遠藤ケイ『熊を殺すと雨が降る』
副題:失われゆく山の民族。
今の世では、ほぼ失われてしまった「山の仕事」の数々。それを、微に入り細を穿ち、これでもかと詳細に説明しつくした本。よくもまあこれだけ調べ上げたと思う。読んで興味深いだけでなく、後世に残すべき貴重な資料本でもある。
中でも圧巻なのが、「第一章 山の仕事」の内容。なんて「仕事」だ!これほど危険で、これほど大変で、これほど命知らずで、これほど手間暇のかかることを、人々はしていたのか。それもわずか5~60年前くらいまでの話だ。人生100年といわれる今、すでに多くの人たちが生れていたほど最近までの話だ。
山仕事がどれほどの重労働だったかは、彼らの弁当でわかる。なんと米一升だったそうだ。1日分ではなく、昼飯だけで!一升のご飯を、弁当箱にぎゅうぎゅうに詰め込み、中におかずとして漬物や梅干しも一緒に詰め込み、女衆が上に乘って無理やり蓋をする。それを、山の男たちは、弁当としてペロリと平らげる。今検索したら、米一合=534kcalとなっている。一升=十合=5340kcalである。昼食に、これだけ食べないと体が持たない仕事。凄まじい。
現代は、山、とくに人工植樹地帯が荒れて困ると言われているが、それも当然な気がしてくる。もちろん今は昔と違う、あらゆる場所に機械が入って、ときにはヘリコプターまで駆使して、昔と比べればはるかに簡単に木を伐り木材を運び出せる。
それでも。
山の仕事に危険が伴うことは変わりないだろう。しかも皮肉なことに、機械力に頼れば頼る程、昔の仕事人たちのような誇りも持ちにくくなってしまう。外国産の安い木材が追い打ちをかける。
林業は、かつては日本の主産業のひとつだった。昔の樵たち、杣人たち、木地師たち、ほか、山と木に携わっていた全ての仕事人たち、さらに、重い材木を引いた牛や馬たちに、心から尊敬の念を送らずにいられない。
と同時に、これほどの仕事ぶりを、これほど丁寧に取材してくれた著者にも感謝。彼らの仕事は下手な「文化遺産」より、よほどすごい文化遺産だと思うもの。残念ながら絶滅危惧種となってしまっているけれど。
第二章の「山の猟法」、これも事細やかに書いてある。と、私は実はこれを読みたくて購入したのだが、私的にはほぼ全て知っていた・・・さまざまな小説・エッセイで。熊狩りは熊谷達也『相剋の森』他に詳しいし、そこは小説だから臨場感もたっぷりに、迫力満点にえがいてくれている。わらだ猟は佐藤友哉『デンデラ』。その他の狩猟法も、山や動物の小説・マタギ伝等が大好きな私にとっては、目新しいものはなかったけど、これは私の特殊事情なわけで。都会育ちの現代っ子には、すごく新鮮で驚きに満ちた猟法ばかりなのではないだろうか。そしておろらくはまた、現代のレジャーハンターたちにとっても?
最近のハンターは、・・・少なくとも我が里山に狩猟に来る奴等は、山道を四駆で入れるだけ奥まで、車でガリガリと乗り込む。あるいはそれさえしないで、道路から射撃したり(画像参照)、幹線道路脇や田畑のすぐ横に箱罠を堂々と仕掛ける。害獣駆除は田畑に現れる害獣を捕殺してこそ、って言い訳だけど、要するに銃を担いで野山を歩き回る根性がないだけの話である。もし動物がかかれば箱罠のすぐ横まで車を乗りつけて運ぶが、車が入らない場所・・・ちょっと山に入った斜面とか・・・の場合は、鹿の角など欲しい場所だけを切り取って、残りの死体はそのまま放置する。人家の近くでも放置する。雪山奥深くまで身一つで入り込む勇気も体力もサバイバル知識もない、ただ「殺戮」したいだけのクソッタレ野郎どもだ。
また奴等は猟犬を平気で使い捨てにする。私の犬ゴンも、おそらくはそんな猟犬の一頭だ。ガリガリに痩せてヘロヘロになっていたので仕方なく保護した。普通に保健所やセンターや警察等だけでなく、在住&近県の猟友会にも問い合わせたが、・・・親切に話を聞いてくれたのは兵庫県の女性職員の方だけで、他県の猟友会はそれこそけんもほろろ、犬のことなんか知っちゃねーよの内心ダダ洩れの対応だった。おそらく私の名前ひとつメモってないだろう。
昔のマタギたちは違う。
犬が猪の牙で深手を負って致命傷になることもある。助からないときは犬を背負って山を下り、家の近くに埋めて手厚く葬った。そうした犬の霊がコウザキ様になって料紙を守護する。 page203
こうでなくちゃね。これが、猟犬への正しい態度ですよね。
とにかく、資料としても貴重な一冊です。こういう本は絶版とかで消滅させてはいけません。いえ、いずれ絶版にはなるだろうけど、その後も図書館等で大事に保存し続けてほしいと思います。
なお、タイトルの「熊を殺すと雨が降る」、これは最近”科学的に”証明されたことでもあります。もちろん、順序は逆で、熊を殺すから雨が降るのではありません。クマは天候不順、とくに台風を敏感に察知して、事前に食いだめしようとする、そのためつい人里に近づくなど人目に付きやすくなり、結果人間にも殺されやすくなる、ということだそうです。何年にもわたるクマ目撃データ(人害含む)と、天気のデータを付き合わせた結果の論文でしたが、昔の人はとうに気づいていて、こんな言葉を残していたんですね。流石です。
※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。
目次(抜粋)
第一章 山の仕事
杣
日傭
木馬
木挽き
木地師
漆掻き
炭焼き
第二章 山の猟法
熊狩り
猪狩り
鹿狩り
わらだ猟
鷹狩り
第三章 山の漁法
魚釣り
手掴み漁
筌(うけ)漁
原始漁法
第四章 山の食事
魚
山獣
蜂の子
山菜とキノコ
終章 山の禁忌
口伝
あとがき
文庫版あとがき
著者について
遠藤ケイ(えんどう けい)
主な著書に、『暮らしの和道具』、『男の民俗学』1~3巻、『こども遊び大全』など。
(著者プロフィールは本著からの抜粋です。)
『熊を殺すと雨が降る』
失われゆく山の民族
- 著:遠藤ケイ(えんどう けい)
- 出版社:株式会社 筑摩書房
- 発行:2006年
- 初出:1992年岩波書店『山に暮らす』として刊行、2002年山と渓谷社より『熊を殺すと雨が降る』として刊行
- NDC:384
- ISBN:9784480422880
- 364ページ
- 登場ニャン物:-
- 登場動物:クマ、イノシシ、シカ、うさぎ、タカ、他