ローリングズ『仔鹿物語』上・下

ローリングズ『仔鹿物語』上・下

児童文学の最高傑作のひとつ。孤独な少年と、子鹿と、「生きる」という意味。

アメリカの南北戦争が終戦して、数年後。フロリダの原生林の奥深くに、貧しい開拓民一家が住んでいた。12歳の少年、ジョディと、その両親だった。

父親のペニーは、本名はエズラ・エゼキエル・バクスターというのだが、「ペニー銅貨のようにチビだ」とからかわれて以来、ペニーで通っていた。体は小柄で痩せていたけれど、正直で働き者で、猟師としての腕は地域で一番。たった一人で開墾し家族を養っている。

妻のオーラ・バクスターは、夫の倍もある巨体で、子供も何人も生れた。が、どの子も育たなかった。妻はそろそろ、子供を産める年齢でなくなりかけていた。

ジョディは最後の子供だった。無事に育った唯一の子供だった。

母親は、この息子をどことなく突き放し感じで受け止めた。愛情も心労お興味も、それまでの子供たちに使い果たしてしまったかのようだった。一方、ペニーの方は、息子にありったけの思いを注いだ。父親として愛情以上のものを注いだ。

一番近い隣人まで数マイル。厳しい大自然の中での暮らしは過酷だった。しかし、幼いジョディにとっては興味と発見の尽きない毎日だった。父親の農作業を手伝い、狩りのお供をし、のびのびと育っていく。

唯一の不満があるといえば、ジョディには友達も、ペットさえもいないことだった。犬や馬や牛はいたけれど、皆父親のもので、ジョディのものではなかった。母親はジョディにペットを飼うこと=余計な扶養口を増やすことを、決して許さなかった。

そんなある日。ある出来事から、ジョディは生れて間もない仔鹿を飼うことに。

ジョディは有頂天だった。フラッグと命名し、これでもかと愛情を注ぐ。仔鹿も良く慣れて、どこへでもついて歩く。

しかし、大自然は厳しかった。一家を次々と災難が襲う。ジョディはフラッグを心の支えに、たくましく成長していくが、フラッグも成長していたのだった。

そして、ついに、ある日・・・

ローリングズ『仔鹿物語』上・下

日本のすべての子供に読ませたい!

この作品も、子供のころに読んだのです。例によって、原作をカット+編集しまくり、大人が考える「子供向け」に作り直した(=改悪した)「抄訳」で。

そのせいで、この作品がこんな名作とは気づいていませんでした。今回、全訳を読むまでは。

名作です。ものすごい名作です。

なんと厳しい生活でしょうか。生きるとは、なんと大変なことなのでしょうか。ジョディは、日本でいえば中学1年の子供ですけれど、父を手伝って一日中働きます。畑を耕し、草を引き、薪や水を運びます。生活に欠かせない水さえ、近くには無いのです。水が涌く「陥落穴(シンクホール)」は、バクスター家の「100エーカーという広大な土地の西の境界付近」にあるのでした。一番近い隣家とも、たっぷり4マイル(約6.5km)も離れています。車も電話もない時代、まさに自分達の知恵と力だけが頼りでした。

物語の最初の頃は、まだジョディはかなり子供っぽい感じです。言い訳をみつけては仕事をサボり、ケーキをねだり、ひとりではしゃいだりします。最初は児童文学みたいです。

でも出だしだけです。私はこの小説は児童文学なんて枠を遥かに超えて、ほとんど人生訓みたいな、ドカッと大きな作品だと感じました。子供にももちろん読んでほしいですが、人生に疲れた大人たちにも是非読んでほしい。特に今は世界的なCOVID-19パンデミックで、生きる目的や意味が改めて問われている時代だと思います。様々な困難を乗り越えながら、たくましく成長していくジョディの姿は、むしろ大人読者の方が励まされるかもしれません。せっかくこんなにすばらしい全訳があるのですから、大人も子供も、どうか全訳の方で読んでください。ブツ切り抄訳の「少年少女のための・・・」云々では読まないで下さい。

ハッピーエンドではありません。むしろ、あまりに過酷な最後です。その残酷さにまず心が悲鳴をあげ、その後、ジワリと温まります。拳を振り上げて、ジョディを応援したくなります。

お勧めです。

ローリングズ『仔鹿物語』上・下
ローリングズ『仔鹿物語』上・下

なお、この小説は映画化されました。かなり原作に忠実な実写です。父親のペニー役は、なんとグレゴリー・ペック、あの『ローマの休日』の男優です。

※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。

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著者について

ローリングズ Marjorie Kinnan Rowlings

1896-1953、アメリカの小説家。ワシントンDCに生まれ、子どものころから捜索コンテストに度々入賞し才能を発揮する。大学を卒業後、新聞記者となるが、作家としては芽が出なかった。1928年、旅行でフロリダ半島の奥地を訪れ、原生林の残る自然に感動し、居を定める。以後はこの地方を舞台にした小説を生み出し、1938年の「The Yearling」(本書)がベストセラーとなり、ピュリッツァー賞を受賞する。他にも数々の長短編小説を発表するが、1953年に脳出血で死去。

(著者プロフィールは本著からの抜粋です。)

『仔鹿物語』上・下

  • 著:ローリングズ Marjorie Kinnan Rowlings
  • 訳:土屋京子(つちや きょうこ)
  • 出版社:株式会社 光文社
  • 発行:2012年
  • 初出:光文社古典新約文庫『鹿と少年』2008年刊を改題・改訂
  • NDC:933(英文学)長編小説
  • ISBN:(上)9784334752606(下)9784334752613
  • 420ページ、433ページ
  • 原書:”The Yearling” c1938
  • 登場ニャン物:-
  • 登場動物:シカ、犬、馬、アライグマ、クマ、ウシ、ほか多種多数
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