板東元『動物と向きあって生きる』

寂れ果て、閉園間近だった動物園が・・・
旭山動物園は「行動展示」で超有名になった動物園です。
日本一北に位置する、小さな動物園です。ジャイアント・パンダのような珍しい動物はいません。どこの動物園にもいるようなありふれた動物達、北海道では身近にみられる動物たちばかりです。莫大な予算もありません。手書きの説明をかかげ、飼育員たちが生の声で観客に解説します。一昔前は閉園の危機に襲われるほど、閑散とした「冴えない」動物園でした。
そんな動物園が生まれ変わりました。「日本一」と呼ばれるほど高い評価を得るようになりました。
そのきっかけを作った首謀者(笑)こそが、著者で獣医で飼育係の坂東元さんです。

あざらしが透明なチューブをヌゥっと通り抜ける♪
はじめて旭山動物園を知ったのは、テレビで放送されたドラマでした。『奇跡の動物園〜旭山動物園物語〜』フジテレビ系の単発ドラマシリーズ(2006~2015年)全部で5話つくられたそうですが、私は一番最初のものを、それも途中からしか見ていません。それでもしっかり記憶に残っています。
ドラマでは坂東元さんは「坂内禅」という名前になっていて、山口智充さんが演じていました。私が見たのは、坂内さんが、「来園者はライオンもヒョウも寝てばかりでつまらないと言っている、どうすればもっと「猛獣らしく」迫力が出るような展示ができるか」と悩んでいるシーンでしたが、私はそれを聞いて思わず「そんなの簡単じゃん!人間は寝転がって、下から見上げればいいのよ」と突っ込んでしまいました。私ならずとも、猫飼いなら誰でも知っていることです。高いところに登った猫たちが、どれほど昂然と下界を見下ろすか。床の上にいたときはあんなに頼りなげだった子猫が、キャットタワーに登った途端、どれほど得意そうなドヤ顔をするか。猫を威厳たっぷりに魅せる――愛でる、ではなく、一緒に遊ぶ、でもなく、見せて魅せる――には、猫をどこから眺めれば良いか、猫経験者なら瞬時に答えられます。
そして、旭山動物園も同じ発想をしたのでした!

この写真は旭川市サイトの公式旭山動物園のページからお借りしました。ご覧のように、ヒョウの檻の一部が客の頭上に大きく張り出しています。そして人間は下から真上のヒョウを見上げる形です。私が考えたように「人間は地面に寝転がって」まではさすがにできなかったようですが、・・・もし人間が本当に地面に横たわって、すぐ上に本物のヒョウやライオンがいて、大きな口の中の鋭い牙が目の前にせまってくるような仕掛けになっていたら、もっとすごい人気となったでしょうね!でもそれは動物園としては危険すぎるかもしれません。たとえ間に分厚いガラスがあったとしても、ヒョウやライオンに「ヒトにおおいかぶさって良いのだ」という認識を与えることになってしまいますから。旭山動物園のヒョウ館の、この高さや、金網の大きさは、プロの飼育員たちが考えた多分最適な配分なのでしょう。
本ではつぎに「ぺんぎん館」や「あざらし館」そして「チンパンジーの森」の構想が記述されます。どれも興味深い内容でした。
読みながら、私がテレビドラマを見て空想したことを思い出しました。もしオオカミ施設を作るなら、私ならどんな設計にするだろう、なんてことをあのときは考えて楽しんだのでした。
・・・私なら、まず、オオカミ飼育場は斜面にします。オオカミは広い縄張りを縦横無尽に走り回って狩りをする動物ですが、日本の動物園ではオオカミに十分な広さを与えることはまず無理でしょう。ならせめて斜面にして、上り下りすることで少しでも足腰が鍛えられるようにします。肥満オオカミなんて見たくありませんからね。
そして、斜面の真ん中かやや上よりの場所に、観客席ならぬ「洞窟」をあけます。その洞窟へいくには客は暗いトンネルを通らなければなりません。そう、古代の洞窟の雰囲気を出すのです。そして、洞窟の出口には、たき火を燃やします(本物の火ではなく、人工灯のほうがいいかもしれません)。古代人がまさにやったように。そうです、すみかの洞窟から外を眺めると、そこにはオオカミの群れ、という眺めにするのです。このオオカミの群れは恐ろしい捕食者であると同時に、古代人達の”仲間”となりつつある存在でもありました。この野生のオオカミ群れがやがて犬に変化していく、その中途段階が感じられるような、緊張と親しみが混ざり合う仕掛け、というわけです。
今回本を読んで、旭山動物園のサイトを開いてみました。案内図を見て、おもわず膝を打ちましたよ!「オオカミの森」なんとまあ、私の構想に近いものができあがっているじゃないですか!

