川道武男『ウサギがはねてきた道』

ウサギちゃんは、耳が長いだけではない!
ウサギは、とても身近な動物です。
学校で飼育されている動物といえば、まず思い浮かべるのがウサギです。飼育係に立候補してお世話した経験がある方も多いでしょう。
公園や「ふれあい広場」で飼われているのもウサギです。ふわふわな毛皮、長いお耳、ウサギはいつだって人気者。
それだけではありません。
毛皮としての需要も多いのです。リーズナブル、といえば聞こえが良いかもしれませんが、要するに安く手に入いる毛皮として、コートの襟や、マフラーや、子供の耳当てなどに使われています。
一般人の目につきにくいところでは、多数のウサギたちが実験動物として使われています。我々人間の安全は、ウサギたちに守られているようなものです。
ウサギ肉は多くの国々で日常的に食べられていもいます。
これほど身近な動物なのに、実はウサギって、驚くほど、研究されていない動物でもあるようです。
ウサギを使って人間の医療は発達しました。が、ウサギ自身の獣医学はまだ全然未発達分野です。私も過去にウサギを4羽飼いましたが、ウサギを診ることができる獣医師の数は限られていました。
ウサギがいかに知られていないか、それは、専門書の少なさでもわかります。
子供や素人向けの「ウサギ飼育マニュアル」はあふれるほどありますが(我が家にも)、ガツンと骨のある専門書は、数えるほどです。
そんな中で、この本は、すばらしい1冊だと思います。
ウサギについて、実に詳しく書いてあります。ペットのウサギではなく、野生のウサギたちも、です。アナウサギ、ノウサギ、カンジキウサギ、ワタオウサギ、他。書き方がいかにもさらりとしているので、それらの事実を調べるのに、研究者たちはどれほどの時間と注意力と忍耐を必要としたか、読んでいる方にはちょっと想像つかないのですが、でも、並大抵どころの苦労ではなかったはずです。
とくにすごいのが、ナキウサギの調査。
ナキウサギを、ご存知ですか?
丸くて短い耳、短い手足。ウサギ=長い耳、と思っている人には、ウサギに見えないかもしれません。住んでいるのは、高山や荒れ地、ゴビ砂漠など、人間を寄せ付けない土地。
著者は、双眼鏡を片手に、ナキウサギの生態を調査します。日高山脈の山頂付近から始まって、北海道の大雪山系、さらにヒマラヤ、コロラド、ゴビ砂漠等。
野生のナキウサギを、一頭一頭追って、彼らの行動を逐一記録します。なわばりの広さは?鳴くのはどんな時?ペアで動いているのか?採食の方法は?どうやって冬を越すのか?
ウサギに興味のある方には、超おすすめの本です。ウサギについての、あらゆる知識が詰まっています。その辺の飼育書とはレベルが違います。

