養老孟子『猫も老人も、役立たずでけっこう』

養老孟子『猫も老人も、役立たずでけっこう』

養老孟子『猫も老人も、役立たずでけっこう』

内容

『バカの壁』等のベストセラーで知られる養老先生の、お気楽エッセイ。解剖学者として無数の死体と関わっていらした先生らしい、「死」をも超越された(?)80歳の先生のお言葉は、呑気に聞こえて実はとても含蓄に富むもの。愛猫まるちゃんを横目に、人の生き方について、この世のありかたについて、やさしい言葉で語ります。

養老孟子『猫も老人も、役立たずでけっこう』

感想

この本を開いた最初の見出し口絵で、正直、アリャと思っちゃいました。

どすこい座り
まるが来てからというもの、しぐさを見ているだけで、やる気が失せる。
この常態になったらダメ。 少しは歩けお前。

いやいや、スコですよ、まるちゃんは。悪名高きスコティッシュ・フォールド。骨軟骨異形成症(注)を、人間どものせいで無理矢理、背負わされている猫。つまり、病気猫。

そんなことはもちろん養老先生も御存知で、「関節が痛ぇ」の章で書いていらっしゃいます。

まるは今年で十五歳。スコティッシュフォールドという種類で(中略)腰を抜かしたような独特の座り方をするんですが、それを世間では「スコ座り」って言うらしい。うちでは通報「どすこい座り」。力士が床に尻をぺたっとつけたみたいでしょう。

腰や股関節が形成不全のためにこんな座り方になる。人間で言うと「先天性股関節脱臼」。まあ、一種の病気なんですね。

まるなんて、レントゲンでみたらひどいもんです。足の関節あちこちが石灰化しちゃって、かわいそうですよ。血管の中膜の部分にカルシウムが沈着して、血管が硬くなっている。もし本人が口をきけたら、「関節が痛ぇ」って言っていると思います。

今は私も比較的元気ですけど、連日おかしな感じはある。歳をとるとそういうものなんです。だいたいブツブツ言っているでしょう、年寄りって。
page40-41

わかってらっしゃるはずなのに、文章の調子は軽く、まるちゃんの病気をそれほど深刻にとらえている様子は感じられません。まるちゃんの病気と、人の年寄り病との決定的な違いは、人は自然に老いて自然に不具合が増えるのに対し、スコティッシュ・フォールドは人間が意図をもってワザと病気にさせた猫だってことなんです。なのに、病気を固定して金儲け手段に使うブリーディング業なるものへの批判とか、そういうトーンはまったくないんですよね。これには正直、ガッカリしました。レントゲンをみたのなら、解剖学者なら、こんな病気猫に「スコティッシュ・フォールド」なんて能天気な名前をつけて能天気に売りまくっているペット業界にたいする苦言のひとつやふたつ、百や千、一万語くらい、言ってくれたらよいのに。スコティッシュ・フォールドのようなかわいそうな猫は買うな、もしすでに飼っているのなら後生大事にお世話しろよ、くらい言ってくれたらよいのに。

全体に、この先生、あまり生物界のことは考えてくださっていないようで。虫取りを勧めている章なんかもそうですね。厳しい自然界で必死に生きている虫たちを、ただの娯楽のために捕まえて標本にして楽しみましょうなんて、よくぞ言えたもんだ、と、先生のファンな私ではありますが、この点だけはどうしても受け入れられません。

と、苦言をぞろぞろと並べてしまいましたが、それはここまで。全体としては、すばらしいエッセイだと思います。

養老孟子『猫も老人も、役立たずでけっこう』

こういう内容の本って、若い人が書いても全然説得力がないんですよね。重みがないといいますか。その点、養老先生なら申し分なし!ドッカーンと重い言葉を、さらりと何気なく書いていらして、それがストンとこちらの心に落ちてくる。しかも後味良し。流石です。凡人にはとても真似はできません。

