スザンヌ・シマード『マザーツリー』

スザンヌ・シマード『マザーツリー』

副題:~森に隠された「知性」をめぐる冒険~。

世界中で、森林利用といえば、皆伐して出来た空き地に、一種類の木を植樹、他の木は積極的に排除、ということが行われてきた。日本の山が杉や檜の単層林におおわれているのはご存じの通り。そしてまた、その単層林が、単層林(=一種類の同年齢の樹種)であるが故に様々な問題を起こしていることもご存じの通り。

カナダでも大規模な皆伐と、大規模な植樹が行われていた。政府指導によって。

著者の家は、何世代にもわたって、森の木を切って生きていた家系だった。著者が森の木にかかわる仕事についたのは自然な流れだった。

最初に入ったのは木材会社のアルバイトとして。そこで行われていることに、まだ20歳だった著者はたちまち疑問を抱く。山を丸裸にして、市場価値のあるただ一種の苗木をいっせいに植えていく。どの苗木も元気がない。豊かな森には育ってこない。著者が記憶している限り、昔祖父が森の木を切り倒しても森はたちまち回復し、豊かな生命にあふれ続けていたのに。

どうして木が育たないんだろう?何が悪いんだろう?

スザンヌ・シマード『マザーツリー』

ところで、著者には幼いころ、特殊なクセがあった。腐植土を食べるというクセだ。土壌が豊かであれば有る程、味も甘かった。

そんな著者だからこそ気づけたのだろう。木の根っこ、土の中にひそむ”菌根菌”の重要さに。

著者は実験をくりかえし、木々が菌根菌を通して水分も栄養素も情報も交換しあっていることを発見していく。

ところが、当時の林業の世界はまだ男社会だった。木材会社が彼女を雇ったのも、いわば世間体の為、お飾りのようなもの。誰も彼女の話を聞くどころか、嘲笑するばかりだった。

内気な彼女は、何度もくじけそうになりながらも、転職を繰り返して、大好きな森のために研究を続ける。体力的にも大変だ。山の急な斜面を登り、グリズリーに怯え、夜中まで論文を書く。その間に結婚と出産と離婚を経験し、癌にもおかされた。決して平らな道ではなかった。

しかし、彼女は正しかった!

森の木どうしは緊密に繋がっている。インターネットのように。ワールド・ワイド・ウェブならぬ、ウッド・ワイド・ウェブだ。

スザンヌ・シマード『マザーツリー』

それは彼女の予想すらはるかにこえる、緻密なネットワークだった。同種の樹種どうしだけでない。異種の木も助け合っている。隣の木に水が足りなければ水を送り、炭素がたりなければ炭素も送る。送り手と受取り手は状況に応じて役割りを交換する。どちらか一方だけの木の搾取ではないのだ。

しかも、木は、自分の子どもを認識していた!

同じ樹種であっても、自分の種から育った苗木と、そうでない苗木をちゃんと区別し、自分の子どもは他より手厚く保護していたのだ。母なる木、まさにマザーツリーだ。そしてそのマザーツリーが枯れるときは、さらに一層の援助を周囲に惜しみなく送っていることまでわかった。自分の死期を悟って、周辺の木を助け森林環境を良くすることに全力を尽くすようになるのだ。

著者の研究は、徐々に世界に認められるようになる。むしろカナダ国内より、外国からの反響が大きかった。著者のまわりにも、木たちのように、研究者のネットワークが築かれていった。

世界の、木や森の認識が、根っこから変って来たのだった。それはある意味、大地を揺るがす大変動ともいえた。

スザンヌ・シマード『マザーツリー』

感想

本文だけで530ページ以上もある、分厚い本です。私はもっと学術的というか、専門的な本かと思って、堅苦しい大書を読む心づもりで読み始めたのですが、すぐに間違いに気づきました。これは科学書というより、自叙伝的でエッセイ風な森の話?とにかく読みやすいのです。話の進め方がうまく、樹木に関してはとんと素人の私でもすんなり頭に入ってきます。翻訳も上手で、こういうちょっと専門的な本の訳書に多い、日本語としてはつっかかるような、あるいは原文の英語が透けて見えるような直訳的な文章などは、どこにも出てきません。すらすらっと読めちゃいます。このスザンヌ・シマードという著者、森林学者にならなければ作家になれたんじゃないのってくらいに面白く読めました。

