神林長平『敵は海賊・不敵な休暇』

『敵は海賊』シリーズ4作目。
なんとあのチーフ・バスターが、休暇を取ると言い出した!
チーフ・バスターとは、海賊課のチーフ、ラテルやアプロたちの直属の上司である。
それも相当な長期休暇だ。88日間も休むというのだから。
チーフの休暇先は、超高級リゾートのバンデンバース。観光地と言うより、一種の独立国家と言ってよい土地で、おそろしく厳しい資格検査と絶対の秘密主義で守られている。どこでもフリーパスなはずの海賊課刑事でさえいれてもらえない。まして海賊なんかいるはずないから、チーフ・バスターはゆったりと休暇を楽しめる・・・はず?
休暇中のチーフ代行として、こともあろうに、ラテル・アプロ・ラジェンドラの3名、否、1名と1匹と1艦が任命されちまった!
こんな休暇、無事に済むワケがない!!
この1冊は、シリーズの中では一番哲学的だと思う。人間の自己意識というか、存在意義そのものにかかわってくるからだ。
いにしえの賢人は「我思う、故に我有り」と言った(デカルト、1596‐1650)。真理である。
が、我々人間は「我」ひとりだけで生きられる存在ではない。
人が己を認めるためには、他者から認められる必要があるのだ。他者あってこその自己なのだ。誰一人、自分を認識しない(できない)と分かったとき、その人物は存在しなくなる。物理的に存在していても、人間としては存在しなくなる。不在というよりは非在である。
もし非在者が、非在のまま、他者を支配しようとしたら?
この本では、アプロが実に良い。本領発揮といったところだ。アプロという黒猫型異星人は、どこまでも猫で、しかし絶対に猫ではありえず、めちゃくちゃ可愛くて、底知れぬほど恐ろしい。
アプロはどうもうちの猫、ハナを連想させる。
今のハナはごく普通の猫で、とてもアプロにはかなわないけれど、でももしハナがアプロと同じ年齢まで生きたら・・・アプロの年齢はこの巻ではまだ明らかにされていない・・・きっとこんな猫に成長するんじゃないか、という気がする。
どうしようもなく悪くて、計り知れない力を持ち、それでいて誰も憎めないほどかわいらしく、無邪気。
シリーズの中で、私の一番のお気に入りの一冊である。(最も可笑しいのは第2弾の『猫たちの饗宴』だけど。)
(2007.8.7.)

神林長平『敵は海賊・不敵な休暇』
****「敵は海賊」シリーズ ****
アプロ=黒猫型異星人で広域宇宙警察・太陽圏・火星ダイモス基地所属・対宇宙海賊課・1級刑事。食いしん坊で、脳天気で、身勝手で、非常識で、性格も見た目もまさに猫。が、実は案外優秀な刑事でもある。
ラウル・ラテル・サトル=同じく1級刑事でアプロの相棒。
ラジェンドラ=対コンピュータ戦闘用高機動宇宙フリゲート鑑。AAA級人工知能を有す。アプロとラテルの愛艦。
ヨウメイ(匋冥)・シャローム・ツザッキィ(ヨーム・ツザキ)=太陽圏の裏側を支配している幻の大海賊。表の顔は裕福な経済人。この「ヨウメイ」って、『荘子外編』に出てくる言葉「至道之精 窈窈冥冥(至道の精髄は窈窈冥冥ようようめいめい、つまり、奥深くて極めがたい)」からきているのかな?
カーリー・ドゥルガー=超A級宇宙空母でヨウメイの愛艦。その戦闘能力は太陽圏随一で、ラジェンドラもまともに戦ったらかなわない。
クラーラ=白い猫型の有機ロボット(本物の猫?)。ヨウメイの「純粋な良心」の具現化という説も。めったに出てこない。
「敵は海賊シリーズ」普遍のテーマ=「自由」および「支配」。
※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。
『敵は海賊・不敵な休暇』
敵は海賊シリーズ
- 著:神林長平(かんばやし ちょうへい)
- 出版社:早川書房ハヤカワ文庫
- 発行:1993年
- NDC:913.6(日本文学)SF小説
- ISBN:4150303940 9784150303945
- 441ページ
- 登場ニャン物:アプロ(黒猫型異星人)
- 登場動物:-