ドーキンス『進化の存在証明』
アメリカ人の半数近くはまだ進化論を受け入れていない。
《Newsweek日本版》が2021年8月31日付で『米国で進化論支持派がようやく過半数となる……では日本やドイツは?』という記事を発表しました。
2021年8月16日に学術 雑誌「パブリック・アンダスタンディング・オブ・サイエンス」で発表された分析結果によると、1985年から2010年までは進化論の支持派と否定派が拮抗し、支持派は2005年時点で40%にとどまっていた。しかし、2010年以降、支持派が増え、2016年には過半数を占めるようになり、2019年時点で54%になっている。
(中略)
研究論文の筆頭著者であるジョン・ミラー博士は「宗教的原理主義が今後も進化論の社会的受容性の妨げになるだろう」と予測し、「このような思想は根強いのみならず、政治色がますます強まっている」と指摘する。2019年時点で、保守的な共和党支持者のうち進化論の支持派は34%にとどまる一方、リベラルな民主党支持者では83%にのぼる。
米国で進化論を受け入れる人は増加傾向にあるものの、その割合は他国に比べてまだ低い。ピュー研究所が2019年10月から2020年3月にかけて世界20カ国の18歳以上の成人を対象に実施した調査によると、米国で進化論を支持する割合は64%であり、英国(73%)、ドイツ(81%)、カナダ(77%)、日本(88%)など、他14カ国よりも低かった。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2021/08/post-97013.php
同記事の「日本(88%)」という数字には正直、ちょっと疑問を感じます。私は半世紀以上生きてきましたが、日本人で「人は、数千年前に神が造り給うた存在」とし進化論を否定する人なんて、一人も会った記憶がありません。ごく一部の妄信的な信者を除き、日本人は全員進化論を信じていると思っていました。それが10人に1人は信じていないなんて、私の感覚では少なすぎると思うのですが。
それはともかくとして。アメリカ人の半数近くが、いまだに進化論を否定し、人は神が己の姿に似せて作った存在だと信じているらしいという状態は、私には本当に信じられません。そしてそれは、リチャード・ドーキンス氏にも信じられない、というより、ほとんと許しがたいことのようです。
あらゆる事例を並べ立てて、進化論が事実であることを証明
ドーキンス氏はまず、「理論(theory)」と「事実(Fact)」の違いの説明から始めます。そして進化論は理論ではない、事実なのだと言います。
なぜ「ダーウィンの進化の理論」などというのだろう。そう呼ぶことは、創造論の信条を奉じる人々ーー歴史否定論者、四〇%派ーーに、偽りの慰めを与え、「理論(theory)」という言葉が譲歩だと考える彼らに、ある種の贈り物ないしは勝利を手渡してしまうにも等しいように思われる。
page 55
その後は、膨大な数の事例を挙げて、生物が6000年前のある日、神によって突然一斉に作られたのではなく徐々に進化して現在の姿に至ったのだと説明します。600ページ近く、ひたすらその検証です。博士はあらゆる生物、さらに地学や化学、物理学まで展開して、進化が事実であったことを証明しようとします。いえ、証明を列挙します。
可笑しかったのが、「第7章 失われた人だって?もはや失われてなどいない」の中の「見にいくだけでい」(page 299-304)に出てくるインタビュー。もう意味不明な内容に、最初は笑っていたけど、最後は笑いも通り越して私まで頭を抱え込みたくなりました。
そのインタビューの相手は「アメリカを憂う女性」という団体の会長ウェンディ・ライト。インタビュー時期は2008年だから、少し古いとはいえ、めちゃ昔というわけではありません。しかしその内容ときたら!このウェンディなる人物、ガリレオの時代からタイムスリップしてきた女かしらと思うくらいにガッチガチな頭の持ち主で、まるで言葉が通じません。ドーキンス氏の言葉を全面的に跳ね除け、ただひたすら自分の主張を繰り返すだけです。こんなのと議論なんてするだけ無駄。ここまで石頭なら石地蔵相手に議論した方が100倍もマシ。そんな相手です。でも、こんな人が、アメリカにはまだワンサカいるんですよね・・・!!
それにしてもドーキンス氏の博識には驚かされます。これでもか、これでもかと出してくる進化の証拠。私が知らなかったディテールも豊富。そういう意味では、めっちゃおもしろーい!
しかし、以下の文章には注意(解釈)が必要かも?
