谷口ジロー『サンドヒル・スタッグ』
シートン 旅するナチュラリスト 第3章。
作画:谷口ジロー、原案:今泉吉晴の人気シリーズ。
“スタッグ(Stag)”とは、成熟した雄鹿のこと。「サンドヒルの雄ジカ」とも訳される作品。
しかしこの本は内容的には、雄ジカの話というより、シートンの半生記である。
谷口ジロー氏は、シートンシリーズ第1章「狼王ロボ」で、野生動物がどれほど賢く、誇り高く、かつ、愛情にあふれた存在であるかを描いた。
第2章「少年とオオヤマネコ」で、シートンの少年時代を描いた。と同時に、当時の開拓民の厳しい暮らしも描いた。
そしてこの第3章「サンドヒル・スタッグ」で、シートンの青年期を描いた。シートンがあのような生涯を送るにいたった経緯、若いシートンの苦悩、大自然の中で自分の道を悟っていく過程。
サンドヒルの雄ジカは、シートンの成長を記す道標のように、要所要所で登場する。
シートンはこの本で、重要な人物に出会う。クリー族の戦士、チャスカである。チャスカはシートンに、山の中で生き延びる知恵を教える。
たとえば、雪山で獲物を追うシーン。
「雪の上 歩き方教える。指先 内側に向けるようにする」
「内股で歩くのか?」
「そう 足跡まっすぐつくように歩く 1歩2、3センチ得する」
「たったそれだけ」
「長い1日 たくさんの距離になる」
page159
またある時、シカを追って銃を構えたシートンと出会ったときには
「ぼくたち 同じシカを追ってたんだね 危なかったな もう少しで撃つとこだったよ」
「わしら 皆 これ 頭かぶる 赤色のバンダナ 狩りの時 これつける」
「そうか やっとその訳がわかったよ」
page172
ここで思い出した。まだうちの犬、ミニチュア・シュナウザーのラムが生きていた頃。狩猟解禁期間(通常11月15日~2月15日)には、私が散歩に連れて行くときは、いつも真っ赤や真オレンジの、目立つベストを着せた上で、首輪には鈴もつけた。散歩は林道だったが、シカやイノシシも通る山中だ。空の薬莢が落ちている事もある。派手なベストと鈴で、間違えて撃たれる危険をなくしたかったのである。
なぜ、都会育ちだった私が無意識にそんなことをしていたのか?
あるいはその知恵は、遠い子供のころ、少年少女用文学全集でこの「サンドヒルの雄ジカ」を読んだ時の記憶が残っていたからかもしれない。
チャイカがシートンに教えたのは、実用的な知恵だけではなかった。もっと大事なものも教えた。大自然の中でくらすための「魂」のようなものである。
シートンは、サンドヒルの雄ジカを追って、山中を歩き回る。オオカミに囲まれて命を落としそうになったこともある。雪山で凍傷に悩まされながら野宿したこともある。さまよえるシートンをあざ笑うかのように、雄ジカは悠々と逃げていく。
ついに、雄ジカを目の前にとらえたとき、シートンは真理を悟る。
雄ジカはこの世の者とも思えぬ美しさで、高く跳躍する・・・
傑作です。
(2008.8.29.)
PS.あのぉ、p.138の足跡ですが、キツネはもっと一直線です・・・
※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。
『サンドヒル・スタッグ』
シートン 旅するナチュラリスト 第3章
- 著:作画:谷口ジロー(たにぐち じろー)
- 原案:今泉吉晴(いまいずみ よしはる)
- 出版社:双葉社アクションコミックス
- 発行:2006年
- NDC:726(マンガ、絵本)
- ISBN:4575940259 9784575940251
- 283ページ
- 登場ニャン物:-
- 登場動物:ミュールジカ、オオカミ、コヨーテ、その他多数の野生動物達