ハラリ『ホモ・デウス』(上・下)

ユヴァル・ノア・ハラリ『ホモ・デウス』上・下

副題:テクノロジーとサピエンスの未来。

50カ国以上で翻訳され、累計2,500万部を売り上げたといわれる『サピエンス全史』の続編にあたる著作。

人類の三つの大問題

ヒトには何千年にもわたって悩まされてきた三つの問題がありました。ひとつ目は、我々ホモ属がホモ・サピエンスに進化する前からの大問題、飢饉です。二番目と三番目は、農耕をと集団生活をすることで発生した問題、疫病と戦争です。

飢饉と疫病と戦争はあまりに難攻不落と信じられてきたため、人々はそれらに対し、祈る以外の対抗手段は何も持っていませんでした。持てるともおもっていませんでした。

ところが、三〇〇〇年紀の夜明けに人類が目覚めてみると、驚くべき状況になっていた。ほとんどの人はこんなことはめったに考えないだろうが、この数十年というもの、私たちは飢饉と疫病と戦争を首尾良く押さえ込んできた。もちろんこの三つの問題は、すっかり解決されたわけではないものの、理解も制御も不可能な自然の脅威では亡くなり、対処可能な課題に変わった。
(page 22)

※注:柴田裕之訳、以下同じ。

人類の最大の脅威ともいえる三つの問題の解決のめどがついて、人類は落ち着いたのでしょうか?いえいえ!人類は一瞬たりとも立ち止まろうとはしません。つぎは、なんと、神的存在にまで自分たちをアップグレードしようとしはじめました。それこそが、ホモ・デウス。DEUS、つまり、ラテン語の「神」。不死と至福と神性。これが現代人が目指しているものだと、ハラリは言います。

 

ハラリ『ホモ・デウス』上・下

 

他の動物たちから見れば人間はすでに神

本書はまず、ホモ・サピエンスと他の動物たちとの関係について書くことからはじまります。

未来についての本がなぜこれほど動物たちに注意を向けるのか疑問に思う読者もいるかもしれない。だが、私の見るところでは、私たちの仲間である動物たちから始めなければ、人類の性質や未来について本格的に考察することはできない。(中略)なぜなら、人間と動物の関係は、超人と人間の未来の関係にとって、私たちの手元にある最良のモデルだからだ。超人的な知能を持つサイボーグが普通の生身の人間をどう扱うか、みなさんは知りたいだろうか?それなら、人間が自分より知能の低い仲間の動物たちをどう扱うかを詳しく調べるところから始めるといい。
(page 127-8)

ハラリは、他の動物たちにしてみれば、人間はすでにとうの昔に神になっているし、人間自身もとうから神のように振る舞ってきたと指摘します。しかもその神とは「とりたてて公正な神でも慈悲深い神でも」なく(page 133)、それどころか、あまりに多くの生物種を絶滅あるいは絶滅寸前まで追いこむ一方で、ごく一握りの生物種=家畜を無謀なまでに殖やしてしまう、そんな神なのでした。

(前略)およそ二〇万頭のオオカミが依然として地球上を歩き回っているが、飼い馴らされた犬の数は四億匹を上回る。世界には四万頭のライオンがいるのに対して、飼い猫は六億頭を数える。アフリカスイギュウは九〇万頭だが、家畜の牛は一五億頭、ペンギンは五〇〇〇万羽だが、ニワトリは二〇〇億羽に達する。一九七〇年以来、生態系に対する意識が高まってきているにもかかわらず、野生動物の数は半減した(一九七〇年の時点でさえ、彼らが繁栄していたわけではない)。一九八〇年にはヨーロッパには二〇億羽の野鳥がいた。二〇〇九年には、一六億羽しか残ってなかった。同じ年にヨーロッパ人は、肉と卵のために一九億羽のニワトリを育てている。今日、世界の大型動物(体重が数キログラムを超えるもの)の九割以上が、人間か家畜だ。
(page 134)

ハラリは、地球の歴史を、更新世、鮮新世、中新世、等に続き、過去七万年間は完新世等ではなく「人新世」と呼ぶ方がふさわしいと言います。ヒトこそが地球の生態環境を変化させているのだから、と。

そして彼は、ホモ・サピエンスが自分たち以外の生き物たちをどのように扱ってきたか、詳細に記述します。人々が信じたがっているおとぎ話ではなく、実際に行われてきたことや、今も実際に行われていること、すなわち、事実を。事実と、その背景を語ります。

