安部公房『空中楼閣』『プルートーのわな』

安部公房「水中都市 デンドロカカリヤ」

新潮文庫「水中都市 デンドロカカリヤ」収録。

安部公房の短編9作品が収納されています。そのうち、猫が出てくる2作品をご紹介します。

『空中楼閣』

求む工員
空中楼閣建設事務所

とだけ書かれたビラ。下手な字で安い紙に書き殴ってある。求人広告のはずなのに、事務所の所在地すら書いてない。こんなビラをまともに受け止める人なぞいるはずがない。

・・・のだが、失業中の”ぼく”が「気にならないわけはなかった。」それどころか、日増しに、そのビラを信じる気持ちが強くなり、しかも、それは自分宛てに書かれたもので、いずれ「空中楼閣建設事務所」に就職できるだろうと期待するようになり、さらに、向こうから自分を迎えに来るはずだと信じ始め、・・・

失業保険が切れた日、”ぼく”は、それでも空中楼閣建設事務所に迎えられると信じて、街に出ます。向こうから歩いてきた三毛猫をその使いと思い、猫に”案内”されるままに、電車に乗り、ある駅でおりて、ある立派な家にはいっていって・・・

という、安部公房らしい、不思議な短編。空中楼閣とは何か?失業して、どれほど努力しても職一つ得られず、しだいにヤケになっていく男の、幻覚じみた絶望・・・なんて陳腐な説明はしたくありません。もっと不思議な体験です。救いはない、といえばないのですけれど。かなりカフカ的な世界観です。

『プルートーのわな』

ある倉の二階に住むねずみたちの話。オルフォイスとオイリディケという夫婦がいました。オルフォイスはねずみの世界では絶世の詩人として広く知れわたっていました。自然オルフォイスはねずみたちの教師であり指導者でもありました。その倉の二階で、ねずみたちは平和に暮らしていたのです。

その日までは。・・・

ねずみたちの社会に敵があらわれたとなれば、当然、その敵とは猫です。どんな猫でも、ねずみたちにとっては脅威そのものです。

ねずみのオルフォイスは、セレーネの歌声からねずみたちを救うという偉業では、ギリシア神話のオデュッセウスにも似ていました。そう、あのセイレーンの歌から船員を守ったというオデュッセウスです。でもオデュッセウスは悪知恵でも知られていますが、オルフォイスはそこまでの知恵者ではなかったようです。なんせ彼は、詩人なのですから・・・

安部公房「水中都市 デンドロカカリヤ」

ほかに「猫」という語が登場する短編

『飢えた皮膚』の冒頭付近に、こんな文章が登場します。この一文で、この小説の時代背景が一瞬でわかります。

食物が、しかも一番貧しい食物が、犬や猫の形になって目の前を走って行った。

page 46

これほどの窮乏、犬猫を食べることが現代よりずっと普通であった時代、となれば、敗戦(昭和20年)後から、戦後経済復興(昭和30年代前半)前までの十数年間のいつか、と予測できます。実際、この短編が発表されたのは昭和26年でした。

同じ事は『手』という作品でもあります。こちらの場合は、もっと赤裸々に語られていて、この出だしは秀逸だと思います。

その夜、吹雪が、町じゅうを拭き荒れていた。遠くから、地鳴りのようにふきよせて、電柱や樹や壁に当たると、猫や女や赤子や病人の声をまね、雨でさえ見逃した狭い隙間をようしゃなく吹きとおしては、人々に貧しさを思い知らせた。
(中略) それは、裏に犬の毛皮がついた木綿の外套でふくらみ、粗織の布ですっぽり顔をつつんだ、小さな男だった。

page 36

まずしいのは一人や二人ではなく、人々、おそらく町全体。犬の毛皮の外套。時代背景がぱっと目に浮かびます。この作品も昭和26年発表。

最後に「猫」という単語が出てくるのは『水中都市』の次の一文の中。

「ヴェー」とやつは老いぼれ猫のように鳴いた。するとその裂け目からはねばねばした透明な汁が流れ、ぺろっとむけて、中から灰白色の身が現れた。

page 195

以上、安部公房の短編集の、レビューともいえない、簡単な猫紹介でした。

安部公房「水中都市 デンドロカカリヤ」

※著作権法に配慮し、本の中見の画像にあえてボカシをいれる場合があります。ご了承ください。

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目次(抜粋)

  • デンドロカカリヤ
  • 飢えた皮膚
  • 詩人の生涯
  • 空中楼閣
  • 闖入者
  • ノアの方舟
  • プルートーのわな
  • 水中都市

『空中楼閣』『プルートーのわな』

「水中都市・デンドロカカリヤ」収録

  • 著:安部公房(あべ こうぼう)
  • 出版社:(株)新潮社 新潮文庫
  • 発行:1973年
  • NDC:913.6(日本文学)小説
  • ISBN:9784101121079
  • 268ページ
  • 登場ニャン物:三毛
  • 登場動物:ねずみ
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