神林長平『敵は海賊・海賊の敵』

神林長平『敵は海賊・海賊の敵』

 

『敵は海賊』シリーズ8作目。

今回は、ラジェンドラが語る形となっている。

ラジェンドラは、広域宇宙警察・海賊課に所属する宇宙フリゲート艦にして、超々高性能なコンピューターである。
機械といえば機械だけど、すぐれた対人知性体が組み込まれていて、しかもそれは、同僚の一級刑事たち、ラテルとアプロのおかげで、日に日に向上している。
だから、コンピュータでありながら、人間の考えていることも、感じていることも、その行動の予測さえ、人間以上に的確に判断できる。
ま・・・相手が人間であれば。
たとえばラテルのような単純な人間なら、考えていることなど100%分かっちゃうのだ。
ただねえ。アプロはねえ?
なんたってアプロは猫だもんね。それも超絶悪魔的な猫。
アプロの考えていることなんて、さすがのラジェンドラにだって、分かるもんかい!

と、まあ、それはさておき。

海賊・匋冥は、いやな事実を知った。
なんと、自分も知らぬ間に、「匋冥教」なるものができたらしい。
そして、その信徒のひとり、ランサス・フィラール人のポワナ・メートフなる男が、単身はるばる、火星はサベイジまでやってきたのだ。
ポワナは、無知でウブな若造にすぎなかったが、匋冥は面白くない。

「(前略)おれが、神だと?おれは海賊王といわれたことはあるが、神になったのは初めてだ。だれがそんなことを言っている」
「あんたが――匋冥だって?」
「そうだ」
「嘘だ」とポワナは首を左右にゆっくりと振りながら言った。「神が人であるわけがない。だから、あんたが匋冥であるはずがない」
(中略)
「そうとも、おれは神なんかじゃない」と、海賊だという男は、無表情に答えた。「サベイジには神はいないよ。だから、おれはおまえの知っている匋冥ではない。ということは、おれを騙る神がいるということだ。あるいは、匋冥という海賊神を崇めている集団がいるわけだ。(後略)」
page63

匋冥は、匋冥教を抹殺することにした。要するに、匋冥教に関するものはすべて破壊、信者も全員殺してしまえ。なぜなら、匋冥教なんて、存在自体が匋冥には許せなかったから。

ポワナを海賊船カーリー・ドゥルガーに同乗させて、フィラール星に向かう。
フィラール人で海賊仲間のラック・ジュビリーも一緒に。

一方で。

アプロ・ラテル・ラジェンドラのチームに、指令がくだった。
行方不明人の捜索。
依頼人は、サフラン・メートフ。
フィラール人で、聖剣シェーフェンバルドゥを扱う”シューフェラン”でもある。
捜索するのは、サフランの弟。”聖なるシューフェラン”には、その存在すら認められていない、双子の弟、しかも邪教に入信している?
そう、あの、ポワナ・メートフである。

かくて。

ラジェンドラに乗ったアプロ・ラテルとサフランの海賊課チーム、および、カーリー・ドゥルガーに乗った匋冥とポワナとジュビリーたち海賊が、フィラール星に集合することになる。
それは、神と人(と猫)との争いでもあった。。。

神林長平『敵は海賊・海賊の敵』

神林長平『敵は海賊・海賊の敵』

『敵は海賊シリーズ』は、SFアクションコメディ?とでもいうべき、乱闘あり、笑いあり、ドタバタありの、ライトノベルなのですが。
この『海賊の敵』は、過去の作品と、ちょっと違います。

語り手が、コンピューターのラジェンドラ、というだけでなく。

内容が、かなり哲学的なのです。まるで禅問答のような会話が多くを占めています。
肉体的ドンパチより、精神世界における剣闘試合を見ているような。

評価もわかれると思います。
評価、というより、好き好み。

気楽に読み飛ばせる娯楽小説を期待していた人には、「小難しすぎる」と感じられるかもしれません。
戦闘シーンはほとんどありません。
海賊だ、海賊課だ、国家だなんだと役者はそろっていますが、実際に撃ち合うのは、最後の一瞬だけといってよいくらい。
そこへ至るまでのストーリーが、じっくりなのです。

もちろん、コミカルな描写も多々あります。
アプロが出てくると、まさに「主役登場」。
アプロがいるだけで、ここまでコミカルオーラがあふれ出るなんて、猫でなければできない芸当でしょう。

また、ラテルに婚約者??ができちゃったり?
あの匋冥が畑仕事していたり(!)
ラジェンドラvsカーリー・ドゥルガーという、超高性能コンピューター同士の頭脳戦も、あいからわず冴えわたっていますし。