 

ハラリ『ホモ・デウス』上・下

 

生き物はアルゴリズム。ヒトもブタも。

世間ではしばしば動物の擬人化は批判の対象となってしまいます。非科学的だ、と。

ハラリはそんな批判を気持ちよくぶった切ります。

じつは、ブタは情動を持つと考えても、彼らを擬人化することにはならない。なぜなら、情動は人間ならではの特性ではないからだ。情動はあらゆる哺乳動物(そして鳥類のすべてと、おそらく一部の爬虫類、さらには魚類までも)が共有している。
(中略)
生命科学者たちは過去数十年間に、情動は詩を書いたり交響曲を作曲したりするためだけに役立つ、何らかの謎めいた霊的現象ではないことを証明した。じつは、情動は生化学的なアルゴリズムで、すべての哺乳動物の生存と繁殖に不可欠だ。
(page 151)

生物は「アルゴリズム」である。感情も、意思も、意識さえも、すべてアルゴリズム、つまり、情報を受け取って処理する存在にすぎない。

ハラリのこの定義は嫌がる人が多いでしょう。なんせほとんどの人間が「魂」とか「精神」とか「自由意志」とかが大好きで、ヒトが他の動物たちより”秀でている”のも、これらが他の動物たちより抜きん出て優れているからだ、と信じているのですから。ダーウィンの「サルから進化」説やドーキンスの「遺伝子の乗り物」説とおなじくらい、嫌われそうな考え方です。

しかし、その同じ人間達が、「(ヒト以外の)動物=モノ」論には諸手を挙げて賛成しているのですから、変な話です。動物=モノ、という考えなしには到底説明できない現象が、世界のあらゆる場所であらゆる時間にあらゆる人々によって、常時、行われています。

ハラリは容赦ない文章で、人々の動物たちに対する扱いを暴いていきます。  

 

ハラリ『ホモ・デウス』上・下

妊娠ブタ用クレートに閉じ込められたメスブタたち。この非常に社会的で知能の高い動物は、まるですでにソーセージでもあるかのように、このような環境で一生のほとんどを過ごす。

(page 149)

 

「人間至上主義」という絶対的な宗教と、ホモ・サピエンスの未来

ハラリは本の冒頭で、サピエンスの三つの問題は「対処可能な課題に変わった」と書きました。

が、皆様ご存じの通り、この本が2016年に最初に刊行された直後といってよい2020年にCOVID-19パンデミックが、2022年にロシアによるウクライナ侵攻が勃発、その後イスラエルによるガザ地区攻撃も始まってしまいました。ハラリは、まさかこんな事態に陥るとは『私は最も悲観的な瞬間にさえ予期していなかった。』と「文庫版への序文」で嘆いています。私もいまだに信じられません。病気は仕方ないです(たとえそれが中国研究者による人工的なウイルスに起因したものであったとしても)。ホモ・サピエンスは生の肉体を持つ動物の一種に過ぎないんですから。

でも、戦争は!!

なぜこの時代になってなお、ロシアやイスラエルはあんな愚業を!!??

どうして!!!!????

 

しかし、この三つに加え、近年、新たな脅威がくわわったとハラリは警告します。それは生物工学の発達と、情報の洪水をともなうAI(人工知能)の進化、その結果としての人類の分断です。ごく一部の人々が神になったかのようなすばらしい生活を享受できる一方で、大多数の一般人は、・・・どうなるんだろう?どうなっちゃうんだろう?ホモ・サピエンスが、自分たちより劣ると考えている生き物たちをどう扱ってきたか、現在どう扱っているかを見れば、想像できぬでも無いが・・・

ハラリの頭脳でさえ予測不能な未来。最高に幸せかもしれないが、最悪な地獄となるかもしれない未来。いずれにせよ、我々はとんでもない大激動の直前にいるのは確かなようです。

 

ハラリ『ホモ・デウス』上・下

 

私のお勧めは上巻のほう

『ホモ・デウス』は上下2巻セットと長いです。レビューでの評判はよいものの、しばしば「冗長」とも書かれています。私も下巻の最後の方は、少々くどいと感じました。同じことを言葉を換えながら説明しているような部分が多かったです。