ウサギ全般についての知識が満載
たとえば、食糞というウサギの消化の仕方。これはどんな「ペットうさぎ書」にも書いてあります。が、ここまで詳細に書かれてる飼育マニュアルは私は記憶ありません。
盲腸に送り込まれた食物は、腸内細菌により発酵する。細菌の活躍で、セルロースなどは分解され、吸収されやすい形になる。細菌自体はタンパク質とビタミンB群に富んでいるので、無数の細菌を含む軟便は栄養に富む「食品」になっている。アナウサギの軟便は乾燥重量で約五六%が細菌で成り立つ。タンパク質含有率は、細菌が三六%、植物が一一%であるから、軟便には平均二四%のタンパク質が含まれている。つまり、取り込まれた植物自身が持っているよりもはるかに豊富なタンパク質とビタミン類を食糞により吸収できる。
(page 25-26)
きびしい現実も書いてあります。
ウサギ類は短命である。トウブワタオウサギは一年以上生きる個体がほとんどいない。ノウサギ属・ワタオウサギ属・アナウサギでは、年死亡率が九〇%に達する。年齢構成を調べたところ、本州のノウサギは〇歳が七五%を占め、四歳以上はいない。ユキウサギは〇歳が四八%を占め、一歳が二三%、二歳以上が二九%である。ヤブノウサギの年齢構成では、五・五歳以上が約六%しかいないし、四歳以上生きるオスはいない。秋から冬には一歳以下が個体群の二三-三四%を占めている。
この高い死亡率の直接の死亡要因は、大部分が捕食と病気による。
(page 106)
飼育されているウサギの平均寿命は7~8年といわれていますが、ギネス記録によれば、18歳10ヶ月も生きた子がいるそうです。ちなみに、うちのウサギは10歳まで生きました。それを考えれば、野生のウサギたちの生活が、アナウサギ・ノウサギ・ワタオウサギに関係なく、いかに過酷かがわかります。
そんなウサギたちの唯一の武器は「逃げること」。これに尽きます。ウサギたちは捕食者とは闘いません。窮鼠猫を噛むみたいなことはしないのです。ひたすら逃げるだけです。
体の構造も、ひたすら逃げるためだけに作られています。毛が抜けやすいこと。皮膚が薄く裂けやすいこと。骨がギリギリまで軽量化されていること。その骨に対し特に後肢の筋肉が強大すぎるほど強いこと。食糞すること。雌は「出産後発情」でかつ「交尾刺激排卵」であること。さらに「重複妊娠」がみられたり、「胎児吸収」がみられたり。そして産んだ子供とは「別居保育+スケジュール型の哺乳」であること。
これらすべてが、捕食動物から逃げやすくするために進化した結果といえるのです。

一般的なウサギ飼育マニュアルでは物足りない方、ウサギ全般についてもっと知りたい方に超おすすめの一冊です。ナキウサギたちの不思議で魅力的な生活も知ることが出来ます。すばらしい研究調査だと思います。
※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。
『ウサギがはねてきた道』
- 著:川道武男(かわみち たけお)
- 出版社:紀伊國屋書店
- 発行:1994年
- NDC:645.6(家畜各論・犬、猫)
- ISBN:4314006021 9784314006026
- 270ページ
- 登場ニャン物:-
- 登場動物:ウサギたち
目次(抜粋)
1章 ウサギの紋章
ユキウサギを追跡する/ウサギのイメージ/鼻でウインクする/ウサギは跳ねる/他
2章 野ウサギと穴ウサギ
したたかなウサギ/ウサギ科の仲間/ウサギ科の分布/日本のウサギ/他
3章 ノウサギの耳はなぜ長い
二つの通信手段/生活によって異なる耳の長さ/ウサギ科の耳の長さ/長い耳への進化
4章 隠れるか逃げるかの選択
おいおしいごちそう/背後にまわる視野/跳ねる後足/野ウサギの戦法/他
5章 目の開いた子と裸の子
早成性の子と晩成性の子/放任主義の子育て/巣をもつもの・もたないもの/繁殖戦略/他
6章 ナキウサギの歌
日高山脈の夏の旅/小さくてもウサギの仲間/北半球の辺境に暮らす/岩の隙間を利用した「地下宮殿」/他
7章 迷路作戦
草原のナキウサギ/迷路のトリック/低木のしげみにまぎれる/ナキウサギとモグラネズミ/他
8章 ウサギが跳ねてきた道
ウサギの最も古い化石/ウサギ科の進化/ムカシウサギとは/ナキウサギ科の進化/他
9章 なわばりで分割される岩場
岩場の利用法/ペアなわばり/春の争い/子どもの分散とペア形成/他
10章 草原のナキウサギ社会
ゴビ砂漠のナキウサギ/砂漠の単独なわばり/青海高原の家族グループ/グループの構成と変化/他
11章 単独の社会と集団の社会
夜の単独生活者/広い行動圏と低い密度/社会関係が反映する行動圏/オスより少し重いメス/他
あとがき
参考文献
動物の学名と索引


↑うちで飼っていたウサギと、保護した子猫の遭遇。家の中で大切にされている猫とウサギなら、仲良しになれます。むしろウサギの雄同士を仲良くさせる方が難しいかと。