とくに同意しちゃったのが、少子化についての章「東京は消滅する?」。

先生はまず、東京・京都・大阪・広島のような大都市は、年齢別の人口比を見ると、「二十年ほど前の鳥取に近い」と指摘されます。経済関係の人は少子化は景気が悪いせいだという。先生の意見は違います。

子どもが増えないのは、根本的には都市化と関連しているからだと、私は思います。都市は意識の世界であり、意識は不確定要素の多い自然を嫌います。つまり人工的な世界は、まさに不自然な世界なんですよ。ところが子どもは自然でしょう。思うようにならない。予定通りにいかない。設計図もない。欠陥品だからといって取り替えるわけにもいかない。そういう存在を「意識」は嫌うんですよ。
page107

これ、すごくあると思いますね。どんな子がでてくるかわからない。どんな苦労をさせられるかわからない。それでも昔の人が子を産んだのは、ひとつには、自分の老後のためもあるでしょう。子どもは多ければ多いほど、自分の老後も安泰になる。嫌な考え方ですが、事実でもありました。

が、現代では、年金もあるし、いよいよとなれば生活保護なんて救いもある。子どものような不確定要素に頼らなくても老後はなんとかなる。子どもなんて、手はかかるし、お金もかかるし、自分の時間もとられるし、育てるだけ損だ。と、若い人達が考えたとしても全然不思議ではない世の中になりました。

まあ、私は別に少子化でいいじゃないかと考える人間ですけれどね。私自身産まない選択をした女ですし。理由は、私にすれば、いうまでもないでしょう。このまま世界人口が増え続けたら地球はやっていけなくなる!それも、相当に近い将来の話です。人類は、脱炭素だの、持続可能な社会だのと、いろいろやってますが、そんな小手先より、世界人口が減るのが一番手っ取り早い。産業革命前までは10億人もいなかったんです。それが最近の急上昇ぶりったらどうですか?グラフにすれば、指数関数的どころか、まさに垂直な壁じゃないですか。なのに日本の爺さん政治家たちは、産めよ増やせよ少子化防げの大合唱、人口増加を危惧する声なんてどこを探したってありゃしない。日本の人口は江戸時代まで3千万人だったんですよ。そのくらいが妥当だと、私は本気で思ってるんですよ。子どもなんか産めるはずないじゃないですか。

話が脱線しました。

この本は、読んでいるうちに肩の力がふっと抜けていく、そんな本です。どうぞお読みください。

(注)【骨軟骨異形成症】遺伝性の病気。骨や軟骨にコブ状の「骨瘤」ができ、年齢とともにそれが大きくなって、関節が硬く固定されたようになり、強い痛みがでます。スコティッシュ・フォールドは「大人しい」といわれますが、大人しいのではなく、痛くて動けないだけです。あの独特なスコ座りも、痛くてまともに座れないから体を投げ出しているのです。動物愛護先進国では、スコティッシュ・フォールドの繁殖・販売はもちろん、写真をSNS等に掲載することさえ禁止する国が出てきました。そのくらい可愛そうな猫種だということです。そんなスコティッシュ・フォールドが日本では何年も人気猫種上位にいます。嘆かわしい限りですね。

養老孟子『猫も老人も、役立たずでけっこう』

※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。

著者について

養老孟子(ようろう たけし)

著書に『唯脳論』『バカの壁』『死の壁』『遺言。』『半分生きて、半分死んでいる』など多数。愛猫まるについての本は『うちのまる』『そこのまる』『まる文庫』、『ねこバカ いぬバカ』(共著)など。
(著者プロフィールは本著からの抜粋です。)

『猫も老人も、役立たずでけっこう』

NHKネコメンタリー 猫も、杓子も

  • 著:養老孟子(ようろう たけし)
  • 出版社:株式会社 河出書房新社
  • 発行:2018年
  • NDC:914.6(日本文学)随筆、エッセイ
  • ISBN:9784309027470
  • 188ページ
  • 口絵
  • 登場ニャン物:まる、チロ
  • 登場動物:ももちゃん(さる)

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