書評:ウィリス『犬は勘定に入れません』上・下

 

副題『あるいは、消えたヴィクトリア朝花瓶の謎』。

最初は、ドタバタしているだけで、さっぱり訳が分からない、落ち着かないし状況もよく分からない、なんだこの小説は、なんて思いながら読んでいたが、読み進むうちにだんだん話の方向がわかってきて、それとともに少しずつひきこまれていき、最後の1/4は俄然面白くなった。あっと思う仕掛けだった。が、よく考えれば、否、考えるまでもなく、結末のヒントは全編のあちこちにちりばめてあった。私が気づかなかっただけだった。

この作品の6年前に、姉妹編となる『ドゥームズデイ・ブック』が発表されていたそうだ。それを読んでいれば、もっとすんなりとこの作品にもなじめただろうし、プロット解明ももっと簡単にできたかもしれない。だからできれば発表年順に、まず『ドゥームズデイ・ブック』からお読み下さい・・・なんて書いてみたものの、私は未読だから、実際どうなのかは分からないのだけれど。

さて。

主人公のネッド・ヘンリーは、オックスフォード大学史学部の大学院生で、第二次世界大戦中に空襲で消失した「コヴェントリー大聖堂」の復原計画に協力していた。その協力とは、タイムトラベルで過去に飛んで「主教の鳥株」--復原工事責任者レイディ・シュラプネルの祖先の運命を決定づけた鋳鉄製の花瓶--を探すことだった。

しかし、あまりに頻繁なタイムトラベルと、寝る間もないほど過酷な労働のため、ネッドは疲労で倒れ、2週間の静養を言い渡される。

とはいうものの、あの烈女・・・超うるさく、口やかましく、ワンマンで、自分勝手で、どこまでも我が都合だけを押し通すレイディ・シュラプネルが、2週間もの静養を許すはずがなかった。コヴェントリー大聖堂の記念式典まで、もう期日がなかった。

そこで、ダンワージー教授はある策略を思いついた。のどかなヴィクトリア朝にネッドを送り込み、テムズ河でゆっくりボート遊びさせてやろう!さしものレイディ・シュラプネルだって、ヴィクトリア朝まで追いかけることはできないだろう。

すばらしい案に思えたが、思わぬトラブルが発生する。

タイムトラベラー達は、歴史に齟齬をおこさせぬよう、常に最大の注意を払っていた。現代のものを過去に残さない。過去の物を現代に持ち込まない。

さらに、タイムネットにも幾十にもセキュリティーがかけられていた上に、歴史そのものにも自己修復力があるらしかった。。微細な分子ならともかく、人の目に見えるほどの大きさの物を、過去から現在に持ち帰ることは不可能なはずだった。タイムネットが作動しないはずだった。過去の財宝をこっそり持ち帰って大儲けしようとたくらんだ連中は、誰一人、成功しなかった。ことごとくタイムネットに拒否された。

なのに。

なぜか、ヴィクトリア朝から、なんと猫がタイムトラベルして来ちゃった!それも生きた猫が!猫は現代ではすでに絶滅した動物だというのに!

関係者は全員色を失った。この猫を現代に残してはいけない!齟齬が生じる!歴史が変わる!時空連続体そのものが滅亡するかもしれない!即刻、元の時代、元の場所に戻さなくては!

そしてその時、ネッドはまさに、そのヴィクトリア朝に静養に行こうとしていたのだった。

・・・
結果はもちろん、静養どころではない。なんと忙しく、なんとあわただしく、なんとドタバタで、なんと走り回りっぱなしの「ヴィクトリア朝」となったことか。

そして、最後にネッドが解明した「齟齬の謎」とは?

上記の如く、猫は非常に重要な鍵となっているのだが、残念ながらこの猫「プリンセス・アージュマンド」は、猫らしい活躍はひとつもしない。ただそこにいるだけ。まだブルドッグの「シリル」の方が少しは活躍する。

この本はSFであり、コメディであり、恋愛小説であり、歴史小説でもあり、そして、けっこう本格的な推理小説でもある。
またヨーロッパ古典文学に詳しい人なら、‘引用’を読むだけで楽しいかも知れない。テニスンにトマス・グレイ、セネカにホラティウス、キーツにシェークスピア、その他多数。偉大なる名前がオンパレードだ。実に多方面から楽しめる長編小説となっているのである。

一気読みしてください。

(2010.10.22.)

ウィリス『犬は勘定に入れません』上・下

ウィリス『犬は勘定に入れません』上

ウィリス『犬は勘定に入れません』上・下

ウィリス『犬は勘定に入れません』下

ウィリス『犬は勘定に入れません』上・下

ウィリス『犬は勘定に入れません』下

 

※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。

 

『犬は勘定に入れません』上・下
あるいは、消えたヴィクトリア朝花瓶の謎

  • 著:コニー・ウィリス Connie Willis
  • 訳:大森望訳(おおもり のぞみ)
  • 出版社:早川書房 ハヤカワ文庫
  • 発行:2009年
  • NDC:933 (英文学)小説
  • ISBN:(上)9784150117078、(下)9784150117085
  • 463ページ、493ページ
  • 原書:”To Say Nothing Of The Dog” c1988
  • 登場ニャン物:プリンセス・アージュマンド
  • 登場動物:ブルドッグ

 

 

著者について

コニー・ウィリス Connie Willis

1945年コロラド州デンヴァー生まれ。1967年、北コロラド大学卒業後、教師をつとめるかたわら小説を発表しはじめる。短編集『わが愛しき娘たちよ』収録の「見張り」でヒューゴー賞・ネビュラ賞を受賞した。1992年の『ドゥームズデイ・ブック』は、史学部の女子学生の中性への時間旅行を描き、ヒューゴー賞・ネビュラ賞・ローカス賞を受賞。『ドゥームズデイ・ブック』の姉妹編である、1998年発表の本書も、ヒューゴー賞・ネビュラ賞を受賞している。(以上、ハヤカワ文庫SF)また、2001年のローカス賞受賞作『航路』は、日本でも大きな話題となった。 『マーブル・アーチの風』(早川書房)と『最後のヴィネベーゴ』という日本オリジナル短編集が編まれている。

(著者プロフィールは本著からの抜粋です。)


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ウィリス『犬は勘定に入れません』上・下

ウィリス『犬は勘定に入れません』上・下
4.7

猫度

2.5 /10

面白さ

7.5 /10

猫好きさんへお勧め度

4.0 /10

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