他
  • 第4章 鷹遣いの停止と鳥類保護
    • 鷹遣いの停止
    • 諸藩への影響
    • その他
  • 第5章 犬改めと犬小屋の設置
    • 犬改めと犬毛付帳
    • 捨て犬・犬殺しの横行
    • その他
  • 第6章 捨て牛馬・捨子対策――弱者への眼差し
    • 捨て牛馬の横行と斃死牛馬の処理
    • 馬改めと捨て牛馬への対応
    • その他
  • 第7章 諸国鉄砲改めと穢れ意識
    • 綱吉以前の鉄砲令
    • 諸国鉄砲改め令
    • その他
  • 第8章 人の生活と生類保護
    • 鳥類や魚貝類の食規制
    • 生類の飼育禁止
    • その他
  • 第9章 生類憐み製作と天皇・公家
    • 朝廷の食膳作法
    • 「御鷹之鶴」の進献
    • その他
  • 第10章 綱吉の死と生類憐み政策の動向
    • 綱吉の死と家宣政権の政治対応
    • 諸施策の運用とその動向
    • その他
  • 主要参考文献
  • あとがき

 

著者について

根崎光男(ねさき みつお)

法政大学大学院博士後期課程単位取得。現在、法政大学人間環境部教授。博士(歴史学)。
主要編著書『鷹場資料の読み方・調べ方』、『日本絵画の巨匠たち 川合玉堂』、『将軍の鷹狩り』、『日本近世環境資料講習』。

(著者プロフィールは本著からの抜粋です。)


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根崎光男『生類憐みの世界』

根崎光男『生類憐みの世界』
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