にもかかわらず。

海賊・匋冥と、その周囲との会話は、海賊らしからぬ哲学にあふれています。
よく味わえば、おそろしく深淵なことを言っていたりする。
その一方で、あきれるほどの軽さ。とくにアプロが出てくると、漫才そのもの。
この深さと浅さのギャップこそが、作品の最大の魅力といえるのかもしれません。

私には、そりゃもう楽しい作品でした。
このシリーズで、一番可笑しかったのは、2作目『猫たちの饗宴』ですが、一番興味深く読めたのが、この『海賊の敵』となりました。

そもそも、海賊の名前が”匋冥”。最初のころは”ヨウメイ”と片かな表記が多かったんですよね。
今回は常に”匋冥”と漢字表記ですけれど、この”ようめい”という音・・・私はずっと、荘子の”窈窈冥冥”のからきていると思っているのです(下の人物紹介欄参照)。
だって、対立する存在としての刑事の名前が”サトル”なのですから。
“悟る”?
(全然悟っているようには見えない男ではありますが。・・・それともまあ、あそこまで単純だと、ある意味、下手な僧より悟っているといえる?)
神林氏の文章の書き方とかもですね、そういう、精神世界をよくのぞき込んでいる人物の文章としか思えないのです。

そして。
“人”の代表格のようなラウル・ラテル・サトルよりも。
“人”を超越した存在のような海賊・匋冥よりも。
“人”をはるかに凌駕する知性と能力のラジェンドラたちコンピュータよりも。
それらすべての上に立つ(寝る?)存在、絶対的存在が、アプロなんですよね。
はい。猫。
黒猫型異星人の、アプロ。
彼こそが、最強。

いいなあ、この構図!!
この構図だけは、全シリーズ、首尾一貫、崩れません。

アプロ、最っ高っす!!

*ところでこの作品は、先に出版された『敵は海賊・短篇版』の中の一話の後篇ともいうべき作品ですが、それぞれ独立した話になっているので、先に短篇を読んでおく必要はありません。

****「敵は海賊」シリーズ ****

アプロ=黒猫型異星人で広域宇宙警察・太陽圏・火星ダイモス基地所属・対宇宙海賊課・1級刑事。食いしん坊で、脳天気で、身勝手で、非常識で、性格も見た目もまさに猫。が、実は案外優秀な刑事でもある。

ラウル・ラテル・サトル=同じく1級刑事でアプロの相棒。

ラジェンドラ=対コンピュータ戦闘用高機動宇宙フリゲート鑑。AAA級人工知能を有す。アプロとラテルの愛艦。

ヨウメイ(匋冥)・シャローム・ツザッキィ(ヨーム・ツザキ)=太陽圏の裏側を支配している幻の大海賊。表の顔は裕福な経済人。この「ヨウメイ」って、『荘子外編』に出てくる言葉「至道之精 窈窈冥冥(至道の精髄は窈窈冥冥ようようめいめい、つまり、奥深くて極めがたい)」からきているのかな?

カーリー・ドゥルガー=超A級宇宙空母でヨウメイの愛艦。その戦闘能力は太陽圏随一で、ラジェンドラもまともに戦ったらかなわない。

クラーラ=白い猫型の有機ロボット(本物の猫?)。ヨウメイの「純粋な良心」の具現化という説も。めったに出てこない。

「敵は海賊シリーズ」普遍のテーマ=「自由」および「支配」。

まとめ:「敵は海賊」シリーズ

 

※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。

 

『敵は海賊・海賊の敵』
敵は海賊シリーズ

  • 著:神林長平(かんばやし ちょうへい)
  • 出版社:早川書房ハヤカワ文庫
  • 発行:2013年
  • NDC:913.6(日本文学)SF小説
  • ISBN:9784150310936
  • 307ページ
  • 登場ニャン物:アプロ(黒猫型異星人)
  • 登場動物:-

 

著者について

神林長平(かんばやし ちょうへい)

新潟県生まれ。1979年、第5回ハヤカワ・SFコンテスト佳作入選作「狐と踊れ」で作家デビュー。第1長編『あなたの魂に安らぎあれ』以来、独自の世界観をもとに「言葉」「機械」などのテーマを重層的に絡みあわせた作品を多数発表、SFファンの圧倒的な支持を受けている。『敵は海賊・海賊版』、『グッドラック 戦闘妖精・雪風』などの長短編で、星雲賞を数多く受賞(以上、早川書房刊)。1995年、『言壷』で第16回日本SF大賞を受賞した。

まとめ:「敵は海賊」シリーズ

(著者プロフィールは本著からの抜粋です。)


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書評:神林長平『敵は海賊・海賊の敵』

7.8

猫度

6.5/10

面白さ

9.0/10

猫好きさんへお勧め度

8.0/10

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