バック『カモメのジョナサン』

バック『カモメのジョナサン』

1970年代の世界的ベストセラー。

すべてのカモメにとって、重要なのは飛ぶことではなく、食べることだった。だが、この風変わりなカモメ、ジョナサン・リヴィングストンにとって重要なのは、食べることよりも飛ぶことそれ自体だったのだ。その他のどんなことよりも、彼は飛ぶことが好きだった。
page9

あらすじ

文字通り、寝食を忘れて、ただひたすら「飛ぶ」ことの探求に明け暮れるジョナサン。超低速飛行を練習したと思えば、カモメとしての最高飛行速度に挑戦する。過酷な修練で体は痩せ細り、仲間のカモメたちは馬鹿にし、ついに追放されてしまう。それでも諦めなかったジョナサンの前に、ある日、白く光る2羽のカモメが現れ、彼は別の世界へ導かれる。

そこには、彼のように飛行技術の究極を極めようと励むカモメたちがいた。ジョナサンはますます励む。そしてついに、その頂点まで登り詰めたジョナサンは、地上の遅れたカモメたちの群れに戻って彼らを指導する道を選ぶが・・・

 

バック『カモメのジョナサン』

感想

芥川龍之介は『侏儒の言葉』の中で「自由は山巓の空気に似ている。どちらも弱い者には堪えることはできない」と言っていますが、自由を求めるジョナサンが飛び込むのは「山巓の空気」どころではありません。さらに空気の薄い上空を、飛行能力の限界まで高度を上げ、そこから急降下することでカモメの飛行速度の限界を超えていこうとします。訓練中に気を失ったりもします。それでもくじけません。ますます鍛錬に励みます。

そして、ついに「飛ぶこと」を極めたとき、その技を伝え、さらに重要な「精神」を伝えるために、群れに戻っていきます。その強い精神力や、広い愛情、そしてなにより「自由」を尊ぶ生き様が、とくに若者達に受けたのだと思います。

Wikipediaからの引用。

1972年年後半にニューヨーク・タイムズのベストセラーリストの1位となり、38週もの間 1位を保ちつづけた。1972年と1973年の『パブリッシャーズ・ウィークリー』誌の全米週間ベストセラーリスト・小説部門(英語版)でも1位。1973年には当作品を原作とする映画が制作された。1974年10月時点(映画が日本で公開された時点)で、米国では『風と共に去りぬ』を抜いて1500万部のベストセラーになった。2014年時点で世界で4000万部売れていた。(以下略)

ref : wikipedia

ものすごい人気作品。しかし、昔の私が初めて読んだときの正直な感想は「この程度か」という落胆に近いものだったことを覚えています。

つまり世の中には、もっと深くもっと鋭く精神世界に切り込んだ作品が他にいくらでもあるということです。和訳の際は、ハードカバーのアメリカ版ではなく、軽いタッチのイギリス版が参考にされたとのことですけれど、それを考慮しても、です。

しかし、良本はどうしても重たくなりがちですから、読書習慣のないひとには『ジョナサン』の薄さ短さがちょうど良いということなのかもしれませんね。

同じような味の作品は最近も出ています。たとえば1998年にアメリカで発行した『チーズはどこへ消えた?』(スペンサー ジョンソン著、門田美鈴訳、扶桑社、9784594030193 )。これも2019年時点で2800万部以上、日本では2020年時点で408万部のベストセラーとなったそうですけれど[注]、内容は、・・・言葉は悪いですが、畢竟、子供向けです。『カモメのジョナサン』よりもっと軽いです。
[注]:Wikipedia

解説で、訳者の五木寛之氏はこう書いています。

(前略)レイ・ブラッドベリーは、この作品のことを「読む者がそれぞれに神秘的原理を読み取ることのできる偉大なロールシャッハテスト」だと語っているそうだが、まあ、それこそ評価のしかたにもいろいろあるな、という感じで、私自身はもっと明快単純に物語に即して、面白がったり笑ったりといった読み方を楽しんだほうである。
(page 136)

私の読み方も、五木氏的と同じように、ただ単純にストーリーを楽しめばいいんじゃないのというものです。私はすでに還暦を過ぎていますし、読んだのはこれで2回目ですし、今更人生だの生き方だのをこの本から学ぼうなんて気はさらさらなかったというのもありますけれど。

この本は若い子に読ませて下さい。小学校の高学年、中学生。その年齢には良書だと思います。

最後に

本文からの引用で締めくくらせて頂きます。

彼はごく単純なことを話した――――つまりカモメにとって飛ぶのは正当なことであり、自由はカモメの本性そのものであり、そしてその自由を邪魔するものは、儀式であれ、迷信であれ、またいかなる形の制約であれ、捨て去るべきである、と。
「捨て去っていいのですか」と、群衆の中からひとつの声があがった。「それがたとえ群れの掟であっても?」
「正しい掟というのは、自由へ導いてくれるものだけなのだ」ジョナサンは言った。「それ以外に起きてはない」
(中略)
「(前略)きみたちと同じなんだ。わたしとも同じだ。ひとつ違うのは、たったひとつだけ違っているのは、彼らは本当の自分というものを理解しはじめていて、そのための練習をすでに始めているということだけなのだ」
(page 113-114)

 

人類は現在ふたたび「自由」をなくし始めているのではないかと、私は感じています。本当の意味での自由、つまり、精神の自由のことです。

人工知能(Artificial Intelligence)の早すぎる進化の中で、生身の人間はAIに頼りすぎ、しだいに自分で考える力をなくしつつあるのではないか、本人も気づかないまま、精神的自由をも失いつつあるのではないか、という危惧です。

 

※著作権法に配慮し、本の中見の画像にあえてボカシをいれる場合があります。ご了承ください。

ショッピングカート

目次(抜粋)

  • Part One
  • Part Two
  • Part Three
  • 解説 五木寛之

『カモメのジョナサン』

  • 著:リチャート・バック Richard Bach
  • 訳:五木寛之(いつき ひろゆき)
  • 出版社:株式会社新潮社 新潮文庫
  • 発行:1977年
  • NDC:933(英文学)小説
  • ISBN:9784102159019
  • 140ページ
  • モノクロ写真
  • 原書:”Jonathan Livingston Seagull” c1970
  • 登場ニャン物:-
  • 登場動物:カモメ
ショッピングカート

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA