ホーガン『未来からのホットライン』

タイムトラベルSFの傑作。
60秒前に通信を送ることが可能に?
ストーリー
チャールズはスコットランドの田舎の古城で隠居生活を送っていた。ノーベル物理学賞をも受賞した世界的物理学者である。隠居、といっても、実は自分の実験を自由に続けるためで、”タオ波”を利用したある種のタイムマシン=過去への通信システム=を作っていたのだ。
そして、ついに成功した。60秒前の過去へ6文字を送ることができた。
さっそく、孫のマードックと、その相棒のリーをアメリカから呼び寄せる。チャールズ、助手のテッド、マードック、リーの4人は、さらなる実験を繰り返すが、そこで不可解な現象が。
一方。その古城からあまり遠くないバーグヘッドには、世界初のイオンビーム法核融合プラントが建設されていた。まさに最終実験の段階、これに成功すればいよいよ正式稼働だ。
そこの物理学部主任はエリザベスという有能な女性で、チャールズの元教え子でもあった。マードックたち4人は、エリザベスにも秘密を打ち明け、アドバイスを仰ぐことにした。
そしていよいよ。核融合施設で実験が行われたが、ここで思わぬ事件が・・・
感想
数あるSF(Sience Fiction)の中でも、これぞハードSFの代表といえるような作品のひとつでした
ハードSFとは、(執筆当時の)科学知識や自然法則に忠実にのっとり、物理学・数学・生物学等すべて可能な限り正確に考証して作られた小説を指します。宇宙空間の移動や重力の法則にも原則矛盾しない、リアリティのある小説群なのです。ジェイムズ・P・ホーガンは、そんなハードSF界を代表する作家の一人です。
『未来からのホットライン』の前半部分はそのほとんどが、研究者たちの物理学上の理論や実験、それを巡るさらなる議論に費やされています。まるで物理学の討論会にまぎれこんだかのような。あれでは読者の多くが半分も読まずに(理解できずに)脱落してしまうのではないかと危惧するほどです。でももしあなたが、車椅子の天才『ホーキング、宇宙を語る』を面白く読んだり、クオークの6種類の名(アップ、ダウン、ストレンジ、チャーム、ボトム、トップ)をスラスラ言えるような人であれば、興味深く読めるでしょう。物理学の専門的な知識までは必要ありません。「ブラックホールの蒸発」や「パラレルワールド」等の言葉を、説明されなくてもなんとなく理解できる程度の知識があれば十分です。私だって物理学なんて勉強したことはありません。「ニュートン」等の科学誌で読み齧った程度です。それでも楽しめました。楽しめたどころか、めちゃくちゃ面白かった!さすが傑作といわれるだけの、読み応えのある一冊でした。AIが一般普及した2026年の今でこそコンピューターの使い方にははさすがに古さを感じますが、それ以外はあまり古さは感じられませんでした。1980年によくもまあこれだけのものを書けたと感心します。
この小説の主眼ともいうべき、タイムトラベルの基礎”タウ波”なるものは、ホーガンの創作です。創作物を根っこに置くことで「いかにもそれらしく理論ぶっているけど、これ、全部フィクションだからね」と読者に念を押しているようにも思えます。そうでもしないかぎり、本当に”タウ波”があるのかと疑ってしまうような展開です。なんせ物理学の世界では、最初に理論・推論ありき、何十年もたってやっと実証されました、なんて話が多いですからねえ。
小説の前半は、きわめて理屈っぽい内容で、進展もゆっくりです。後半になって次第にエンジンの回転数があがりだし、終盤直前にアクセル全開になるって感じ?「過去を変えてしまうと現在がどう変わるか」の謎はタイムマシンSFの見せ場ですが、ホーガンはそれを独自理論できれいに突破していきます。
「(前略)結局のところ、われわれの常識ってやつは、まず原因が先にあってその結果がくるという明確な事実に基礎をおいている。しかしこのマシンが出てきた以上、もうそうとは限らない。つまり、事実の前に常識なるものが打ち破られるわけだ。(後略)」
(page 67)
「量子ゆらぎ」という現象をも彷彿とさせるこのセリフ。「常識」がどう打ち破られるかは、それこそ本作のキモですから、すみませんがご自分でお読みになって確かめてください。
話が続くにつれ、話はどんどん膨らみます。ちょっと強引とも思われる要素まで紛れ込んで来て、それが数年前に現実世界を襲った混乱にも似ていて、そこも面白く感じました。とはいえ、さすがのホーガンも、小説がかかれて数十年後に、小説で描かれた数百倍(もしかしたら数千倍)規模であんなコトが起こるとまでは予想できなかったしょうけれど。
で、猫の話ですが。
チャールズの飼い猫が登場します。名前はジェームズ・クラーク・マクスウェル。はい、あの大物理学者と同じ名前です。何回か登場しますが、登場時間はいずれもごく短く、ほんのチョイ役。しかし、実はけっこう重要な存在です。マクスウェルが現れるたびに、時間軸に何か手が加えられることになるのですから。マクスウェル自身は何もしません。予言めいたこととか、機械操作なんてこともしません。ただの猫です。ただの子猫らしく無邪気に飛び回っているだけです。
それでも、読者は何回目かには気づくことになります。「あ、マクスウェルだ、ということは、次に何が起こるのだろう?」
あまりに猫の使い方が絶妙なので、ホーガンと猫との関係を検索してみました。残念ながら、猫好きか、猫を飼っていたかどうか等はわかりませんでした。でも、猫嫌いならあんな使い方はできないだろうと思うにつけ、やはり猫好きな方だったのではないでしょうか?そう期待したいですニャ🐱.
