梶井基次郎『交尾』
「檸檬」収録の短編。
全部でわずか文庫本13ページの短編、それがさらに「その一」「その二」に分かれていて、猫が出てくるのは「その一」の方、7ページ分である。
主人公は、半ば朽ちかけた物干し場に立っている。ここは貧しい街。音もしないで何匹も蝙蝠(こうもり)が飛んでいる。魚屋の咳が聞こえてくる。その乾いた力のない咳は、その男が肺病であることを示唆しているが、男は病院へ行こうとはしない。
梶井基次郎も肺病やみである。あの男の咳と、自分の咳は、同じように聞こえるのだろうと憂鬱に思う。
この街は貧しいので犬はいない、犬を飼う余裕がないから。そのかわりに、猫が多くいる。
白い猫が2匹、じゃれあっている。基次郎はじっとその様子を眺める。
・・・とまあ、それだけの短編だが、妙な緊迫感と、靄のようなけだるさが同居している、不思議な世界。基次郎でなければ書けない短篇。猫の描写が艶めかしい。
「その二」の方は、河鹿(カジカガエル)の話題だ。
(2006.2.1)
※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。
『交尾』
「檸檬(れもん)」収録
- 著:梶井基次郎(かじい もとじろう)
- 出版社:集英社 秀英文庫
- 発行:1991年
- NDC:913.6(日本文学)短篇小説集
- ISBN:4087520137 9784087520132
- 247ページ
- 登場ニャン物:白猫
- 登場動物:河鹿(カジカガエル)、セキエイ、コウモリ
目次(抜粋)
- 檸檬
- 城のある町にて
- ある心の風景
- Kの昇天
- 冬の日
- 蒼穹
- 筧の話
- 器楽的幻覚
- 冬の蠅
- 桜の樹の下には
- 愛撫
- 闇の絵巻
- 交尾
- 語注—小田切進
- 解説―感覚の力、精神のドラマ—鈴木貞美
- 鑑賞―青年から壮年への断層—呉智英
- 年譜—鈴木貞美