『熊楠と猫』

『熊楠と猫』

日本が誇る「知の巨人」は大の猫好きとしても知られていた。

南方熊楠(みなかた くまぐす)。1867年5月18日~1941年12月29日。紀伊国(現在の和歌山県)に生まれ、アメリカ・イギリス等海外留学の後、生まれ故郷に戻りそこで没する。在野の民俗学者+博物学者+生物学者として知られ、とくに粘菌の研究で世界的に名高い。

南方熊楠といえば、2つの面で有名です。ひとつはその博覧強記ぶり。22か国語を理解したという語学力は、私は他にはトロイア発掘で有名なハインリヒ・シュリーマンくらいしか知りません。熊楠の記憶力については、

(前略)小中学生の頃から全一〇五巻の百科事典『和漢三才図会』を知人の家で閲覧し、それを暗記して帰って自宅でその写しを作った(後略)
page 015

の逸話がとくに有名です。凡人にはとても真似のできない記憶力です。

熊楠が有名なもうひとつの面、それは彼の「変人・奇人ぶり」。そちらの方が一般受けするのか、とにかく逸話が多い、多すぎて、どれが本当にあったことで、どれが誇張や虚象なのか、わからないくらいです。本人もしばしばふざけて大袈裟に吹聴したりしたようで、それも混乱の原因のひとつとなっています。

そんな彼ですが、確実なのは、彼が大の猫好きだったということでしょう。

熊楠の猫との付き合い方は、彼らしく、どこまでも自然体だったそうです。来る猫は拒まず、去る猫も追わず。どの猫も「ちょぼ六」と呼び、ときには「ちょこ六」「ちょこべい」等と呼び変え、しかし、特定の猫に執着することもなく、「ペットを溺愛」ではなく「対等な相手としてお互い尊重しながら付き合う」でしょうか。

そんな熊楠の横には常に猫がいました。赤貧の留学時代にも、故郷の和歌山に戻り結婚してからも。

猫好き人間の常として、本来なら無関係なところにもつい猫を登場させてしまっています。たとえば、ある人に英単語の “sketch” と “outline” の違いを説明するにも、猫の図を使っています。Aのような描き方がスケッチ、Bがアウトラインだよ、と。

『熊楠と猫』

また手紙の隙間に猫の落書きを入れたり、猫の様々なポーズをスケッチしてみたり。さらに猫の俳句も多く残しています。

『熊楠と猫』

猫の図で百円

熊楠は生涯貧乏でした。というより、金儲けには興味のない性格だった、と表現する方が適切でしょう。その意味ではモーツアルト・ベートーベン型天才?熊楠と同じ多言語使いのシュリーマンが金儲けの才にも長けていたのとは対照的ですね。

その熊楠が、絵で百円という、当時の彼としてはけっこうな金額を複数回得たことがあります(注)。

モデルはもちろん、猫。家の猫を写生して、詞を書き加え、百円で売ったのです。熊楠はこの猫は福猫だと喜んだとか。

であれば、もっと描いて売ればもっと儲かりそうなものが、決してそんなことはしないのが熊楠という男。自分の気が進まないことはしない。離婚されそうになっても、住む家を失いそうになっても、しない。そんなところも、熊楠の魅力のひとつです。

『熊楠と猫』

南方熊楠は、とにかく、稀有な日本人です。学問の世界の坂本龍馬とでもいいましょうか、その桁外れなスケールといい、常識破りな活躍ぶりといい、あっけからんと夢を追う姿といい、傑出しています。それだけでもすごいのに、大の猫好き!私が心酔しないわけありません。彼の一番の専門が粘菌の研究などという、おそろしく地味な分野だったため、一般にはあまり知られていないのが少々残念です。彼の論文のほとんどが英語で書かれ、海外の世界的科学誌に直接送付されたため、日本人は英語論文を逆輸入しなければ読めなかったというのも、日本で知名度が今一つ上がらなかった理由の一つかもしれません。

しかし熊楠が日本中の注目を集めた事件もありました。他ならなぬ、「昭和天皇へのご進講・ご進献」事件です。「無位無官の者の進講は前例がなく秘密裡の内に進めていたが、その噂は早くからら広まり、熊楠はたちまち渦中の人となると共に、進講のための標本採集や整理などの準備に追われ多忙を極めた。」(南方熊楠記念館>昭和天皇へのご進講・ご進献)。さすがの熊楠もこのときばかりはフロックコート着用で天皇に会われたばかりでなく、帰宅後は着替えもせずに夫婦で写真館へ記念写真を撮りに行ったとか。

こんな、人間的魅力にあふれた南方熊楠と猫のコラボ。熊楠ファンにも猫ファンにも楽しい一冊となっています。ぜひお楽しみください。

『熊楠と猫』

※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。

ショッピングカート

目次(抜粋)

  • はじめに
  • 第一章 南方熊楠ってどんな人?
  • 第二章 熊楠と猫のエピソード
  • 第三章 熊楠の猫の絵
  • 第四章 熊楠の猫の俳句
  • 第五章 南方邸と周辺の猫たち
  • 第六章 南方家のペットと猫たち
  • 第七章 猫に関する論考
  • 第八章 現代語訳「猫一疋の力に憑って大富となりし人の話」
  • 第九章 熊楠の猫論考三点(付・現代語訳)
  • 第十章 論考を読み解くための猫知識
  • 第十一章 ブックガイド熊楠と猫についてもっと知ろう!
  • 参考資料
  • 年表
  • おわりに

『熊楠と猫』

  • 著:杉山和也、志村真幸、岸本昌也、伊藤慎吾
  • 出版社:株式会社 共和国
  • 発行:2018年
  • NDC:289.1(個人伝記)日本人
  • ISBN:9784907986360
  • 173ページ
  • モノクロ
  • 登場ニャン物:ちょぼ六、ちょこべい
  • 登場動物:-
ショッピングカート

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA