森映子『ヴィーガン探訪』

森映子『ヴィーガン探訪』

副題:「肉も魚も蜂蜜も食べない生き方」。ノン・ヴィーガン記者のヴィーガン取材本。

著者は時事通信社の記者。3ニャンの保護猫たちと暮らすようになってから、

 

犬猫の殺処分、繁殖・販売における劣悪な飼育などに関心を向けるようになった。
(page4)

 

また実験に使われる犬がいることを知り、自腹で取材した内容を『犬が殺される』(同時代社)を2019年に執筆。その過程で、

 

食べる対象である畜産動物、衣類の毛皮利用などについての取材も細々と続けていた。特に畜産動物については、卵を産む鶏のケージ飼いや牛のつなぎ飼い、母豚が檻に閉じ込められていること、管理しやすいという理由で動物の尾っぽを切ったり、麻酔なしで角を除いたりする方法など、現場では当たり前かもしれないが、集約型畜産の残酷な側面に衝撃を受けた。
(page4)

 

さらに、現代の畜産業が地球環境へ与える悪影響についても知り、また元農林水産大臣の汚職事件=鶏たちの待遇改善に反対するもの=の取材、そして、

 

さらに、動物は財産や資源として扱われない権利を有し、人間はそれを認める道徳的義務があるいという「動物の権利」という考え方(以下略)
(page6)

 

が広まってきたのをみて、ヴィーガンやアニマルウエルフェアなどに係わる人々の取材を「自腹で、独自に」はじめられたそうです。

 

本の内容は、記者らしく、多方面から集められた知識に彩られています。まずはヴィーガンやベジタリアンについて。それから、代替肉(大豆ミートなど)や培養肉(本物の肉細胞を人工的に培養する)について。大豆ミートはすでに市場でふつうに見られる存在になっていますが、培養肉は日本ではまだです。しかし産業としても未来は明るいと、各メーカーや研究者達は口をそろえます。

 

市場調査の矢野経済研究所は、2020年における代替肉(植物・培養肉)の世界市場規模(メーカー出荷ベース)は、約2570億円と予測。これが10 年後の30年には約1兆8720億円、約7倍に増えると推測している。
大手コンサルティング会社ATカーニーは、世界の肉市場(畜産・植物・培養肉)のシェアは、25年時点では畜産肉90%、植物肉10%、培養肉0%だが、40年には畜産肉は40%に下がり、植物肉が25%、培養肉が35%と代替肉が6割を占める、と驚異的な予測をしている。
(page 75)

 

日本は、石油も出ないし、AI開発競争にも後れを取ってしまいましたが、これはチャンスじゃないですか!私が総理大臣なら思い切り発破をかけて培養肉産業の育成に努めるところです。政治家さんたち、早く気づいて下さい!

 

さらに著者は、計6人のヴィーガンたちにインタビューし、集約型畜産や大規模漁業の問題、アニマルウェルフェアについて、興味を持つようになります。

 

森映子『ヴィーガン探訪』

 

畜産動物たちはどう扱われているか

「工場畜産」と呼ばれる形態。生産効率を最優先し、動物たちを工業製品のように扱う。食肉用の家畜たちは言うまでも無く、産卵用の鶏たちや採乳用の牛たちも、利用できるだけ利用したあとは使い捨て(肉に潰す)。その環境は劣悪きわまりなく、思いやりのカケラもない・・・。

著者はまず、卵を産む鶏たちの実態を取材します。

従来型のケージは、縦横50~60センチほど。そこに6~8羽の鶏を入れるので、1羽あたりの面積はせいぜいB5サイズの紙くらい、羽を広げることもできません。もちろん、止まり木もなく、足下は固く細い針金が足に食い込む金属ネット。そんな状態の鶏たちを、1人で10万羽も管理しているのですから世話も掃除も行き届きません。弱い鶏が強い鶏に押しつぶされて負傷・死亡するなんて日常茶飯事です。

著者はそんな鶏たちにショックを受けます。さらに、卵を「物価の優等生」と連呼しつづける政府やマスコミにも疑問を投げかけます。卵はあまりに安すぎないか?

