堀田貢得『実例・差別表現(改訂版)』
副題:『あらゆる情報発信者のためのケーススタディ』。
今は誰でもネットで簡単に情報発信できる時代である。
だからこそ、この本。
特に愛護系サイト運営者には、ぜひ読んで欲しいと思う。
たとえば、次の引用部分。
二〇〇〇年、マガジンハウス社発行の雑誌『クロワッサン』の特集記事「日本の犬や猫の飼われ方はあまりに残酷!小さな家の居間から私たちは問いかけたい。アニマルレスキュー」はペットブームの中で活躍するボランティアを取り上げた記事だが、その中に「昔は犬殺しと呼ばれていましたけど、今は子供でも安楽死と呼びますよね。全然安楽死なんかじゃないのに-。ガス室に入れられて、長くもがき苦しみながら死んでいくんですよ。動物愛護センターという美しい名称がついていますが、私たちに言わせると、あそこは屠殺場なんですから」の記述があり、発売後、社内で発見。これはと場労働者への差別表現であると判断、社長以下協議の結果、自主回収を決定、全芝浦と場労組及び都庁衛生局へ報告した。
全芝浦と場労組は「ペットの関する問題を畜犬センターに集約して、そこでやっていることを残酷と決め付け、その比喩としてと場を出している」と抗議。一方、都庁人権部は「屠殺場というのは不適切な言葉であり、このような使われ方では偏見、差別を助長するのみ。『犬殺し』という言葉を使う必然性はまったくない。従事していた人が読んだらどう思うか、都の職員に対する甚だしい侮蔑がある」と抗議。十一月八日第一回確認会、四回の糾弾会を経て、二〇〇一年六月末終結した。
(p.90)
愛護関係者は動物を救いたいばかりに、つい強い言葉を使いがちだ。
気をつけなければならない。
愛護活動家がめざすのは「動物にやさしい社会」ではなく、「人も含めて動物に優しい社会」であるはずなのだから。
たとえば「処分される犬猫たちの悲しい目」のような表現。
一歩間違えれば「保健所を残酷な場所を決め付け、そこで働く人たちを侮蔑している」かのような表現となりかねない。
書く方の心情としては、そんなつもりは全然無く、もしたとえ侮蔑すべき相手がいたとしても、それは家族同様に暮らしてきた老犬を「世話が面倒」と保健所に置きに来るような無責任飼い主であり、あるいは、昭和25年に作られた「狂犬病予防法」をろくに見直しもせず平成20年の今でも(*レビュー初掲載時)適用している政治家たちである。
施設で働く職員さん達に対してはマイナス感情はつゆほども持っていないのだが、持っていないからこそかえって気がつかない場合もあろう。
「表現する」ということのむつかしさ、他人を傷つけないことのむつかしさに、頭を抱えてしまう。
著者も書いている。
『…表現者には才能やセンスも重要だが、二十一世紀の表現者には「人権感覚」が強く求められるファクターになっていると私は考える。この「人権感覚」ほど難しい問題はない。運動団体の人間ですら、自分たちが直面する問題については十分理解していても、差別のカテゴリーが異なる人の人権となると「自信がない」と述懐するくらいなのである。出版業界では、この「人権感覚」を研鑽するために、それぞれの社で、しかるべき組織が中心になって社内啓発に努力しているが、なかなか理解されないのが実情である。あえていえば「実際」に直面しないと理解できない、というのが私の本音だ。
(p.46)
今回の「改訂版」では、インターネット上の表現についても触れられている。
出版業界と、ネットの、一番大きな違い。
それは、出版物であれば複数の人間の目を通してから情報発信されるのに対し、ネットはひとりの人間が書いたものがそのまま全世界に発表されるという事にある。
チェック機能の不在。
これは恐ろしい。
著者が本の締めくくりに書いた以下の文も、まさにその点を危惧しているのだと思う。
残念ながら現状のネット社会には、世論を形成し、体制を動かすパワーは存在しない。ジャーナリズムが存在しないからである。ITビジネスが若い世代の一攫千金の夢を乗せて走り続けている限り、ネットは人類を幸福にするメディアにはなれないであろう。
(p.17)
もっとも、私は著者のこの意見に全面的に賛成することはできない。
なぜなら私は、ネットは人類を幸福にすることができるメディアだと信じているからだ。
実際のところ、私自身はネットの恩恵を多く受けている。
こんな田舎に座しながら世界中の情報に接せられるのは有難いし、神田神保町を歩き回らなくてもたいていの本が手に入るのはとてつもなく幸せだ。
そして、ネットならより多くの猫たちを幸せにできると信じているからこそ、毎日PCに向かっているのである。
でなければHPなんか作らない。
さらに世界に目を向ければ、有利と見なされていたヒラリー・クリントン氏がオバマ氏に負けた理由の一つがネットの活用だと聞く。
2008年8月の現在(注:レビュー初掲載当時)、次期アメリカ大統領が誰になるかはわからないけれど、アメリカ大統領といえば日本はもちろん世界中に影響を与えうる存在だ。インターネット侮るべからず、である。
陳腐な言い方だけど、要は使い方次第なのだ。そんな便利で恐いネットの末席に、自分も荷担しているのだと言うことを、我々サイト運営者は一時も忘れてはならない。
(2008.8.31.)
※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。
『実例・差別表現(改訂版)』
あらゆる情報発信者のためのケーススタディ
- 著:堀田貢得(ほった こうとく)
- 出版社:ソフトバンク クリエイティブ株式会社
- 発行:2008年
- NDC:361.8(社会学)
- ISBN:9784797346619
- 383ページ
- 登場ニャン物:-
- 登場動物:-
目次(抜粋)
まえがき-『実例・差別表現』改訂版発刊にあたって
はじめに
序章 差別表現とメディア
1.差別表現とは何か?
2.「差別表現」の現場体感
3.なぜメディアは過剰に自主規制するか
4.メディアだけでない「差別表現」舌禍事件
第一章 部落差別に関わる表現
1.部落問題は「日本の差別」の源流
2.後を絶たない「と場差別表現」
第二章 障害者問題に関わる差別表現
1.身体障害にからんだもの
2.精神障害・知的障害者のケース
3.疾病障害者への表現は新局面を迎えた
第三章 民族問題に関わる差別表現
1.先住民に対する例
2.黒人についての事例
3.朝鮮民族、在日韓国・朝鮮人のケース
4.その他の民族差別表現
5.その他、外国人への蔑視観が問われる表現
第四章 性に関する差別表現
1.女性差別に関するもの
2.同性愛差別に関わる場合
第五章 その他の差別・不適切表現
1.ユダヤ民族に関する表現の留意点
2.イスラム教に関する表現のタブー
3.人権新時代の不適切表現
第六章 ウェブ上の差別表現・差別煽動の実態と対応
あとがき
参考文献
関連資料
索引