奥泉光『「吾輩は猫である」殺人事件』
夏目漱石の「吾輩は猫である」の続編!?
なぜか死んだはずの吾輩君は上海行きの船の中に。
そして、あろうことかあの牡蠣的消極生活を送っていた苦沙弥先生が殺害される!
漱石の文体を実に巧みに模倣している。
言葉遣い、雰囲気、しりとりのような文のつなげ方まで、そっくり真似ているのはすばらしい。
山の芋を泥棒に盗られたり、保険に入ったり入らなかったり、蟷螂(とうろう=カマキリ)君がひょいと顔を出したり、と、「猫」の中の話題がそこら中にちりばめられていて、思わずニヤニヤしてしまう。
さらに吾輩君が催眠術にかけられると、漱石の「夢十夜」そのままの夢を見たりする。
強いて言えば漢籍からの引用が減少してしまったが、今は長恨歌さえ知らない日本人で占められている世の中だから、無理に引用する必要もないだろう。
漱石ファンにはめちゃくちゃ楽しい本だ。
吾輩君が「猫」であれほど嫌われていた探偵となって大活躍するというアイロニーも面白い。
それだけに、ごく最初の方で「~とは気が付かなんだ」というような「~なんだ」表現が数回出てきてしまっているのがどうにも惜しいのだ。
漱石は、「~なんだ」表現は使わなかったと思う。
博士論文を書くわけでは無し、それだけを調べるために今から漱石の全著作を読む気は毛頭無いから、断言は出来ないけれど、私の記憶では、少なくとも「猫」では一度も使われていないはずだ。
これだけ見事に漱石を模倣していながら、冒頭に「~なんだ」が出てきてしまうと、非常に損だと思う。
少なくとも私は、最初の「~なんだ」を見たとき、突然背中を度付かれたような嫌な感じがし、その後は斜に構えた目で読み続けてしまった。
その悪印象を払拭できたのは、ほとんど終盤近くになってからだった。
漱石や「猫」を読んだことの無い人でも、この本は充分楽しめるだろうとは思う。
しかし、やはり知ると知らぬとでは雲泥の差がある。
「猫」を知っている人には、この本はお勧めだ。ぜひどうぞ。
(2002.4.10)
※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。
『「吾輩は猫である」殺人事件』
- 著:奥泉光(おくいずみ ひかる)
- 出版社:新潮文庫
- 発行:1999年
- NDC:913.6(日本文学)小説
- ISBN:4101284210 9784101284217
- 623ページ
- 登場ニャン物:(無名)、三毛子、ホームズ、ワトソン、マダム、伯爵、黒猫将軍、他多数
- 登場動物:-