 

つぎに、豚たちの農場を訪れます。母豚が生涯のほとんどを過ごす「妊娠ストール」と呼ばれる檻。あまりに狭すぎる檻。母豚はその中では立つか座ることかしかできません。体の向きを変えることさえできないのです。もちろん糞尿もその場で垂れ流しするしかありません。もし、産まれて間もない我が子がその糞尿の中で苦しんでいても、母豚は子豚を舐めてあげることさえ出来ません。頭が後ろに届きませんから。ただその悲しい声を聞き続けるしかないのです。

 

さらに、日本で起こった「鶏卵汚職事件」。

 

2021年1月、「きよら」のブランドで知られる鶏卵生産・繁殖会社「アキタフーズ」(広島県福山市)グループの秋田吉祺元代表が自民党の吉川隆盛元農水相に厳禁500万円を渡したなどとして、東京地検特捜部に贈賄罪と政治資金規正法違反で、吉川元農相が収賄罪でそれぞれ相次いで在宅起訴された。
(page 184)

 

これは、国際獣疫事務局OIEで検討中の採卵鶏の国際基準に反対するためでした。鶏たちのケージ内に、巣箱や止まり木の設置を義務づけようという、鶏の生態を考えればあまりに当然な基準です。対し、秋田元代表は

 

「欧米のアニマルライツの連中を中心に(従来型の)ケージで鶏を飼ってはいけない、とルールを一方的に押しつけてきた。誰が考えても養鶏業者は壊滅する。絶対に受け入れない」
(page 190)

 

日本の養鶏産業の状態がよくわかる発言です。鶏たちのことを考えて養鶏を営んでいる業者なんていないよ、と言っているのです。アニマルウエルフェアなんて絶対に受け入れない!そして、それを後押ししているのが日本の農林水産省だという事実。

情けない・・・

「ヴィーガン」について知らない人にお勧めの一冊

著者はプロの記者なだけあって、話の進め方も、文章の書き方や章の組み方もうまいです。最初はあたりさわりのない内容からはじめているため、何も知らない読者でもすらすら読み続けることができます。そして徐々に、最後へいくほど強い口調で、畜産業界の残酷さや日本の現状を暴露していきます。

ヴィーガン活動家や動物解放家の多くは、畜産業界のあまりに残酷な実情を人々にいきなり浴びせかけるという戦術をとっています。しかしそれを正面から受け止められる人は、よほど強い人か、よほど鈍い人だけです。多くの人は―――特に現代日本のやわやわした空気で育った日本人の多くは―――とたんに顔を背け、何も聞かずに逃げ出してしまいます。下手すれば残るのはヴィーガニズムに対する嫌悪感だけ、なんてことになりかねません。

それに対し、著者は最初は分かりやすい内容から入っています。次に明るい未来を語る代用肉・培養肉産業界の話、次にヴィーガンになって幸せそうな人たちのインタビュー、と、読者を離さずに引きつけておいてから、やっと畜産業界の現状。それもまずはアニマルウェルフェアを考慮した畜産を紹介し、そのあとでようやく、一般的な工場畜産の内部を暴露します。さらに「鶏卵汚職事件」の詳細で、日本のアニマルウェルフェアがいかに遅れているかを強調。最後に、完全菜食で栄養がちゃんととれるという検証。うまいですよねえ?

 

ヴィーガンについて知らない人、畜産業の現状など考えたこともない人には、かなりお勧めの一冊に仕上がっていると思います。動物解放活動家の皆様は、どうぞこの本を周囲に薦めてください。分厚い『動物の解放』(ピーター・シンガー著)とかより、よほどとっつきやすいと思います。

ところで、「ヴィーガン」とは何か

著者は第一章で「ヴィーガンとは?」と問いました。菜食主義は紀元前からある思想です。とくにインドでは、ジャイナ教や仏教は殺生を忌み菜食主義ですし、ヒンドゥー教もアヒンンサ(非暴力)を教義とし乳菜食となります。そのためインドは国民の約30〜40%が菜食主義者といわれ、人口比率および実数のどちらにおいても世界一の菜食大国となっています。

それら宗教的な、あるいは健康上からの菜食主義と、ヴィーガンとは、どこが違うのか?

