ブレイスウェイト『魚は痛みを感じるか?』

もちろん、魚も痛みを感じます。
結論から書きます。魚も痛みを感じます。著者は科学者として様々な実験を行いますが、その結果は明らかに魚も痛みを感じることの証左としか解せないものとなっています。

ダメージを認知する機能と、痛みを感じる機能とはまったく別もの
痛みという感覚は非常に「個人的な」ものだと著者は指摘します。あなたが痛みを感じているか、どんな痛み方なのか、どのくらい強いか等の内容は、あなた以外の人間にはわかりません。「我が子のことなら本人以上に何でも分る」と豪語するような母親だって、子を痛みを彼女自身は何も「感じて」はいないのです。子供が怪我をしているとか熱があるとかの情報、プラス、子供の言葉や表情や動作で、頭の中で想像しているだけです。たとえ手をつないでいたとしても、子供の痛みを母親自身も感じているわけではありません。
魚が体に損傷を受けたとき、魚が反応することは分っています。それは誰が見ても明らかに見て取れることです。けれども、そのとき、魚は痛みを「感じ」たり苦痛を「感じ」たりしているのでしょうか?
(前略)侵害受容と痛みのちがいを思い出そう。侵害受容とは、体のどこかがダメージを受けているという、神経系の無意識的な認知なのに対し、痛みとは、ダメージを受けた箇所が痛いと感じる情動的な感覚である。
(page 67)
体になにか損傷をうけたとき、体は侵害を受容し、その情報を脳に伝えます。しかしそれは単なる情報の伝達にすぎません。スマートフォンなどの画面をタッチすると、その情報がチップに伝わり、何らかの反応を返すのと同じです。そこに痛みや苦痛は生じません。痛みを感じるには「意識」が必要です。
もし動物に意識が欠如しているのなら、たとえ細胞組織へのダメージによって、侵害受容に類似する反応や生理的な変化がみられたとしても、動物が痛みを感じると考えることは無意味だからだ。(中略)魚が有害な刺激を検知する仕組み(侵害受容体と情報を伝達する神経繊維)のみでなく、知覚と気づきの能力をももっていることを示す必要があるということだ。
(page 67 原書では太字ではなく傍点)
ダメージを受ける → まず神経系が反射的に反応する(=侵害受容) → そのあとで脳が痛みに気づく → 「痛い、苦しい」という意識(情動)が生じる。これが「痛み」です。全身麻酔をかけられて意識がない状態のとき、人はどこを切られても何も「感じ」ません。痛みを感じるには「意識」が必要です。
- 痛みの受容(センサーが感知)
皮膚、筋肉、内臓などに張り巡らされた神経の末端にあるセンサー「侵害受容器(自由神経終末)」が、熱、強い圧力、炎症物質などの有害な刺激を感知します。
・発痛物質の放出: 組織が傷つくと、カリウム、ブラジキニン、ヒスタミン、プロスタグランジンなどの発痛物質が放出され、侵害受容器を興奮させます。 - 痛みの伝達(脊髄へ信号を送る)
侵害受容器で電気信号に変換された痛み信号は、末梢神経を通って脊髄の「後角(こうかく)」に伝わります。
・神経の種類: 痛みを伝える神経には、速い痛み(刺すような痛み)を伝えるAδ繊維と、遅い痛み(鈍い痛み)を伝えるC繊維の2種類があります。
・脊髄での乗り換え: 脊髄後角で別の神経(二次ニューロン)に信号を受け渡し、その後、脊髄を上行して脳へ向かいます。 - 脳での認識(「痛い」と感じる)
脳の「視床」を経由して、感覚の司令塔である「大脳皮質(体性感覚野)」に到達することで、私たちは初めて「痛い」と認識し、場所や質を感じます。
(nekohonによるまとめ、一部AIも利用)
しかし、この「意識」こそが問題なのです。魚に「意識」があるかどうか、どうすれば科学的に立証できるのか?我々人間にとってあまりに身近で当たり前な存在である「意識」。しかしいまだに意識とはなにか、科学的には確証されてはいないのです。
2022年、AI技術者がGoogleの対話型AI「LaMDA(ラムダ)」に「意識がある」と主張し、世界的な話題となりました。その会話内容は公開され、それを聞く限りはたしかにラムダに意識があるように聞こえます。が、その後の理解では、ラムダは大規模言語モデル(LLM)として最高度な回答を作っているだけで、そこに自己意識は無いとされています。
『サピエンス全史』のユヴァル・ノア・ハラリは、「意識とは苦痛を感じられる能力のことだ」と言っています。人工知能がどれほど完璧な回答を繰り返しても、AIが苦痛を感じられないかぎり、ただのアルゴリズムにすぎないというわけです。
もしハラリの言葉が正しければ、魚に意識があるのならば、痛みも感じるはずです。そして、魚に意識があることは、様々な実験ですでに確かめられています。著者がマスに対しておこなった実験でも、マスはたしかに痛みを「感じて」いるとしか思えないと立証されました。

