村上春樹『羊をめぐる冒険 上・下』
背中に星型の模様がある羊?
タイトルは『羊をめぐる冒険』だし、本文中にも「羊」は頻繁に出てくるが、ではこれはヒツジの本かといえば、どこをどう読んでも「ヒツジの本」ではない。
また、猫も出てくる。しかしあまりにチョイ役の脇役すぎて、「猫の本」とも言えない。
なので、書評をアップしようかどうか迷ったけど、一応、動物タイトルの本だし、ちょろりとはいえ猫も出てくるので、書くことにした。
「羊をめぐる冒険」は、「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」から続く三部作。
この本に出てくる「羊」とは、生物学的なヒツジではなく、実在するのかどうかも分からない、あるスピリチュアルな存在、あるいは象徴、あるいは精神状態、あるいは神または悪魔と言って良いかもしれない、なんだかわからないけど、とにかく、普通に肉体をもった羊ではない。特別な「羊」なのである。
その羊は、星型の斑紋を背中に持ち、1枚だけだが、写真にも写った。だから、確かに存在している・・・らしい・・・のだが。
いったいどこにいるのか?
どんな羊なのか?
羊探しの冒険は成功するのか?
「僕」は離婚し、しかし、
何かが変わったとはまるで思えなかったし、実際のところ、何ひとつ変わってはいなかったのだ。
僕は朝七時に起きてコーヒーを淹れ、トーストを焼き、仕事に出かけ、外で夕食を取り、二杯か三杯酒を飲み、家に帰って一時間ばかりベッドの中で本を読み、電灯を消して眠った。
そんな凡庸で平坦で、時間だけがのたり、のたりと過ぎていくような日々を送っていた。
仕事は、友人と共同で始めた事務所だった。最初は翻訳事務所、最近は広告コピー等にも手を広げている。新しいガールフレンドは「耳のモデル」だった。彼女は完璧な美しい耳を持っていた。またその耳には特別な能力もあるらしかった。しかし耳のモデルだけでは暮らしていけなかったので、他の職業も兼業していた。
そんなある日、不気味な男が訪ねて来た。「僕」は以前、友人が撮った写真を広告に使った。それは何の変哲もない、のどかな牧場風景だった。ところが男は、その中のある一頭の羊を指して、この羊を探してくれという。否、探してくれなんて生易しい依頼ではない。有無を言わせぬ脅迫である。その羊を期限内に探し出さなければ事務所はつぶされ「僕」はこの業界では(そして多分他の業界でも)生きていけなくなるという。
「僕」は、耳の美しいガールフレンドと一緒に、羊を探す冒険に出かける。ゴミゴミした都会から、北海道の大荒原へと、舞台は急転回する。・・・
ふわふわと、どこかつかみどころが無く、妙に現実的な部分と、どこまでも幻想的な場面が、かわるがわる現れる。美しいようで生々しく、でもやはりおとぎ話な、独特な雰囲気だ。さらっと一気に読んでしまえそうで、しかし、喉の奥に後味がしつこく残る、そんな本だ。
そして、多分、読むたびに違う感想をもち、あるいは読む年齢によって異なる読後感を持つ本だとも思う。深読みしようと思えばいかようにも読み取れる。ごくごく個人的な内面に狭く読むこともできるし、人との出会いや別れ・友情など身近な出来事の象徴として読むこともできるし、現代社会問題の本質をえぐろうとしているのだと巨視的に解読することもできそうだ。
はまる人ははまると思う。特に若い人は。けれども、肌の合わない人には絶対に理解できない本だろうとも思う。
・・・昔、フランツ・カフカに傾倒した(いえ、今も大好きです)私のような人間には、すごく面白かった。カフカの『城』を愛読できる人であれば、この『羊をめぐる冒険』も色々な解釈を楽しめるんじゃないかと思う。
でも、アマゾンとかのレビューを読んでみたが、そこまで突っ込んで書いてあるものって皆無なんですよね。私が深読みしすぎているのかもしれないけど。まあそもそも、ネット書店の読者レビューに真摯な論文を求める方が無理ってもの、本気な分析を求めるなら印刷された本か、せめて高尚な個人サイトを巡るべきだとは分かっているが・・・
など、ごちゃごちゃ言い訳を言いつつ。
私もこんな簡単で表面的なレビューで済まそうとしている。
だってね。本気で書くとなると、長くなりすぎるし、ネタバレのバレバレになるし。
というわけで(汗)。
猫本サイトとしては、登場ニャン物のご紹介で締めくくりたい。
しかし猫は決して可愛くなかった。というよりも、どちらかといえば、その対極に位置していた。毛はすりきれたじゅうたんみたいにぱさぱさして、尻尾の先は六十度の角度にまがり、歯は黄色く、右目は三年前に怪我したまま膿がとまらず、今では殆んど視力を失いかけていた。
(中略)
おまけに彼は名前さえなかった。
ちょっとちょっと、飼い主の「僕」さん、もっと可愛がってあげてくださいよ!
この猫は、「僕」が羊をさがす冒険に出る間、他の人に預けられる。そこでやっと「いわし」という名前をもらう。幸いそこではちゃんと世話をされたらしい。丸々と太ったらしい。
(2012.3.18)
※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。
『羊をめぐる冒険 上・下』
- 著:村上春樹(むらかみ はるき)
- 出版社:講談社文庫
- 発行:2011年
- NDC:913.6(日本文学)小説
- ISBN:(上)4062749122 9784062749121;(下)ISBN : 4062749130 9784062749138
- 268ページ、257ページ
- 登場ニャン物:いわし
- 登場動物:羊