ジェーン・グドール『希望の教室』

ジェーン・グドール『希望の教室』

「動物には感情も理性もある」。

ジェーン・グドールについて書かれたものを読むたびに、実に不思議で不可解と思うことがあります。それは、彼女こそが、西洋の生物界・科学界に「動物には感情も理性もある」ということを知らしめた人物だとして紹介されることが多いからです。

これが私には不思議でなりません。

西洋人はなぜ、いったいなぜ、ジェーンが現れるまで「動物には感情も理性もない」なんて考えることができていたのでしょうか?

西洋人といえば、犬を愛し、馬を乗り回し、牛や羊や山羊その他の動物達を多数飼育してきた人種です。その彼らがなぜ、たとえば膝の上の猫に「感情も理性もない」なんて思うことができたのか?ましてチンパンジーのような、外見も仕草もヒトにそっくり、知能も高く、手先も器用な生き物についてさえ、なぜ「彼らに理性はない、条件反射だけで動いている」なんて決めつけることが出来たのか?

本当に不思議です。

人類が長い間、「地面は平らだ」とか「太陽が地球の周りを回っている」と信じていたことなんかは、よくわかります。日常生活の中では、たしかにそうとしか見えないことが多いですからね。しかし、動物に理性がないと信じるに至っては、・・・?????

要は、そう信じた方が彼らを食べたり利用したりしやすいから。あくまで人間勝手な都合上、無理矢理にでもそう信じ込もうとしていただけなのではないか、と思わずにいられません。

 

道具を使うチンパンジー画像、パブリック・ドメイン
道具を使うチンパンジー画像(本著とは関係ありません)

 

ジェーン・グドールにとって、さらに人類全体にとって幸いだったのは、彼女を最初に見いだしたのが他ならぬリーキー博士・・・そう、あの著名な古人類学者、ルイス・リーキー・・・だったことでした。

 

当時のジェーンは、科学者としての正規の教育を受けていなかった。学位すら持っていなかった。だがリーキーが求めていたのは、学問的な偏見や先入観にまみれていない、柔軟な考えのできる人物だった。ジェーンによる数々の画期的な発見―――――なかでも”動物には感情も個性もある”という発見が可能だったのは、彼女が正規の教育を受けていなかったからこそだ。当時の大学では、動物に感情や個性などないというのが一般的な考えだったのだから。
(page 33)

 

ジェーンがいわば”素人”だったからこそ選んでくれたリーキーに拍手ではないでしょうか?

 

ジェーン・グドールは「希望の人」

ジェーン・グドールによれば、希望とは、

 

「人が生き抜いていくためのもの。」
(中略)
「希望は、人間が生き抜くための特性で、それがなければ死んでしまうものなのよ。」
(page 25)

 

著者は、人は未来のことを考えるとき、次の三つのいずれかだといいます。

 

ひとつは空想。そこにあるのは、主として楽しみや娯楽のための大きな夢だ。もうひとつは悲観。起こるかもしれないあらゆる悪いことに意識が向く。(中略)そして三つめが希望をいだく。避けて通れない課題をきちんと理解したうえで、未来を思い描くのだ。面白いことに、希望に満ちている人は途中で起こりうる障害をきちんと見越して、それをとりのぞく努力をする。”希望をいだく”とは、楽観して問題を軽視することではない。問題にきちんと取り組むことなのだ。
(page 44-45)

 

希望をいだくことと、夢見ること・現実を見ないこととは違う。ここが重要なポイントではないでしょうか。根拠のない希望はただの夢物語です。起こりうる障害を考慮にいれない計画も、ただの楽天家の夢。

実は、自分のレビューを書く前に、ネット上ではどのような評価を得ているか、ざっとレビューを読んでみたのです。そうしたら、ジェーンをただの楽天家みたいに評しているレビューが目について、あららと思ったのです。

この本を最初から丁寧に読んでたならば、ジェーンがきちんと現状も障害も理解していること、しかしその上で、というよりむしろだからこそ、彼女はあれほど希望に満ちているのだということが分るはずなのです。

 

「(前略)でも、希望と楽観は別物よ」
(中略)
「そうね、人はみんな楽観主義か悲観主義かのどちらかにわけられると思う。性格や人生観でね。楽観主義者は『大丈夫だ』って考え、悲観主義者は『うまくいきっこない』って考える。それに対して希望とは、自分に出来ることを全部やって、うまくいくようにしようとする強い決意よ。それから、希望は育んでいける。一生の間に変りうる。」
(中略)
「世の中がどうなるかなんて、じつのところ誰にもわからない。何もできないわけでもないし、すべてがうまくいくともかぎらない」
(中略)
「(前略)希望は、どんな困難も危険も否定はしないけれど、そういったものに押しつぶされることもない。どんなに闇が深くても、わたしたちの行動が光を生み出すから」
(中略)
「大事なのは行動を起こすこと。そして、状況は自分たちの手で改善できると理解すること。ひとりの行動に後押しされて、ほかの人たちも行動するようになれば、大勢の仲間がいるのがわかってくるし、地道な行動を積み重ねていけばもっともっとすばらしい世の中にしていける。そうやって光を広げていくの。(後略)」
(page 45-47)

 

このように話す人が、現状をわかっていないただの楽観主義者でしょうか?違うでしょう。彼女は実際、とてつもない行動力で、とてつもなく行動しまくった女性でした。チンパンジーの研究だけで満足するような器でもありませんでした。90歳近くなった今も(本著執筆当時)、世界中を飛行機で飛び回って、文字通り走り回っていました。希望の人であると同時に、行動の人でもありました。

 

ジェーン・グドール『希望の教室』

ヒトは半分罪人で半分聖人

ジェーンは、ヒトという生き物は、善悪が半分ずつの、半分罪人で半分聖人だといいます。その善と悪、どちらが勝つかを決めるのは、

 

