ハラリ『サピエンス全史』(上・下)

副題「文明の構造と人類の幸福」
ハラリは、人類史は3つの大きな革命によって現在の道筋が決められたと書いています。
その第一は【認知革命】。約7万年前におこりました。
その第二は【農業革命】。約1万2000年前におこりました。
さいごの第三は【科学革命】。わずか500年前にはじまりました。

認知革命――――ホモ・サピエンスの歴史は絶滅の歴史
人類=ホモ属=は、大きな脳を持ち、道具を使用できる手先を持ちながら、長い間、実にまる200万年もの長期にわたって、それらの恩恵をほぼ使えずにすごしました。
初期の石器のごく一般的な用途といえば、骨を割って中の骨髄をすすれるようにすること。そのためだけにしか、おそらく使われていなかったのです。
なぜ?
なぜならば、初期の人類は、ライオン等の捕食動物たちが残した骨をごちそうと喜ぶ程度の、弱い存在だったからです。
これこそが、私たちの歴史と心理を理解する上での一つのカギだ。ホモ属は食物連鎖の中ほどに位置を占め、ごく最近までそこにしっかりと収まっていた。人類は数百年にわたって、小さな生き物を狩り、採集できるものは何でも採集する一方、大きな捕食者に追われてきた。(中略)過去10万年間に初めて、人類は食物連鎖の頂点へと飛躍したのだった。
(上 page 29-30)
この飛躍があまりに短期間におこなわれたこと、これこそが、諸悪の根源でした。
(前略)それに引き換え、人類はあっという間に頂点に上り詰めたので、生態系は順応する暇がなかった。そのうえ、人類自身も順応しそこなった。(中略)私たちはつい最近までサバンナの負け組の一員だっため、自分の地位についての恐れと不安でいっぱいで、そのためなおさら残忍で危険な存在となっている。多数の死傷者を出す戦争から生態系の大惨事に至るまで、歴史上の多くの災難は、このあまりに性急な飛躍の産物なのだ。
(上 page 30)
順応することができなかった結果、われわれは、たとえば「カロリーの高い食べ物を貪り食うという本能は、私たちの遺伝子に刻み込まれているのだ(page 77)」。肥満が健康に良くないとわかっていても、食べ続けてしまう原因はここにあります。
しかもこの「欲」は、皆様よくご承知の通り、食べ物に限ったことではありません。ホモ・サピエンスは、何事に対しても「足るを知る」ことのできない生物になってしまいました。金持ちはもっと金をほしがって他人をこき使い、国はもっと領土をほしがって隣国に攻め入り、大国の指導者はもっと権力をほしがって無茶な要求を世界中に強要します。こんな幼稚な生物はホモ・サピエンスだけです。

ホモ・サピエンスの偉大なる業績
最初の章で、ハラリはまずドカンと読者を攻撃(?)してきます。私としては「よくぞ書いてくれた」と小気味よい内容ですが、読者の中には、我々がおかしたこのような罪を自覚しておらず、驚く人もいるかもしれません。
つまり、ホモ・サピエンスが他の動物達にたいして「何を」してきたかの告発です。
以下、簡単にまとめますと・・・
●600万年前 人とチンパンジーの共通祖先が分岐。
●250万年前 アフリカでヒト(ホモ)が進化する。最初の石器。
●200万年前 人類がアフリカ大陸からユーラシア大陸へ拡がり、いくつかのヒト(ホモ)種が進化する。
●20万年前 東アフリカでホモ・サピエンスが出現。
●4万5千年前 オーストラリア大陸にホモ・サピエンスが移住。体重が50kg以上あるオーストラリア大陸の動物種24種のうち、23種が絶滅、それより小さい種も多数が絶滅する。
●3万年前 ホモ・ネアンデルターレンシス(ネアンデルタール人)が絶滅。それまでにホモ・エレクトス、ホモ・デニソワ(デニソワ人)、ホモ・ソロエンシス、ホモ・フローレシエンシス等も絶滅している。
ホモ・サピエンスだけが生き残る。
●1万4千年前 ホモ・サピエンスが北アメリカ大陸に渡る。2000年以内に、ケナガマンモスほか、北アメリカ大陸の大型哺乳類47属のうち34属が絶滅。
●1万3千年前 ホモ・サピエンスが南アメリカ大陸に渡る。大型哺乳類60属のうち50属が絶滅。
●4000年前 ホモ・サピエンスがウランゲリ島に渡る。地上に生息していた最後のマンモス種が絶滅。
●12世紀頃 ホモ・サピエンスがニュージーランドに渡る。大型動物の大半と、全鳥類種の6割が絶滅。

ついでに、本には書いてないことですが。
ホモ・サピエンスによる、「他生物種絶滅達成偉業」はもちろん、上記だけでありません。大航海時代(15~17世紀)以降に絶滅した恒温動物に限って見てみても;
哺乳類:
ステラー大海獣、フクロオオカミ、ブルーバック、クァッガ、メガネグマ、ジャワトラ、バリトラ、ヨウスコウカワイルカ、ピレネーアイベックス、サウジガゼル、バーバリライオン、カリルモンクアザラシ、クリスマスアブラコウモリ、キタシロサイ、タイワンウンピョウ、その他、その他
(日本)ニホンオオカミ、エゾオオカミ、ニホンアシカ、ニホンカワウソ、オガサワラアブラコウモリ、オキナワオオコウモリ、等
鳥類:
リョコウバト、ドードー、モア、テイオウキツツキ、ワキアカカイツブリ、オオウミガラス、コウゴコンゴウインコ、タヒチクイナ、タヒチシギ、ワライフウロウ、その他、その他
(日本)シマハヤブサ、オガサワラガビチョウ、オガサワラカラスバト、オアガサワマシコ、ハシブトゴイ、キタタキ、ダイトウノスリ、ダイトウミソサザイ、ダイトウヤマガラ、ダイトウウグイス、カンムリツクシガモ、リュウキュウカワスバト、ミヤコショウビン、ムコジマメグロ、マミジロクイナ、等
その結果がこの表です(本には無い図をここにもってきています)。

農業革命――――苦労と悲劇 のはじまり
狩猟採集時代の人類は、意外と豊かな生活を送っていたようです。幼児死亡率こそ高かったものの、その危機的年齢を乗り越えられた者は、60歳、中には80歳まで生きたものさえいたそうです。当時の人々は、見つけられたあらゆるものを口にしていたから、かえって栄養バランスはとれていた、自然豊かな時代、数時間も歩けばその日に必要な分だけの食料は得られた、あとは飲んで食べて遊んで暮らしていた、というのです。保存技術がなかったからこそ、逆に、保存・備蓄という発想もなく、貧富の差も生まれませんでした。「保存できないということ」が、狩猟採集民が人間同士で争わなかった理由でもあります。
ところが何故か、人類は農耕を始めました。農耕のために土地に縛られた長時間労働が必要となり、食物の種類も大きく偏るようになり、結果、健康状態が悪化し、疫病も流行しやすくなり、戦争が発明され、貧富の差が生まれ、階級社会が出現し、・・・と、我々の知る人類史をたどることになります。
この「農業革命」には、植物の栽培だけでなく、動物の家畜化も含まれます。小麦、ヤギ、エンドウ豆、レンズ豆、オリーブの木、馬、ブドウ、ラクダ、カシューナッツ、他。しかし、人類が栽培作物化・家畜化できる生物種は限られていました。
(前略)紀元前三五〇〇年までには、家畜化・栽培化のピークは過ぎていた。今日でさえ、先進的なテクノロジーのいっさいをもってしても、私たちが摂取できるカロリーの九割以上は、私たちの祖先が紀元前九五〇〇年から紀元前三五〇〇年にかけて栽培化した、ほんの一握りの植物、すなわち小麦、稲、トウモロコシ、ジャガイモ、キビ、大麦に由来する。過去二〇〇〇年間に家畜化・栽培化された動植物にめぼしいものはない。私たちの心が狩猟採集民のものであるなら、料理は古代の農耕民のものと言える。
(page 137-8)
人類に家畜化されたほんの数種類の動物達に何が起こったかについても、ハラルは詳述しています。家畜化された動物の大多数にとって、それは恐ろしい大惨事だった、と。
動物の家畜化は、一廉の残酷な慣行の上に成り立っており、そうした慣行は、歳月が過ぎるうちに酷さを増す一方だった。
(page 162)
そして、「第5章 農耕がもたらした繁栄と悲劇」は、以下の文章で閉められています。
進化上の成功と個々の苦しみとのこの乖離は、私たちが農業革命から引き出しうる教訓のうちで最も重要なものかもしれない。小麦やトウモロコシといった植物の物語(ナラティブ)を検討する際には、純粋な進化の視点に立つことは理に適っているかもしれない。だが、それぞれが感覚や感情の複雑な世界を持つ牛やヒツジ、サピエンスといった動物の場合には、進化上の成功が個体の経験にどのように結びつくかを考えなくてはならない。サピエンスの集合的な力の劇的な増加と、表向きの成功が、個体の多大な苦しみと密接につながっていたことを、私たちは今後の章で繰り返し目にすることになるだろう。
(page 167-8)