著者はアメリカヴィーガン協会の定義を引用して説明します。

 

世界を変えることができる生活スタイルである。多様な野菜、漂白していない穀物、果物、ナッツ、種などを食べ、動物は友達だから食べない。魚、鶏、牛やヤギの乳、卵、蜂蜜の他、動物由来のゼラチン・スープのもと・ラードは食べない。(後略)
(page 21)

 

こちらのページの訳ですね。→American Vegan Society / Vegan IS

上記は著者自身の訳だそうですが、現在(2026年6月)の”Vegan IS“を見ますと、少しだけですが違う部分があります。おそらく著者が意訳して省略したからではなく、ヴィーガン協会側がより分かりやすいように推敲したのではないかと思われる差異です。

  

Vegan is a lifestyle that can change the world.
Vegan is eating only from the plant kingdom; making conscious, compassionate choices about food. Vegans select from the large variety of vegetables, legumes, whole grains, fruits, nuts, and seeds to prepare meals.
Vegan is not eating animals. Vegans can look any animal in the eye and call that animal a friend and not dinner. Vegans don’t consume meat, fish, birds, cow or goat milk, eggs, honey, or foods made with any of these or other animal products such as gelatin, beef or chicken broths, lard or tallow.
American Vegan Society / Vegan IS (https://americanvegan.org/vegan-is/)

 

私はとくに “Vegans can look any animal in the eye and call that animal a friend and not dinner.” という表現が大切だと感じます。高級和牛と呼ばれる牛たちを見ても、ステーキを思い浮かべるのではなく、その牛たちの目の中をまっすぐにのぞき込んで「私の仲間、友人」と呼びかけることができる人、それがヴィーガンだと、協会は書いているのです。

しかし、著者がアメリカの言葉だけを引用していたのは、私としては残念でした。私の理解では、ヴィーガニズムとは「動物はお達だから食べない」とはちょっと違うと考えているからです。では、どう考えているか?「人間に動物を苦しめる権利はない」と考えています。それはまさに「英国ヴィーガン協会(The Vegan Society)」のヴィーガニズム定義と同じものでもあります。

 

“Veganism is a philosophy and way of living which seeks to exclude—as far as is possible and practicable—all forms of exploitation of, and cruelty to, animals for food, clothing or any other purpose; (後略).”
ヴィーガニズムとは、可能かつ実践可能な限り、食用、衣料用、その他のあらゆる目的のために動物を搾取したり、動物に残酷な扱いをしたりすることを排除しようとする哲学(生き方)である。
The Vegan Society / Definition of Veganism(https://www.vegansociety.com/go-vegan/definition-veganism)

 

「可能かつ実践可能な限り、動物を搾取したり、動物に残酷な扱いをしたりすることを排除しようとする哲学」これが一番重要な理念だと思います。しかし本書にはこの定義への言及があまりありません。ヴィーガンへのインタビューの中で、彼/彼女等がそのような内容を話していたりしますが、著者自身がこの定義について深く突っ込んでいく章がないのです。

著者に限らず、ヴィーガンといえばとかく「動物性のものは食べない・使わない・利用しない」という表面的な行為ばかりが注目され、Veganの和訳も「完全菜食主義」となっています。そして、そのような理解のされ方をしている結果、「なぜ動物の命ばかりを尊重するんだ、植物だって生きている、命の差別だ」なんて批判されるのです。

しかし、私の理解するヴィーガニズムとは、「命」の問題ではないのです。感情を持ち、苦痛を感じる能力がある動物達 Sentient Beings の「苦痛」の問題なのです。自分が相手の「命」を大切にするかどうか、ではありません。相手が「苦痛」を感じる能力があるかぎり、それを可能な限り減らしたいとする生き方、なのです。「完全菜食主義」ではなく、「脱搾取主義」「搾取反対主義」とでも訳すべき主義です。

しかしなぜかこの「苦痛を感じる能力」の問題であるという点は、日本ではあまり理解されていませんし、しようとする人も少ないです。それを説明しようとすると拒絶反応を起こす人も多いです。そういう拒絶派の中には、そこに理解を示しちゃうと必然的に「肉を食べる自分は動物の苦痛を無視する人間である」ことも肯定しなければならなくなり、しかし自分は「心優しい良い人」でいたく、そのような倫理相反は受け入れられないので、あえて「苦痛」ではなく「命」を問題視することで誤魔化そうとしている人もいるのではないかと思われます。自分自身をも誤魔化している人たちです。

