村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』

村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』

村上春樹の成功傑作

村上春樹は高い評価を得ている作家です。なんと50か国語以上で翻訳されて読まれているというからすごいです。

そんな村上春樹の小説の中でも、この『ねじまき鳥クロニクル』を最高傑作と評価する人は多いです。私も、『ノルウェイの森』や『海辺のカフカ』より、こちらの方がより芸術的で優れていると思いました。何回でも読み返せる作品、むしろ何回も読み返すべき作品、何回読んでもその都度新しい発見ができる底知れぬ作品だと思います。

『ノルウェイの森』は私にはつまらなかったけど((;’∀’))、こちらは手放しで絶賛です。さすが村上春樹~『ノルウェイの森』での未消化をきれいに追い散らして余りある満腹感でした。

村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』

 

ストーリー

文庫本にして3冊の長い小説です。内容も、何本もの色の違う糸が複雑に絡み合っているような構造になっています。

以下、あらすじを極々簡単に。

第1部 泥棒かかさぎ編

「僕」こと岡田亨(とおる)は30歳、法律事務所の雑用係的仕事を自主退職して数ヶ月。次の仕事もすぐ見つかると思ったのに、就職できないまま、もう就労の意欲さえなくしぎみだ。妻はクミコ。出版会社勤務。子供はいない。

飼い猫のワタヤ・ノボルが行方不明になった。「僕」は猫を探しに、家の裏の路地をうろつく。この「路地」は、かつてはちゃんと通り抜ける道だったが、いつしか両端ともふさがれて、今は家々の裏手に細長く続く空き地のようになっている。

「僕」の周囲に変な女達がつぎつぎと現れる。電話セックスをせまる無名の女。露地で会った16歳の笠原メイ、バイク事故に遭って以来学校に行っていない。加納マルタ、占い師、「水」を研究している。加納クレタ、マルタの妹で、今は姉の仕事を手伝っているが、以前は借金返済のため娼婦をやっていた。

この加納クレタは数年前に、クミコの兄・綿谷ノボルに汚されたという。猫のワタヤ・ノボルに似た人物だ。綿谷ノボルは経済評論家として本を出し、今はマスコミにもひっぱりだこの有名人だが、「僕」とは初対面から徹底的に馬が合わなかった。

その妻の実家関係で、間宮中尉という老人とも会う。間宮中尉は「僕」に、ノモンハン事件時代におこった恐ろしい事件の話を長々として聞かせるのだった。

「第1部」で「僕」はずっと猫を探していますが、猫そのものは登場しません。

第2部 予言する鳥編

朝起きても、妻のクミコが帰ってきていなかった。妻が失踪してしまった。綿谷ノボルの話では、男ができて出て行ったという。

間宮中尉から長い手紙が届く。読み終えた「僕」は、縄ばしごと水筒と懐中電灯をもって、近所の空き家の涸れ井戸の底に下りた。井戸の底で深く考えるために。

「第2部」には猫は出てきません。文中に「猫」という単語が何回か出てくる程度です。

第3部 鳥刺し男編

猫が1年ぶりに戻ってくる。猫の名前をワタヤ・ノボルからサワラにかえる。

「僕」は赤坂ナツメグ・シナモン母子の援助で、あの井戸付きの空き家を手に入れる。井戸の底に下りて時間を過ごすのが「僕」の日課となった。

間宮中尉からまた手紙が届く。前のと同じく、ノモンハン事件時代の大陸での戦時下体験が綴ってある。間宮中尉の手紙とは別に、それとほぼ同時期に起こった「動物園の猛獣抹殺事件」についても長々と章がさかれるが、どうやら赤坂母子と関係があるらしい。

失踪した妻クミコを探し続ける「僕」は、クミコの兄綿谷ノボルが深く関与していると確信するに至った。綿谷ノボルは今は政治家に当選してますます世間にもてはやされている。「僕」はそんな彼を決して信用することが出来ず、嫌悪感を増大させていく。

村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』

 

感想

先にも書きましたが、これはいくつもの話が複雑にからみあった構成の小説です。主人公岡田亨(僕)が猫や妻を探している話。加納姉妹が語る話。間宮中尉が語る、今から80年以上昔の話。赤塚ナツメグ・シナモン母子の話。16歳の笠原メイの話。もちろん、妻クミコの話もあります。

しかも、何回読んでもその都度新しい発見があるような内容です。

ここはふつうの書評サイトではありません。「猫・動物視線の、猫・動物中心の」書評サイトです。ですからいつも通り猫からはじめます。

小説は、いなくなった飼い猫を探すところから始まります。その時、主人公の「僕=岡田亨」は無職。自分から法律事務の仕事を辞めたあと、次の職も簡単に見つかるだろうと思ったのに、まだ就職できずにいます。そんなときに、妻が可愛がっていた猫が行方不明になった。しっかりと築いてきていたはずの日常がほころび始めたのです。

しかも、遁走した猫の名前はワタヤ・ノボルです。物語の最初の時点ではよくわかりませんが、人間の綿谷ノボルは諸悪の根源みたいな人物なのです。「僕」が綿谷ノボルを嫌っていることは、最初から示されます。綿谷ノボルは「僕をいらだたせ、僕の立っている基盤のようなものを激しく揺さぶ」るような存在(page 149)だったといい、仮面をかぶっているといい、底知れぬ不気味さを感じています。