「(前略)わたしたちの生み出す環境なの。わたしたちが育み、働きかけていくものが勝つのよ。
(page 68)

 

この先の世の中がどう進んでいくか、悪い方へ進むか、すばらしい世界が開けるかは、すべて、私たちの働きかけ次第。どちらへ転ぶ可能性も半分半分だけど、私たちさえ正しい方向へ働きかけさえすれば、きっときっと、世界は良くなる。そうジェーンは信じているのです。

ジェーンはただ信じるだけでありません。誰よりも熱心に働きかけても来ました。希望の人であると同時に行動の人でもあるのですから。ジェーンは、世の中には不屈の精神力で戦っている英雄がたくさんいるといいます。その多くは無名かもしれません。しかしその精神力は決して誰にも負けない、何者にも屈しない。

 

「(前略)嘲笑を覚悟で、けが人を救うために、日々命がけで戦場の真っ只中へ救急車を駆っている平和主義者だっている。自由と命を守るために、政権の不正行為や蛮行の真実を伝えるジャーナリスト、巨大企業の閉ざされた扉のむこうで行われている忌まわしい行為を明らかにしなければと内部告発をする人、工場化された畜産場の内部の様子を密かに撮影したり、路上での残忍な行為の現場をとらえる勇気ある人たち・・・・。
(後略)
(page 194)

 

さらに、子供たち、若い人たち。純真な心で、汚れきった世の中に敢然と立ち向かっていく若い魂。彼らこそ人類の希望だと、ジェーンはいいます。ジェーンの創始した「ルーツ&シューツ」運動は、まだ学校に通っている子供たちを中心に人々の間に静かに、しかし着実に広がりつつあると言います。その三つの柱は「人を助け、動物を助け、環境を助ける」というもの。植樹でもいい。農業でもいい。新しい小さなビジネスでもいい。人と動物と環境を三つとも助けるような”何か”が、貧しい人々、虐げられた人々に笑顔を運び、救いをもたらし、動物たちと環境に優しい世界を作っていきます。

 

ジェーン・グドール『希望の教室』

 

2026年の現在の世界を見れば、プーチンは相変わらずウクライナ侵攻を続けていますし、トランプとネタニヤフはイランに戦争をしかけていますし、気候変動はますます加速していますし、森林は破壊され、海は汚染され、極地の氷床はどんどん解けて崩れ落ちています。どこにも希望を見いだせないような世相がどんどん深まっています。

しかし、ジェーンであれば、こんな世になってしまってもなお、決して希望は捨てないのでしょう。それどころか、ますます希望に燃えて、世をよくするために邁進していくのでしょう。残念なことに、ジェーンの肉体は、この本の発行後の2025年10月1日に91歳でこの世を去ってしまいました。けれどもジェーンの精神は今も生き続けていると信じています。「ルーツ&シューツ」の活動、「動物には個性も精神もある」を前提とした動物たちとのかかわり、不正を憎み平和を愛する心、その他。

この本は、人生に疲れた中年の方や、世の酸いも甘いも噛み分けた高齢の方にもお勧めの本ではありますが、誰より、これからの世界を担っていく人たち、若く将来あふれた子供たち・若者たちに読んでいただきたい一冊でした。対談方式なので、少々冗漫な感はぬぐえませんけれども、その分、読みやすくもなっています。かなり気楽にさらっと読める本です。でありながら、奥が深い。どうぞお手にとって一読ください。

 

ジェーン・グドール『希望の教室』

※著作権法に配慮し、本の中見の画像にあえてボカシをいれる場合があります。ご了承ください。

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目次(抜粋)

  • 希望をみつけてみませんか?
  • Ⅰ 希望とは何か
    ウイスキーとスワヒリ料理
    希望は実在する?
    ほか
  • Ⅱ 希望を信じる4つの根拠
    • 根拠1 人間のすばらしい知力
    • 根拠2 自然の回復力
    • 根拠3 若者の力
    • 根拠4 人間の不屈の精神力
  • Ⅲ 「希望のメッセンジャー」になる
    ジェーンの歩いてきた道
    ほか
  • 結論 ジェーンからのメッセージ
  • 謝辞
  • 参考文献

著者について

ジェーン・グドール Jane Goodall

23歳で人類学の権威ルイス・リーキー博士と出会い、動物に対する情熱と知識に感銘を受けた博士から、野生のチンパンジーの生態調査を依頼される。1960年、アフリカのゴンベの森へ。そこでの研究で、チンパンジーも道具を使うことなど数々の新発見をする。1986年以降は、悪化する一方の環境破壊と貧困を食い止めるべく、世界中で積極的に講演活動をする。著書、ドキュメンタリー番組多数。国連平和大使。大英帝国勲位、京都賞、テンプルトン賞など数々を受勲、受賞。世界中の尊敬を集めつづける

ダグラス・エイブラムス Douglas Abrams

作家、編集者。著作権エージェンシーにしてメディア開発会社の“アイディア・アーキテクツ”創始者。ダライ・ラマ、デズモンド・ツツとの共著『よろこびの書』はベストセラーとなる。
(著者プロフィールは本著からの抜粋です。)

『希望の教室』

  • 著:ジェーン・グドール Jane Goodall ダグラス・エイブラムス Douglas Abrams
  • 訳:岩田佳代子(いわた かよこ)
  • 出版社:(有)海と月社
  • 発行:2022年
  • NDC:519 公害・環境工学
  • ISBN:9784903212739
  • 301ページ
  • モノクロ写真
  • 原書:”The Book of Hope” c2021
  • 登場ニャン物:バッグス
  • 登場動物:チンパンジー、犬、ブラックロビン、シロオリックス、他
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