井伏鱒二『山椒魚』
不朽の名作『山椒魚』。
新潮文庫の『山椒魚』には、井伏鱒二の短編が12編収められています。以下、動物関連のものをピックアップ。
『山椒魚』
山椒魚は悲しんだ。
彼は彼の棲家(すみか)である岩屋から外に出てみようとしたのであるが、頭が出口につかえて外に出ることができなかったのである。
有名な冒頭ですよね。私はこれはカフカ『変身』やカミュ『異邦人』の冒頭と同じくらいの傑作だと思っています。誰でもこれを読んだ瞬間、否応なく作品に引き込まれ、そして、引き込まれたまま最後まで一気読みせずにはいられない、読み終わった後も最初の一文が頭にこびりついてもう忘れることができない、そんな名文だと思うのです。
少なくとも、私にとってはそうでした。最初に読んだのは、中3の終わりか高1になってすぐか、と、時期こそ覚えていないのですけれど、この文章は中身とともに、強烈に頭にたたきこまれました。そして以来、オオサンショウウオを見るたびに「山椒魚は悲しんだ」なんて口の中でつぶやいてしまう、そのくらい印象深い作品なのです。
作品の中では「山椒魚」としか書かれていませんけれど、私は勝手にオオサンショウウオを想像しています。頭がコロップ(=コルク)の栓みたいに岩屋の出口につかえてしまう山椒魚。トウキョウサンショウウオやハコネサンショウウオのような小さなサンショウウオでは話になりません。オオサンショウウオ、それもかなり大きな成体でなければ面白くありません。
文庫でわずか11ページの短編です。もし未読の方がいらっしゃいましたら、この作品だけでもよい、是非お読みください。純文学としても、また動物を扱かった作品としても、日本文学史の中でも金字塔のひとつだと思います。
『屋根の上のサワン』
「わたし」は沼地のほとりで一羽のガンをみつけます。猟師にひどく翼を撃たれていたその野鳥を家に連れて帰り、苦労して弾を取り出してあげます。ガンは生き延びたばかりでなく、すっかり「わたし」に馴れてくれました。サワンという名前をつけて「わたし」は可愛がりますが・・・
野生動物との付き合い方を考えさせられる短編。しかし最後の「わたし」のあまりに感傷的な結論は、・・・純文学としての構成からそうなったのかもしれませんが、私には違和感しかありませんでした。飛べない鳥の末路の現実はそんな暖かいものではなく、おそらくは・・・
『大空の鷲』
御坂峠(みさかとうげ)に八年前から住む鷲。住民たちからは「クロ」と呼ばれていた。翼を広げれば九尺余(=272cm以上)、ときには山麓の野良犬を狙うことさえあった。
もっぱら人間たちが焦点の短編ですが、鷲が良いアクセントとなってところどころに登場します。
※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。
『山椒魚』
- 著:井伏鱒二(いぶせ ますじ)
- 出版社:株式会社新潮社 新潮文庫
- 発行:1948年
- NDC:913.6(日本文学)小説
- ISBN:9784101034027
- 297ページ
- 登場ニャン物:-
- 登場動物:山椒魚、蝦、蛙、ほか
目次(抜粋)
山椒魚
朽助のいる谷間
岬の風景
へんろう宿
掛持ち
シグレ島叙景
言葉について
寒山拾得
夜ふけと梅の花
女人来訪
屋根の上のサワン
大空の鷲
井伏鱒二 人と文学・・・河盛好蔵
『山椒魚』について・・・亀井勝一郎
年譜