この著者さんも、せっかくヴィーガン・ヴィーガニズムについてこれほど調べられたのであれば、動物たちの苦痛を避けたいことについて、もっと詳しく書いて欲しかったです。ヒトには動物たちを必要以上に苦しめる権利はないこと、不要な苦しみは地上からできるかぎり排除すべきなこと、それを書いて欲しかったです。

食卓にあがる肉は、全部、「死体」です

最後に、ひとこと。第二章に、こんな場面があります。

 

―――もし日本で培養肉が商品化されたら、岡田さんは食べますか。
「私は食べません。ヴィーガンになって10年以内だと培養肉を食べられたかもしれませんが、肉を20年も食べずにいるので肉の味をおいしく感じなくなりました。鶏のだしを取ったり、卵を焼いたりする臭いもしたいを焼いている臭いと同じで、吐きそうになります。」

岡田さんの「肉は死体を焼いている臭い」という表現は強烈だが、動物を殺めること自体が嫌な人にとっては、そのように感じられるのだろう。

(page 74)

 

ええとですね、(汗

「肉は死体を焼いている臭い」は「強烈な表現」なんかじゃないです。まったく正しい表現です。だって、事実そのものじゃないですか。牛・馬・鶏などの肉は全部死肉、「死体」です。「死体」以外のなにものでもありません。たしかに日本には「活け作り」や「躍り食い」のような、生きたままの魚を食べる文化もあるとはいえ、こと畜産肉にいたっては、すべてが「死体」です。まさか貴方が普段食べている肉は、牛や豚や鶏を「生きたまま」焼いている肉じゃないでしょう?

「肉=死体」、これは忘れないで下さい。

 

森映子『ヴィーガン探訪』

 

※著作権法に配慮し、本の中見の画像にあえてボカシをいれる場合があります。ご了承ください。

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目次(抜粋)

  • はじめに
  • 第1章 ヴィーガンとは?
    ナタリー・ポートマン、ビリーアイリッシュなども公言
    紀元前から菜食の生活はあった
    ヴィーガンとベジタリアンは何が違う?
    その他
  • 第2章 ヴィーガン食の開発で世界を狙え
    牛肉1キロの生産にトウモロコシ11㎞と水2万リットル
    代替肉のスタートアップ、ネクストミーツ
    学生時代から気候変動に問題意識
    その他
  • 第3章 なぜヴィーガンになったのか
    愛犬の死をきっかけに――――川野陽子さん
    ポール・マッカートニーのインタビューを実現
    ヴィーガンのレシピサイト、宅配で起業――――工藤柊さん
    その他
  • 第4章 産業として扱われる動物(1)―卵を産む鶏たち
    閉じ込め飼育の問題を知る
    欧米で急速に進むケージフリー
    鶏は草地で伸び伸び
    その他
  • 第5章 産業として扱われる動物(2)―豚たち
    一生の大半を檻の中で過ごす母豚
    地面掘り、泥遊び、昼寝も――――放牧農園「ぶぅふぅうぅ農園」
    子豚虐待の告発
    その他
  • 第6章 鶏卵汚職事件―日本がアニマルウェルフェアに後ろ向きな理由
    事件で広まった「アニマルウエルフェア」
    採卵鶏の取材が増えた理由
    「アニマルウェルフェアは絶対に受け入れない」
    その他
  • 第7章 ヴィーガンは健康的なのか
    ヴィーガン取材で気になっていたこと
    不足しがちな栄養分はある
    生粋のベジタリアン
    その他
  • おわりに
  • 参考文献

著者について

森映子(もり えいこ)

時事通信社記者。著書に『犬が殺される 動物実験の闇を探る』
(著者プロフィールは本著からの抜粋です。)

『ヴィーガン探訪』

轢くも魚もハチミツも食べない生き方

  • 著:森映子(もり えいこ)
  • 出版社:株式会社KADOKAWA 角川新書
  • 発行:2023年
  • NDC:498.5
  • ISBN:9784040824178
  • 256ページ
  • モノクロ
  • 登場ニャン物:-
  • 登場動物:鶏、豚
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