『未来からのホットライン』のおすすめ度
読者を選ぶ本だと思います。つまり、科学とくに量子物理学や宇宙物理学にどれほど馴染みがあるかで、評価が大きく分かれそうです。
「物理学的議論なんでまったく興味ありません、お堅い話はまっぴら」なんて方には、およそ読むことすらできないでしょう。すぐに本を放り出してしまうことは確実と思われます。
一方で、超ひも理論とか、量子もつれなんて聞いただけで「お♪」と思うような方にとっては、猛烈に面白いのではないでしょうか。ホログラム宇宙論も知っていれば、さらに理解しやすくなるでしょうし。ホーガンがこの作品を書いた時点ではまだホログラフィック原理は提唱されていませんでしたけれど、作品の中でホーガンが、世界を3次元ではなく2次元で考えればわかりやすいと書いているのを読んで、私の頭の中にうかんだのがホログラム宇宙論でした。
そういう意味ではこの『未来からのホットライン』はまるで「シュレディンガーの猫」そのものです(笑)。面白いか、面白くないかは、あなたが中身を実際に見るまでわからないし、そのどちらでもある。どんな「あなた」がページを開いたかで、その瞬間に、面白い/つまらないが決まるのです。読書を放り出す=小説にとっては死に値する行為。夢中になって最後まで読む=小説にとっては見事な生還を意味する。という意味で、シュレディンガーの猫。ニャハ。
余談ですが、オリジナルタイトルは “Thrice upon a time”。もちろん “Once upon a time(昔々あるところに)” のもじりでウィットの効いた素敵な題名ですが、推理小説好きにはちょっとヒントかな?その点、放題の『未来からのホットライン』はよく考えてあると思います。

附:ジェームズ・クラーク・マクスウェル
James Clerk Maxwell、1831年6月13日 – 1879年11月5日。イギリスはスコットランドの理論物理学者で、電磁気学の最も偉大な学者の一人とされる。マイケル・ファラデーによる電磁場理論をもとに、1864年にマクスウェルの方程式を導いて古典電磁気学を確立。電磁波の存在を理論的に予想し、その伝播速度が光の速度と同じであること、および、横波であることを示した。土星の環や気体分子運動論・熱力学・統計力学などの研究でも知られている。
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著者について
ジェイムズ・P・ホーガン James P. Hogan
1977年『星を継ぐもの』でデビュー、日本に翻訳紹介されると同時に爆発的な人気を博し、翌年の星雲賞を受賞する。さらに『創世記機械』『内なる宇宙』でも銅賞を受賞。
(著者プロフィールは本著からの抜粋です。)
『未来からのホットライン』
- 著:ジェイムズ・P・ホーガン James P. Hogan
- 訳:小隅黎(こずみ れい)
- 出版社:株式会社東京創元社 草原SF文庫
- 発行:1983年
- NDC:933(英文学)小説
- ISBN:9784488663063
- 439ページ
- 原書:THRICE UPON A TIME” c1980
- 登場ニャン物:マックスウェル(ジェームズ・クラーク・マクスウェル)
- 登場動物:


