西村武重『ヒグマとの戦い』

西村武重『ヒグマとの戦い』

副題:ある老狩人の手記。

明治・大正・昭和と生き抜いた、老練な狩人の手記。すべて自身の体験に基づく実話なだけに、作り物にはない迫力と、なるほどと頷かせる説得力にあふれている。そしてそれ以上に、すごい時代だったんだなあ、という驚き。正直、その時代のその地域に生れなくてよかった?

ヒグマは、言うまでもなく、我が国最大の陸上獣で且つ肉食獣でもある。体重は250kg以上、500kgを超える個体さえ何度も見つかっている。でっかい図体だが走る速度も早い、時速50km以上というから、人間には走って逃げるなんて無理である(ウサイン・ボルト選手でさえ時速約45km)。

その猛獣に、たった1本の猟銃を頼りに、挑んでいく男たち。飛び道具があれば安心だ?まさか!明治大正の猟銃と云えば村田銃が有名だけど、最新鋭の日本軍が使っていたもの等ならともかく、北海道の農民の銃なんて不発は日常茶飯事、村田銃の模擬銃も多く、てんで頼りにならない。うまく発射しても、当たり所が悪ければ相手を怒らせるだけである。「当たり所が悪い」という表現より、「まさに急所にドンピシャリ命中しなければ」と言った方が良いだろう。ヒグマは決して簡単には死なないのである。

その、決して簡単には死なないヒグマを、この著者は何頭も倒している。集団での巻き狩り等で、というなら、まだ分かる。驚くのは、山中の一人歩き中に不意打ちのようにあらわれたヒグマさえ、落ち着きはらって次々と撃ち倒してしまっていることだ。これがどんなにすごい状況か、実際に山中でクマにバッタリ出会ってしまった人間でなければわからないだろう。

・・・そう、私自身、そういう経験があるのだ。ヒグマではなく、大人しいツキノワグマだけど。

それでも驚く。え?え?と頭が真っ白になる。幸運だったのは、相手のツキノワグマも同様だったようで、束の間見つめ合ったあと、くるりときびすを返して逃げ出したのはクマの方だった!私はまだ呆然と、あ、逃げていく、逃げていくと、その場に突っ立っていた・・・今思えば実に危なかったとはいえよう。これが初対面の時の話。その後もクマは何回も見かけたし、だから山に入るときは必ずクマ撃退スプレーを持参するようになったのは勿論である。(←と、これが、田舎に住むということの現実ですよ。コロナ禍だからという理由だけでの安易な移住は再考してね。)

ヒグマ以外にも色々撃っている。嫌に成るほど、多くの生き物たちを獲っている。北海道の原生林の開拓民なんだから仕方ない。獲らなければ自身が生きていけない生活。シカにウサギ、キツネ、マガモ、ヤマメ、その他、その他。

キネズミも良くとっているけど、この「キネズミ」という言い方も面白く感じた。というか知識としてではなく、実際に使っている文章をはじめて見た。キネズミ=木鼠=リスのことだ。栗鼠、なら今でもよく見る漢字表記だけれど、キネズミ(木鼠)、という言いかたは聞きませんよね。昔の北海道ではリスではなく普通にキネズミと呼んでいたのだろうか?きっと呼んでいたからこそ、そう書いているのだろう。

西村武重『ヒグマとの戦い』

アイヌの人々の伝統的狩猟法も詳しく書いてあるが、そこに、「これぞかつてのヒトとイヌの理想的関係」と思われる描写があったので、少し長くなるが、引用する。

男たちは二、三人で、猟犬五、六匹を一組に、二組も三組にも分かれて、根室、釧路、北見の国境を、斜里岳(一五四七メートル)から、遠く海別(うなべつ)岳(一四一九メートル)方面までの山岳原始林内を、ヒグマを追っては捕獲したものであった。 穴から出たヒグマの足跡を発見すると、ソレッとばかりに、一番健脚の若者が犬と一緒になって追跡する。人と犬とで、追って追って追いまくるのだ。若者はたちまち全身汗みどろとなり、着物をだんだんと脱ぎ捨てていく。後からついていく者は、これを拾い集めながら追うことになる。若者はいよいよ最期は裸一貫になってしまい、ヒグマと犬の跡を追う。そして、ついに猟犬に追い詰められているヒグマを撃ちとる。これは一日でも二日でも、夜昼かまわず、ほとんど飲まず喰わずで追っていくのだが、甲の若者が疲れてしまったら、乙の若者が交代し、結局最後は、その組で一番の強者が撃ちとめることになるそうである。 撃ちとったら、温泉にいる留守番やメノコ(=女性)たちに毛皮や肉を運搬にきてくれるように連絡する。これには訓練されている猟犬の頭とか尾とかに、ヒグマをとった印として血を塗りつけ、さあ行けッという具合に追い返す。犬は一目散に吉報を知らせ、いまかいまかと待っていた者は、ヤッタナと喜び勇んで、知らせに帰ってきた犬を先頭にして、捕獲の現場へ向かう。
page110

強い絆、信頼関係、犬も人もない同等の働き。同じ立場で一緒に汗だくになって獲物を追う、これこそが、人類と犬族の、もっとも根源的・原始的な姿なのではないかと思う。これこそが、本来の「狩り」の姿ではないかと思う。道路すぐ脇に箱罠をしかけて、自分達は家に戻るかエアコンの聞いた4WDの中でのんびり待って、かかったクマの前で記念撮影して、罠の外からズドンと射殺する。あるいはきれいに除雪された幹線道路を車に乗ったままゆっくり行ったり来たり、シカを見つけたら道からズドン!(←ホントにやっているんですよ、こういうこと!)。何一つ危険は犯さない、汗もかかない、そんなの「狩り」じゃないよ、ただの「虐殺」だよ、と思わずにいられない・・・!!

我が国日本では、おそらく、もう未来永劫に、この本に書かれているような狩猟や生活は無理だろう。自然環境もだが、日本人としても無理だ。子供たちの憧れの職業ナンバーワンが「ユーチューバー」という時代だもの。田舎生活に憧れて、私が住む田舎に引っ越してくる都会人は多いけれど、数年もてばよい方、早い人は3か月足らずで都会に逃げ戻ってしまう、それが現代人だもの。

読めば読むほど、昔の山人たちの生き様に、感嘆するしかない。よくこんな毎日を生きていたなあ!私は、現代に生れたことを感謝。

西村武重『ヒグマとの戦い』

※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。

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目次(抜粋)

祖父・西村武重について 西村譲
まえがき

ヒグマとの戦い―――その1
カクレ原野とガンピ原
アイヌの狩猟
ヒグマとの戦い―――その2 千島エトロフ島のヒグマ
尾岱沼と野付岬
養老牛温泉を中心として

あとがき
解説 服部文祥

著者について

西村武重(にしむら たけしげ)

1892(明治25)~1983(昭和58)年。永年ヒグマ撃ちを経験してきた。著書に『ヒグマとの戦い』『北海の狩猟者』『秘境知床原野とヤマベ』 『養老牛の今昔』などがある。 (著者プロフィールは本著からの抜粋です。)

『ヒグマとの戦い』

ある老狩人の手記

  • 著:西村武重(にしむら たけしげ)
  • 出版社:株式会社 山と渓谷社
  • 発行:2021年
  • 初出:山渓親書9『ヒグマとの戦い』1971年が底本、再編集
  • NDC:916
  • ISBN:9784635049184
  • 237ページ
  • モノクロ口絵
  • 登場ニャン物:-
  • 登場動物:ヒグマ、イヌ、キツネ、キネズミ(=リス)、他
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