人間は、魚が痛みを感じるとはけっして思いたくない
しかしです。自らの実験で、魚も痛みを感じるとの結果が出ているにもかかわらず、なぜか著者は妙に歯切れが悪いのです。私などは読んでいてイライラするほどでした。著者は本の中で、ジェレミー・ベンサムの言葉「推論の能力をもっているか、あるいは話せるかが問題なのではない。苦しむ能力をもっているかどうかが問題なのである(page 108)」を引き、ピーター・シンガーの『動物の解放』の功績や動物保護運動を称えながらも(page 198~)、釣り人や漁業関係者にひどく気を使っている様子がありありと見えてしまいます。
著者が、ひとりの科学者として、中立の立場でどこまでも客観的に行動しようとしているのはわかります。それにしても、なのです。あるいは漁業関係者から研究資金の援助を受けているのかもしれませんが、その場合でも、趣味の釣り人にまでそこまで気を遣う必要はないだろうに、と思わずにいられません。過去によほどひどい攻撃でも受けたのでしょうか?
・・・もちろん、受けたことはあるでしょう。私自身、「趣味としての釣り」をちょっと批判しただけで、バシバシの反撃をくらったことが何回かあります。とくに熱心に攻撃してきた人たちは、ふだんは犬や猫の味方として動いている人たち、中には愛護本を出した人もいました。犬は救うけど魚は釣っていじめるし、指摘されると逆上するんですね・・・
実際、著者はこのように書いています。
魚の痛みについて私がこれまで議論してきた人々のなかでも、もっとも用心深い態度を示したのは、さまざまな意味でもっとも魚についてよく知っている釣り人たちだった。彼らは、釣り針をつかって魚を釣ることが残酷だとみなされるのではないかと心配していた。私の受けた印象では、釣り人の多くは、魚の痛みに関する議論を避けて通りたいようだった。ほんとうに魚は痛みを感じると知ってしまうと、自分のしているスポーツの正当性を改めて問い直す必要が生じるので、そもそもそんな問いの答えを知りたくなかったのだ。
(page 195)
著者は、釣り人の多くが魚に愛情を抱いていると書いていますけれど、私はそうは思いません。職業として魚をとっている人や、釣りでしか自身(や家族)の食料調達の方法がないような環境や経済状況にある人に対しては、私は悪意はもちません。が、純粋なる「趣味」で釣りをする人々は嫌いだし軽蔑もしています。彼らは決して魚を愛してなんかいない。彼らが愛しているのは魚の味だったり、魚という弱者に対する支配だったり、釣りの間は社会逃避できるという環境だったり、ときには「俺ってワイルドだろ」等のズレた自己肯定感だったり、としか私には思えないのです。
野鳥が好きな人はバードウォッチングをします。エゾモモンガが好きな人は雪の中に何時間も震えながら潜んで待ち、もしモモンガが巣から顔を出した瞬間の写真を撮れれば大喜びします。しかし、魚が好きな人は、魚を掴まえて殺して食べる?しかも我が身は終始安全な陸の上にいながら、魚たちを「ほら、美味しい餌だよ~」と騙して針を突き刺して?
・・・私の家の前にはアユが遡上するような川が流れていますが、川岸に散らかっているゴミのほとんどが釣り人の残した物です。日本では返しのない釣り針(バーブレスフック)の普及率が低いですが、それは釣り人が、魚(を含める生態系)の苦しみより自分の釣果を優先するせいです。返しがなければ間違って鳥に針が刺さっても抜けやすくなるというのに。
魚は痛みを感じます。あなたや、あなたの愛する人や、あなたの愛犬と同じように。
商業漁業を今すぐ減らせ、止めろといっても、そう簡単にはいかないでしょう。けれども趣味の釣りは、釣りをしている人が「もう止め」とさえ決めればその瞬間にその趣味は止められます。釣り人にとっては”雑魚”でも、釣り上げられた魚にとってはひとつきりの貴重な命なのです。
せめて趣味で他者を苦しめるのはもう止めましょう。