猫を探しはじめると、変な女から電話がかかってきたり、高校生らしからぬほど世の中をハスに眺めている笠原メイと仲良くなったり、妙な占い師・加納マルタにわけのわからないことを言われたり、その妹と夢の中で交わったりと、平凡だったはずの日常生活がぐらぐらにゆがんでいきます。金銭的な崩落を描く小説は多いですが、これは精神的な大地震のようなものです。彼は幸いにも経済的にはさほど不安はないのです。ただ彼をとりまく空間が、ムンクの有名な画『叫び』のように、おそろしくゆがんでしまうのです。

そうしている間に、間宮中尉の戦争体験が長々と割り込んできて、時間まで飛んでしまいます。そしてさいごには妻のクミコまで失踪してしまうのです。

 

第1部・第2部と行方不明だった猫は第3部でやっとかえってきます。加納マルタは「本当に同じ猫?」と疑問を呈します。「僕」も、そういわれてみれば猫の尻尾は「曲がっていた」としか覚えていなくて、その角度や長さまで厳密に覚えていたわけではないし、なんとなく違う雰囲気があるような気もすると気づきます。が、1年半も行方不明になっていたのだから多少雰囲気が変わったとして当然だろう、これは同じ猫だと信じ続けるのです。

私は、「僕」が猫を信じ続け、さらに名前を「サワラ」にかえる場面を読み、ということは彼は自己統一性(アイデンティティ)をさいごまで保ち続けることができるのだなと予感しました。と同時に、その猫が妻クミコの可愛がっていた猫であったことから、クミコとの関係も予想できました。結果的に、「僕」とクミコの関係はほぼ私の予想通りで、やっぱり猫ってすごい!なんて思ったりして=^_^=

この作品を自己統一性と強く結びつけて読み始めたのは、主人公が井戸におりるシーンからでした。最初に井戸に人が入るのは間宮中尉の話の中でですが、彼は敵兵に放り込まれたのですから、そのときは「井戸」そのものに深い意味は感じなかったのです。が、その後、「僕」が涸れ井戸の底に下りる場面で、ふと気づいたのです。

井戸って、あのイド?フロイトの”Id”のこと?

こういうものって、一度連想してしまうと、そこから抜け出せなくなるんですよね。まして「僕」が井戸の壁を通りぬけるとなれば。

フロイトの「イド(エス)」とは、ごく簡単に言うと、人間の精神のなかでも本能的欲望・要求の部分、「快楽」を原則とする無意識の領域を指します。性欲や攻撃性もここを源泉とします。

また、井戸という構造物の中にヒトが降りるという行動は、物理的には、3次元の世界から2次元、否、ほぼ1次元の世界におりるということになります。これも象徴的ですよね。だんは3次元空間+時間という4次元の世界に住んでいるヒトが、1.5(?)次元空間におりてイドをくまなく調べそこで長時間すごしたりするわけですから。

そんな井戸の底では「時間」という次元も当然ゆがんできてしまいます。次元(時空)のゆがみの中で、「僕」はどう対抗し、どう進んでいくのか。読者は主人公と一緒に異次元体験をするわけです。

まさに村上春樹ワールド。

 

村上春樹はフランツ・カフカに強く影響を受けたそうで、その名も『海辺のカフカ』という作品も書いています。でも私は『『海辺のカフカ』よりこの『ねじまき鳥クロニクル』のほうがよりカフカ的と感じました。カフカの『城』によく似ている。・・・と思って、読み終えてから検索したら、村上春樹自身も「少年時代にカフカの『城』の世界にはまりこんだ」とか言っているそうで、やっぱりねえ!そこんなときはネットやAIの発達に大いに感謝。ネットがなかったら、村上春樹がカフカについてどういっていたか、調べるだけで何日もかかってしまいます。

等々、とりとめのないことばかり書いて、私の『ねじまき鳥クロニクル』書評は終わり。もしここまで読まれた方がいらっしゃいましたら、お疲れ様。こんなものですみません。

 

ネコ科について、追記。

戦時中の満州で動物園の虎を殺した場面がでてきます。かなり詳細な描写で、読むのが辛いです。虎に続けて、豹や狼や熊や象も殺すと文章は示唆します。そして、それらの動物達を殺した日本兵たちも、いずれソビエト兵に殺されるだろうと書いています。私としては、戦争は人間同士の問題、でも動物園に動物を閉じ込めて苦しめて殺害するのは、人間の分を超えた行為、と感じられ、そっちの方が罪深いように思われます。

村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』

 

 

※著作権法に配慮し、本の中見の画像にあえてボカシをいれる場合があります。ご了承ください。

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著者について

村上春樹(むらかみ はるき)

1979年『風の歌を聴け』でデビュー、群像新人文学賞受賞。主著に『ヒツジをめぐる冒険』『ノルウェイの森』『アンダーグラウンド』など。「レイモンド・カーヴァー全集」「さよならバートランド」など訳書も多数。
(著者プロフィールは本著からの抜粋です。)

『ねじまき鳥クロニクル』

第1部 泥棒かささぎ編、第2部 予言する鳥編、第3部 鳥刺し男編

  • 著:村上春樹(むらかみ はるき)
  • 出版社:(株)新潮社 新潮文庫
  • 発行:1997年、1997年、1997年
  • NDC:913.6(日本文学)長編小説
  • ISBN:9784101001418、9784101001425、9784101001432
  • 312ページ、429ページ、600ページ
  • 初出:新潮社、平成6年、6年、7年
  • 登場ニャン物:ワタヤ・ノボル
  • 登場動物:鳥(鳴き声だけ)、、動物園の虎、アヒル
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