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神話、虚構、想像上の構造体が人類を統一へ向かわせた
農業革命のあと、サピエンス達はさらなる方向へと進み始めます。「統一」の方向です。
統一には、「神話」が必要だったと、ハラルは書きます。皆が共有する想像上の信念、空想の産物、実態のない虚構の構造体のことです。
人々が小さなムラという集団で暮らしていた頃は、全員が知り合いでした。しかし、ムラは国家に、さらに国家同士は帝国に統一されていきます。人数が増えれば当然、全員が知り合いにはなれません。そこで利用されたのが「神話」だというのです。筋力(武力)だけでは帝国はまとめられません。見知らぬ同士をも協力させるような、なにか共通観念が必要でした。宗教と呼んでも良いです。民主主義や資本主義、共産主義のような信念の場合もあります。それらをひっくるめて「神話」とハラルは呼んでいます。
国家は実在しない、ただの「神話」にすぎない、という論などはわかりやすいでしょう。われわれ日本人は日本という国家を信じ切っていますが、こんな幸運な民族は日本くらいなものです。イスラエル出身のユダヤ人であるハラリが「『国家』なんてものは幻想だ」と唱えることに違和感を感じる人はいないでしょう。
しかし、ハラリの「神話」は、国家や帝国に留まりません。人間文明の、あらゆる場面に「神話」を認めています。
たとえば、科学技術にたいする神話。太古の人類は、自分たちがこれほど無知だとは気づいていませんでした。その人類が「世界は自分たちの知らないことで満ちている」と気づいたとき、科学革命がはじまりました。科学は発展すればするほどよいのだとサピエンスたちは信じるようになりました。
「神話」の誕生です。
もっと強固なのが、貨幣に対する「神話」です。貨幣とは何なのか?金貨という実体?しかし、金という金属に価値がある、というのも神話です。貨幣についてつきつめていけば、それが集団妄想の産物にすぎないことがわかります。「資本主義は、強欲と合体した冷淡な無関心」であり「自由市場資本主義は完全無欠にはほど遠」い、とハラリは書いています(下巻、page 210)
この資本主義が、サピエンス以外の動物たち、とくに家畜を、さらに苦境に追い詰めました。家畜たちは工場のような施設で大量生産されるようになりました。それを知ったとき、ハラルはヴィーガンに転向しました。しかし、「肉類はヒトにとって必須食物である」という神話にどっぷり浸かった現代人のほとんどが、まだ工場畜産で作り出された肉を有り難がって食べています。ネアンデルタール人がマンモスの肉を有り難がったと同じ精神構造で。

図15 工場式食肉農場の現代の子牛。子牛は単調直後に母親から引き離され、自分の身体とさほど変わらない小さな檻に閉じ込められる。そして、そこで一生(平均でおよそ4か月)を送る。檻を出ることも、他の子牛と遊ぶことも、歩くことさえも許されない。すべて、筋肉が逞しくならないようにするためだ。柔らかい筋肉は、柔らかくて肉汁がたっぷりのステーキになる。子牛が初めて歩き、筋肉を伸ばし、他の子牛たちに触れる機会を与えられるのは、食肉処理場へ向かうときだ。進化の視点に立つと、牛はこれまで登場した動物種のうちでも、屈指の成功を収めた。だが同時に、牛は地球上で最も惨めな部類の動物に入る。
(上巻page 165)
世の中は夢かうつつかうつつとも夢ともしらずありてなければ
『古今和歌集』巻一八雑歌下942番の歌。よみひとしらず。
『サピエンス全史』を読んで、なぜか1000年も昔のこの歌を思い出してしまいました。『サピエンス全史』の内容と、この歌の状況は全然ちがうのですけれどね。
現代人のわれわれが信じているもの、それらはぜんぶ、ただの「神話」にすぎない。夢かうつうか、夢ともしらず、踊らされている現代人の愚かさよ。
『サピエンス全史』、めっちゃお勧めです。未読の方はぜひお読み下さい。じっくり読んで、自分の頭で考えて、あらためて世の中を見渡して下さい。「神話」を「神話」と認識するだけでも、目のうろこが一枚剥がれ落ちたと実感できると思います。

※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。

目次(抜粋)
上巻目次
- 歴史年表
- 第1部 認知革命
- 第1章 唯一生き延びた人類種
- 第2章 虚構が協力を可能にした
- 第3章 狩猟採集民の豊かな暮らし
- 第4章 史上最も危険な種
- 第2部 農業革命
- 第5章 農耕がもたらした繁栄と悲劇
- 第6章 神話による社会の拡大
- 第7章 書記体系の発明
- 第8章 想像上のヒエラルキーと差別
- 第3部 人類の統一
- 第9章 統一へ向かう世界
- 第10章 最強の征服者、貨幣
- 第11章 グローバル化を進める帝国のビジョン
- 原註
- 図版出典
下巻目次
- (上巻からの続き)
- 第12章 宗教という超人間的秩序
- 第13章 歴史の必然と謎めいた選択
- 第4部 科学革命
- 第14章 無知の発見と近代科学の成立
- 第15章 科学と帝国の融合
- 第16章 拡大するパイという資本主義のマジック
- 第17章 産業の推進力
- 第18章 国家と市場経済がもたらした世界平和
- 第19章 文明は人間を幸福にしたのか
- 第20章 超ホモ・サピエンスの時代へ
- あとがき――――紙になった動物
- 文庫版あとがき――――AIと人類
- 謝辞
- 訳者あとがき
- 原註
- 図版出典
- 索引
著者について
ユヴァル・ノア・ハラリ Yuval Noah Harari
イスラエルの歴史学者、哲学者。2020年のダボス会議での基調講演をはじめ、『ニューヨーク・タイムズ』紙への寄稿など、世界中に向けて発信しつづけている。『サピエンス全史』『ホモ・デウス』『21 Lessons』は世界的なベストセラーになっている。
(著者プロフィールは本著からの抜粋です。)
『サピエンス全史』上・下
文明の構造と人類の幸福
- 著:ユヴァル・ノア・ハラリ Yuval Noah Harari
- 訳:柴田裕之(しばた やすし)
- 出版社:株式会社 河出書房新社 河出文庫
- 発行:2023年
- NDC:209(世界史・文化史)
- ISBN:9784309467887、9784309467894
- 352、396ページ
- 原書:”Sapiens” c.2011



