山岸凉子『赤い髪の少年』
「黒のヘレネー 山岸凉子全集31」収録。ジュール・ルナール原作「にんじん」
ルナールの古典的傑作『にんじん』を原作とする短編まんが。
『にんじん』の中でも特に印象的な2章節が取り上げられている。
にんじんが銀貨を無くす章と、猫を殺す章である。
原作では猫を殺す章が先にきているが、山岸氏は順序を入れ替えている。
原作のにんじんは、生意気で減らず口、しかし(その気にさえなれば)学問は良くできる少年だが、山岸版のにんじんは、気が弱く、孤独で無力な、すぐ涙ぐむ少年である。
山岸版『にんじん』は、エマニュエルおじさんの目から語られる。
パリ大学院に在籍中のインテリで、にんじんに深く同情している。
おじさんはルビック氏(にんじんの父親)に言う。
『ねえジャン
きみたち夫婦はそれでもいいだろ
おたがいあきらめて口もきかずにいればだけどにんじんはそうはいかないんだ
子どもなんだよ(中略)
きみたちふたりのひずみは
にんじんがひとりで背負っているんだよ』
夫婦の、さらに家庭全体のひずみを、たったひとりで背負わされている、それが、にんじん。
まだ小さな男の子なのに。
にんじんは、母親の陰謀で、ひとり芝居にいけなかった。
それどころか、猫を殺さなければならないような状況に追い込まれてしまう。
泣きながら猫を殺すにんじん。
そのショックで、寝込んでしまうにんじん。
にんじんは、エマニエルおじさんにだけ、告白する。
『だけど・・・だけどぼくママを
好きになんかなれそうもないもん』
そして尋ねる。
『ねえおじさん
ぼくを・・・愛してる?』
おじさんは即答してくれる。
『もちろんだとも
愛しているよ!』
山岸版のにんじんは、ハッピーエンドである。
・・・と、いうほどではないかもしれないが、救いの光は見えている。
それに対し、原作は無慈悲だ。残酷だ。
『僕、ほんとをいうと、もう、母さんが嫌いになったよ』
訥々と告白するにんじんに対し、父親(ルビック氏)は、
「そんなら、わしが、そいつ(=妻)を愛してると思うのか」
我慢ができず、ルビック氏は、ぶつけるようにいった。
また、
『いいか、にんじん、幸福なんていうもんは思いきれ!ちゃんといっといてやる。お前は、今より幸福になることなんぞ、決してありゃせん。決して、決して、ありゃせんぞ。』
(以上、岸田国士訳『にんじん』岩波文庫より引用)
これではにんじんは救われない。
かわいそうなにんじん。
山岸版で、やっと救われて、なんだかホッとする私である。
(2011.10.10.)
※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。
『赤い髪の少年』
「黒のヘレネー 山岸凉子全集31」収録
- 著:山岸凉子(やまぎし りょうこ)
- 出版社:角川書店
- 発行:1988年
- NDC:726(マンガ、絵本)
- ISBN:4049230313 : 9784049230314
- 40ページ
- カラー、モノクロ、口絵、挿絵、イラスト(カット)
- 原作:ジュール・ルナール「にんじん」
- 登場ニャン物:(無名)
- 登場動物:-
目次(抜粋)
- 黒のヘレネー
- セイレーン
- グール
- 赤い髪の少年
- かぼちゃの馬車
- 学園のムフフ