原子論は誰もが、創造論者でさえ受け入れていると私は考えているが、(後略)
page 163
残念ながら私はSNS上で見てしまったことがあります。その人はこう書いていました、「神が分解できないほど小さなものなど存在しえない、だから原子も存在しない」と。ありゃりゃ、ですね。そういえば昔の哲学者(デカルトだったかな?)も似たようなことを言っていたような気が。そういう創造論者は科学で説得は不可能ですから、こんな反論はいかがでしょうか。「神が人間には化学的にそれ以上小さく分解できない限界(※)を定めたもうた、それが原子、だから人間には原子論が合っているのだ」。これなら「神に不可能はない」は残せます。
※=物理学では現在、素粒子(クォーク・レプトン・ゲージボソン・ヒッグスボソン)が分解できる最小のものとされています。
感想
ご存じの通り、地動説のガレリオも、進化論のダーウィンも、聖書と戦わなければなりませんでした。
そんな中、とうとう(やっと)1996年に、カトリック教のローマ教皇John Paul IIが、進化論を公式に認める声明を発表しました。彼はカトリック教会の最高指導者として、進化論が科学的に正しいと述べ、宗教と科学の調和を強調したのです(Vatican Observatory)。
にもかかわらず、ドーキンスが、あのドーキンス博士が、これほど大部の著作を発表しなければならないほど、多くの人々がいまだに進化論を否定している?これはもう、私には「興味深い現象」を通り越して茶番劇にしかみえません。
私が思うに、人々が否定したいのは進化論そのものでなく、「ヒトが特別な存在ではない」という意識なのではないでしょうか。ヒトとはどこまでも驕り高ぶった存在。常に「特別」でいたい。常に他者を見下していたい。だからいつまでたっても、人種差別も、男尊女子も、宗教間の対立も、階層間の対立も、パワーハラスメントも、集団虐めも、その他もろもろも、なくならないのでしょう。
そして、どれほど”下層”にいる人でも、必ず持てる優越感情。それが「人間様は他の動物達とは違うのだ。神が造り給うた、神に最も近い存在なのだ」という優越感になります。
その唯一絶対的な優越感さえ否定されてしまっては、自己認識、自分のアイデンティティーそのものが崩壊してしまうとでも感じるのでしょう。ドーキンスの『利己的な遺伝子』が発表されたときにキリスト教圏の人々が示した激しい嫌悪感には驚きましたが、それと似たようなものじゃないかと思います。
その点、日本には古くから仏教からくる輪廻の思想があり、また八百万の神からわかるようにどんなものにも、巨石のような無機物にさえも「神」を感じられる感覚をもっていました。「進化論」も「利己的な遺伝子論」も、日本人は(白人から見れば)拍子抜けするほどあっさりと受け入れてしまったという経緯があります。私も生粋の日本人です。私には進化論を否定する気持ちは理解できませんし、創造論者の論にはまったく同感できません。
ですから、ドーキンス博士のこの本を読み終えてまず感じたのが「分からず屋のお相手をここまで、なんともご苦労様なこと」という同情でした(苦笑)。この大著に対して、こんなレビューで大変申し訳ないとは思います。でも私としましては、この本は「どうぞご自分でお読みください」としかいえない気分です。創造論者・歴史否定論者の方々はもちろん、進化論を事実と知っている方々にとっても、新たな知識や発見がきっとあるはずです。知識の宝庫です。お読みください。
※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。
目次(抜粋)
- はじめに
- 第1章 理論でしかない?
- 第2章 イヌ・ウシ・キャベツ
- 第3章 大進化にいたる歓楽の道
- 第4章 沈黙と悠久の時
- 第5章 私たちのすぐ目の前で
- 第6章 失われた環だって?「失われた」とはどういう意味なのか?
- 第7章 失われた人だって?もはや失われてなどいない
- 第8章 あなたはそれを九カ月でやりとげたのです
- 第9章 大陸という箱舟
- 第10章 類縁の系統樹
- 第11章 私たちのいたるところに記された歴史
- 第12章 軍拡競争と『進化的神義論』
- 第13章 この生命観には壮大なものがある
- 付録-歴史否定論者
- 訳者あとがき
- 図版出典
- 参考文献
- 原注
著者について
リチャード・ドーキンス Richard Dawkins
故スティーブン・ジェイ・グールドと並ぶ、目下欧米で最も人気の高い生物学者であり、『利己的な遺伝子』は世界中でベストセラーとなった。著書にはほかに、『紙は妄想である』『悪魔に仕える牧師』『虹の解体』『祖先の物語』『遺伝子の川』『延長された表現型』など。
(著者プロフィールは本著からの抜粋です。)
『進化の存在証明』
- 著:リチャード・ドーキンス Richard Dawkins
- 訳:垂水雄二(たるみ ゆうじ)
- 出版社:株式会社 早川書房
- 発行:2009年
- NDC:467.5(進化論:自然淘汰,人為淘汰)
- ISBN:9784152090904
- 637ページ
- カラー口絵
- 原書:”The Greatest Show on Earth; The Evidence for Evolution” (c)2009
- 登場ニャン物:-
- 登場動物:他種多数