最近のAIの進化はハラリの当初の予測さえ超えてきています。そのことは誰よりもハラリ自身がまっさきに気づき、ネット他で警告しています。『ホモ・デウス』は下巻の方は飛ばして、ハラリの最新作『NEXUS』を読んだ方がいいかもしれません(私は『NEXUS』をまだ読んでいませんが。単行本は高すぎ、文庫版を待機中)。

 

しかし、上巻は文句なしに面白かったです。特に私のように、動物たちの権利や解放に興味のある人間にとっては、ハラリのファンにならずにいられない内容でした。

動物愛護関係者の皆様、動物たちの解放のため闘っている皆様、ヴィーガンやヴィーガニズムに理解ある皆様、この上巻はおすすめです。ぜひお読みください。ヒトがなぜこんなに身勝手で残虐か、理解が深まります。この基礎知識があるのとないのとでは、活動の仕方も変わってくると思います。

 

ハラリ『ホモ・デウス』上・下

 

ところで、この『ホモ・デウス』の英語版タイトルは、 “Homo Deus : A Brief History of Tomorrow” なんですよね。そして『サピエンス全史』のほうの英語版タイトルは”Sapiens : A Brief History of Humankind”。

英語版の名付けのうまさに感心せずにはいられません。だって、誰だって、名著 “A Brief History of Time” を連想する副題になってるじゃないですか。

そうです、あの車椅子の天才スティーブン・ホーキング博士の世界的ベストセラーとなった本です(邦題『ホーキング、宇宙を語る』)。なぜ和訳タイトルは『文明の構造と人類の幸福』と『テクノロジーとサピエンスの未来』になっちゃったんでしょうね?

まあ『サピエンス全史』が上梓された頃は、まだハラリの名前は日本ではそこまで有名ではありませんでしたから、副題が内容の説明みたいになったのはある意味仕方なかったかもしれません。でも、せめてこの『ホモ・デウス』の方、こちらは『ハラリ、未来を語る』等にしてくれていたらよかったのに、そしたらもっと『ホーキング、宇宙を語る』っぽかったのに、と思わずにはいられない私なのでした。

 

Stephen W.Hawking "A Brief History of Time"
私の”A Brief History of Time”。ペーパーバックの黄ばみが古さを感じさせますが、今読んでも学ぶことの多い本です。

 

※著作権法に配慮し、本の中見の画像にあえてボカシをいれる場合があります。ご了承ください。

ショッピングカート

目次(抜粋)

上巻

  • 文庫版への序文
  • 第1章 人類が新たに取り組むべきこと
  • 第1部 ホモ・サピエンスが世界を征服する
    • 第2章 人新世
    • 第3章 人間の輝き
  • 第2部 ホモ・サピエンスが世界に意味を与える
    • 第4章 物語の語り手
    • 第5章 科学と宗教というおかしな夫婦
  • 原註
  • 図版出典

下巻

  • (上巻)からの続き
    • 第6章 現代の契約
    • 第7章 人間至上主義革命
  • 第3部 ホモ・サピエンスによる制御が不能になる
    • 第8章 研究室の時限爆弾
    • 第9章 知能と意識の大いなる分離
    • 第10章 意識の大海
    • 第11章 データ教
  • 謝辞
  • 訳者あとがき
  • 文庫本のための訳者あとがき
  • 原註
  • 図版出典
  • 索引

著者について

ユヴァル・ノア・ハラリ Yuval Noah Harari

イスラエルの歴史学者、哲学者。著書『サピエンス全史』『ホモ・デウス』『21 Lessons』は世界的なベストセラーとなっている。

柴田裕之(しばた やすし)

訳書に、ハラリ『サピエンス全史』『ホモ・デウス』『21 Lessons』のほか、カシオポ他『孤独の科学』、プオノマーノ『脳にはバグがひそんでる』、エストライク『あなたが消された未来』など多数。
(著者プロフィールは本著からの抜粋です。)

『ホモ・デウス』上・下

テクノロジーとサピエンスの未来

  • 著:ユヴァル・ノア・ハラリ Yuval Noah Harari
  • 訳:柴田裕之(しばた やすし)
  • 出版社:(株)河出書房新社 河出文庫
  • 発行:2022年
  • NDC:304(社会科学)
  • ISBN:9784309467580 9784309467597
  • 357ページ、379ページ
  • モノクロ
  • 原書:”Homo Deus : A Brief History of Tomorrow” c2015
  • 初出:河出書房新社、2018年
ショッピングカート

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA