米田一彦『クマは眠れない』
副題:『人を襲う異常行動の謎が解けた!』。
まず、この画像をご覧いただきたい。
ぼやけた画像で申し訳ないが、著作権の問題があるのであまりハッキリした写真は載せられない。どうかご容赦を。
これは、ある数字を年代順に棒グラフにしたものである。
(注:赤矢印は私が書き加えた。)
一番上は1950年。
赤矢印は2004年と2006年。
グラフの最期の年は2007年。
多い年と、それほどではない年とがあるが、全体としてじわじわ増えていき、そして2004年に急増、2006年にはとんでもなく跳ね上がっているのが見えると思う。
これがクマの、何についての数字だか、わかるだろうか?
目撃件数?
いいえ。
農家の被害総額?
いいえ。
クマ保護に同意署名した人間の数?
だったら良いのだが、・・・いいえ!
これは、『ツキノワグマ有害捕獲数(全国)の推移』である。
つまり、人間によって駆除=殺されたツキノワグマの数だ。
2006年、環境省発表によれば、日本全国で殺処分されたツキノワグマおよびヒグマの数は、4679頭だったそうだ。
一方、捕獲されたクマのうち、生きて奥山放獣されたクマの数は、200頭以下。
しかもこの駆除数は、あくまで『クマ駆除』を目的としたものの合計にすぎない。
『錯誤捕獲』(イノシシ罠に誤ってクマがかかって処分されるなど)や、交通事故死なども、死因は人間だが、ここではカウントされていない。
そして、錯誤捕獲が全国でどのくらい行われているかは、わからないそうだ。
参考資料として。
錯誤捕獲を、著者の米田さんが活動の本拠を置かれている西中国山地に限って見れば、・・・ここは『もともと二五〇頭程度しかクマは生息していないと思われて』いた地域なのだが、・・・西中国3県(広島、島根、山口)で2002年に適正駆除されたクマの数は、計77頭。
錯誤捕獲されたクマの数は、計67頭。
合計、144頭。
対し、放獣はたった11頭。
これが、西中国山地という、クマ絶滅が危惧されている地域での、数字である。
そして。
2007年に、なぜ駆除数が全国的に減ったか。
ある県の公式ホームページによれば、
『ブナは凶作だが、諸事情により〇七年はクマの出没はないだろう』
(p.183.)
と説明されていたという。
この『諸事情』とは、つまり、クマは皆殺しにされちゃったから、もうどこにもいないって事・・!!
・・・
なぜ2004年にクマ駆除数が急増したか。
もちろん、クマが増えたからではない。
原因はひとつではないが、中でも法改正(改悪)と気象条件が、運悪く重なってしまったのがいけなかったらしい。
その法改悪とは、2000年から施行された、いわゆる地方分権一括法である。
それまで機関委任事務として都道府県の事務量の七~八割、市町村の事務量の三~四割は国が行うべき事務であったものを、正式に地方自治体に移し、同時に許認可権限も移すというものだ。
(中略)
いわばサル、クマ、イノシシ、シカなどは問題が多く、国では扱いきれないので、地方の実態をよく知っている都道府県でやってくれ、と匙を投げてしまったのだ。
(p.73~)
実態は都道府県どころか
特定鳥獣の有害鳥獣駆除の許可権限を市町村まで落とすことが可能
(p.74)
であり、となれば・・・・
村役場のおっちゃんが、昔馴染みの同級生に
「クマがうちの柿の実食べとった、母ちゃんもこわがっとる、とっとと駆除してくれや」
と頼まれて、果たして
「まずは生態調査して、保護も考えなければいけません」
なんて断れるだろうか?
市町村に駆除権限を与えたら、抑えが利かなくなることくらい、わかりきったことではないか?
もう一つの要因。
気象問題。
2004年は、クマが異常出没した年だった。
例年になく多くのクマが里で目撃された。
そして駆除=殺された。
クマはしばしば、ただ姿を見られただけで、理由もなく、ただちに射殺される。
山の作物が不作で、飢えたクマが里に下りてくるというのなら、わかる。
米田さんが首をひねったのは、2004年のクマたちはそれほど飢えているように見えなかったこと、例年なら里に下りないような季節に下りていること、また、単独行動の小グマが含まれていたことだという。
そこで気象を調べてみた。
2004年は、台風の上陸数は過去最高になり、台風以外にも「平成一六年福井豪雨」のような大雨+強風が発生した年だった。
さらに全国の25地点で最高気温の記録が更新されたという猛暑の年でもあった。
もっと過去までさかのぼって詳細に調べてみた。
ツキノワグマとは本来、山の奥でひっそりと暮らす動物だ。
図体に似合わず、臆病で用心深い動物だ。
そうそう人を襲ったり人家に侵入したりする動物ではない。
それなのに、特定の年に限って人身事故が増え、駆除数も増える
なぜだ?
まず、山菜取りや林業などでヒトがクマの領域内に侵入したケースを、分かる限り除いてみた。
すると、クマのほうから人の領域内に侵入したケース=クマの異常行動と、異常気象との関連が見えてきた。
どうやらツキノワグマは気圧降下の2日前、ヒグマは3日前に人身事故を起こしやすい傾向にあるという。
関連性がもっとはっきり見えてくれば、事前にクマ注意報を出すことも可能となると、米田さんは熱心だ。
しかし。
2006年のクマ駆除数の多さは、人災に他ならないという。
2004年のクマ騒動で下手に学習してしまった人間たちは、2006年に「ブナ凶作予測」が出されると、あまりに早々に行動した。
しかも世論を気にし、駆除実態をなるべく隠そうとした。
その結果、フタを開けてみたら、「〇六年は中規模出没の超大駆除」となってしまった。
あまりに駆除しすぎてしまったため、翌2007年は「ブナは凶作だが、諸事情があって出没なし」
となったのは前述の通り。
このままではクマが日本国土から姿を消す日は近いかもしれない。
クマたちよ。
私は切に願う。
どうか絶滅しないでおくれ。
なんとか踏ん張って、生き残っておくれ。
人間たちよ。
クマたちを決して絶滅させるな!バカヤロウ!
(2012.2.2.)
※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。
『クマは眠れない』
人を襲う異常行動の謎が解けた!
- 著:米田一彦(まいた かずひこ)
- 出版社:東京新聞出版局
- 発行:2008年
- NDC:489.5(哺乳類)
- ISBN:9784808308957
- 238ページ
- モノクロ
- 登場ニャン物:-
- 登場動物:ツキノワグマ
目次(抜粋)
はじめに
第1章 クマよ、深く眠れ
第2章 暖風に抱かれて
第3章 地方分権でクマはゴミ扱いになった
第4章 忍び寄る気象要因の影
第5章 クマは三日後に眠る?
「あとがき」に代えて