と、文章は平易なのですが、書いてある内容は、これこそ日本の林野庁含む農林水産省の役人たち全員、さらに林業界の産業人全員に読んで欲しい本でした!こういう視点こそ、これからの「森」のために、絶対に必要な視点なのだと思わせる内容でした。

私が住んでいるすぐ横の谷川が、台風や大雨で何回も土石流でショベルカー出動の騒ぎとなっています。原因は明白。十数年前、標高差200メートルほど登った山の斜面一面を皆伐、杉だか檜だかを植林したからです。そのため山肌が広範囲にわたって露出、子供が見たって危ないとわかる状況。案の定、二基の堰堤も役に立たず、大雨が降れば麓の道路まで土砂が流れ落ちて交通を妨げます。あの植林地を見たとき、私でさえ驚きました。今どきあんな無謀な植林なんてするんだ?谷一つ隔てた横だからよかったものの、もし私が暮らす集落の真上であんな植林が行われたら、すぐ引っ越さないといずれ必ず命と全財産に関わる大災害に巻きこまれることになるでしょう。

↑うちの裏山の皆伐+植林地。文字通り、禿山化。その結果、

↑大雨のたびに水害が。本来の川は下段、上段は林道だが川のようになっている。

昔の日本人は、古木・巨木を神木として大事に残したものでした。切る木は、選びぬいたものだけを倒しました。大小樹種無関係に全部切りはらって山を丸裸にするなんて皆伐はしませんでした。ようやく最近になって、・・・ごく最近になって、戦後に行われた林業政策が大失敗だったことが認知されるようになったようですけれど・・・。

この本を読めば、皆伐して特定樹種だけを植林することが、いかに非合理的で不健全かがわかります。森の生態系は、人間が考えているより、はるかに、はるかに、複雑なのです。木々はお互いに連絡を取り合い、協力しあっているのです。さらにその木につく菌類や、下に生える草たちや、そこ棲む動物たちや鳥たちも全員。皆が健康にそろって初めて豊かな森が形成されるのです。杉だけをズラーっと並べて植樹すれば競合相手もいなくて立派に育つだろうなんて、そんな単純な話ではないのです。

上にも書きました通り、ひじょうに読みやすい文章ですから、ぜひ読んでみてください。木や植物に対する考え方が変ると思います。とくに、まだ頭の柔らかい世代の方々。これからの地球を担うのはあなた方です。森林は地球の肺、肺機能が弱まれば人類は簡単に滅亡するでしょう。偉大なる古代文明がどこも、周辺地域の森林衰退と同時に滅亡したと同じように、このままではそれが地球全体の規模で起こってしまいます。地球を守るには木々を理解し、自然のしくみの複雑さを理解することが大事。ぜひお読みください。

スザンヌ・シマード『マザーツリー』
スザンヌ・シマード『マザーツリー』

※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。

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目次(抜粋)

  • はじめに―――母なる木とのつながり
  • 1・森のなかの幽霊
  • 2・人力で木を伐る
  • 3・日照り
  • 4・木の上で
  • 5・土を殺す
  • 6・ハンノキの湿原
  • 7・喧嘩
  • 8・放射能
  • 9・お互いさま
  • 10・石に絵を描く
  • 11・ミス・シラカバ
  • 12・片道9時間
  • 13・コア・サンプリング
  • 14・誕生日
  • 15・バトンを渡す
  • おわりに―――森よ永遠なれ!
  • 謝辞
  • 訳者あとがき
  • 参考文献
  • 索引

著者について

スザンヌ・シマード Suzanne Simard

カナダの森林生態学者。ブリティッシュコロンビア大学森林学部教授。

マザーツリー・プロジェクト https://mothertreeproject.org/
(著者プロフィールは本著からの抜粋です。)

『マザーツリー』

~森に隠された「知性」をめぐる冒険~

  • 著:スザンヌ・シマード Suzanne Simard
  • 訳:三木直子(みき なおこ)
  • 出版社:ダイヤモンド・グラフィック社
  • 発行:2023年
  • NDC:654 森林保護
  • ISBN:9784478107003
  • 573ページ
  • モノクロ写真、口絵
  • 原書:”Finding The Mother Tree:Uncovering the Wisdom and Intelligence of the Forest” c2021
  • 登場ニャン物:-
  • 登場動物:-
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