2048年問題
2006年に科学誌『サイエンス』に、2048年に海から食用の魚がいなくなるという警告が発表されて話題となりました。世界の漁獲対象魚の約90%が限界に近いか、すでに超えているという「乱獲」に加え、「環境汚染」や「地球温暖化」が進むことで、30年以内に海洋生態系が崩壊し魚が絶滅寸前になると予測されたのでした。この論文は後日撤回されたそうですが、切羽詰まった状況であることにかわりありません。
我々人類は魚たちをあまりに軽んじてきました。そのツケを払わなければならなくなる日が、近い将来、やってくるかもしれませんね。

※著作権法に配慮し、本の中見の画像にあえてボカシをいれる場合があります。ご了承ください。

目次(抜粋)
- はじめに
- 第1章 問題提起
パンドラの箱を開ける/動物実験/コウモリであるとはどのようなことか/他 - 第2章 痛みとは何か? なぜ痛むのか?
痛みの起源/痛みをどうとらえるか?/選択実験/ヒトはいかに痛みを感じるか?/他 - 第3章 ハチの針と酢――魚が痛みを知覚する証拠
魚の痛みの調査研究計画/魚の神経/神経と侵害受容体をさぐる/他 - 第4章 いったい魚は苦しむのか?
「意識」という問題/意識の三つのカテゴリー/魚の空間認知能力――アクセス意識の調査実験/他 - 第5章 どこに線を引けるのか?
哺乳類の感覚/生物の階層という考え方/無脊椎動物は痛みを感じるか?/他 - 第6章 なぜこれまで魚の痛みは問われなかったのか?
魚類の誕生/「緑の革命」から「青の革命」へ/釣りの倫理的な問題/他 - 第7章 未来を見据えて
魚の養殖/魚の実験の難しさ/ガイドライン制定の困難/他 - 訳者あとがき
- 参考文献
- 索引
著者について
ヴィクトリア・ブレイスウェイト Victoria Braithwaite
米・ペンシルベニア州立大学教授。2006年、彼女の魚類生物学への貢献に対して、イギリス諸島漁業学会から章を授与されている。
(著者プロフィールは本著からの抜粋です。)
『魚は痛みを感じるか?』
- 著:ヴィクトリア・ブレイスウェイト Victoria Braithwaite
- 訳:高橋洋(たかはし ひろし)
- 出版社:(株)紀伊國屋書店
- 発行:2012年
- NDC:487.51(動物学)脊椎動物-魚類
- ISBN:9784314010931
- 259ページ
- 原書:”Do Fish Feel Pain?” c2010
- 登場ニャン物:-
- 登場動物:マス、ナマズ、金魚、他さまざまな魚たち、タコ、イカ、ヤドカリ、その他さまざま生き物たち