旭山動物園では、オオカミたちは斜面を走り回っています。そして観客はトンネルを抜けてその真ん中に立ちます。洞窟ではなくて広場でしたけれど、でも、それ以外はほとんど私の夢想図の通りの造りとなっていました。オオカミ好きな私としては「やった!」と声が出るほどの構図でした。すごい嬉しかったです。
本の中で、坂東さんはいいます。
(前略)野生動物は、ペット種でも家畜種でもないということ。
野生動物は、すごいんだ!ということ。
それを伝えるために、人間の感覚ではなく、動物の側に立って展示をする。人間の側にたって、「かわいい」とか、ショーをするから「えらい」というのではなく、その動物が本来持っている能力や動きをありのままに見てもらいたい。(中略)そんな彼らを愛し続けてほしい。「ありのまま」の命を淡々と営む彼らを見続けて欲しい。
page194
坂東さんは、最近の動物番組は「野生動物を徹底的に、これでもか、と愛玩化して見せて」(page 236)いて、とうてい賛成できないと書いています。私も同じです。チンパンジーや、ナマケモノや、コアリクイや、レッサーパンダを、タレントが飼ったり、一緒に何かをしたり。見ていて強烈な違和感あるいは怒りしか感じません。その一方で、いるかショーや日本猿たちの芸。あんなのを見て喜ぶのは幼い子供か、もともと動物に何の興味もない人でしょう。だから無批判に楽しめるのです。野生動物達の本当の姿を見、彼らのことを本当に考えたことのある人なら決して無邪気に楽しめないはずと思います。
野生動物は、ありのままの姿が一番美しく、かっこよく、気高く、すばらしい。まったくその通りですなんです。そうあるべきですし、そうでなきゃいけないんです。
しかし、そうなると、動物園という存在は矛盾ではないか?
坂東さんはこう書いています。
――野生動物は、絶滅させてはいけない。
言葉ではなく、それがピッとわかる感性が一番強い力になると思う。
そのために、動物園は必要なのだ、とぼくは思っている。動物園がなくなってしまったら、生の野生動物を見る機会が奪われてしまうからだ。アフリカのサバンナやアジアのジャングルへ行けばいいという人がいるかもしれないが、そうした野生動物の聖域にズカズカと人間が入ってはいけないのだ。生の野生動物を見たことがないとなると、すべてはバーチャルになる。子供たちの身近なところで、野生動物を見られる唯一の場所として動物園はこれからも機能していかなければならない、と思うのだ。守る対象を知らなければ、守ること意味、大切さを知るきっかけすらできない。
(page 200)
であればますます、ショーをしたり芸をしたの野生動物ではなく、本来の姿、野生のときと同じ姿を見せなければいけません。そうですよね?
旭山動物園が、安易な客寄せイベントに頼らず、これからも[「動物最優先+野生動物すばらしいぞ!」の運営方針をずっと保ってくれることを願います。そして、坂東さんのような方がいらっしゃる限り、旭山動物園ならきっと大丈夫と思いました。

※著作権法に配慮し、本の中見の画像にあえてボカシをいれる場合があります。ご了承ください。

目次(抜粋)
- 第1章 虫の時代、鳥の時代
1 虫の時代
2 鳥の時代
3 獣医になろう
4 家畜の”いのちを絶つ”ということ - 第2章 野生動物との出会い
1 野生動物はペットじゃない
2 動物園とは何か?
3 獣医としてつきあった動物たち - 第3章 行動展示はじまる
1 エキノコックス症の衝撃
2 「もうじゅう館」ーヒョウの気持ちになってつくった
3 「ぺんぎん館」ー水の中を飛ぶ鳥
4 「あざらし館」ーアザラシだってすごいんだ!
5 「チンパンジーの森」ーぼくのひとつの集大成
6 動物園でぼくが伝えたいこと - 第4章 野生動物とどうつきあっていくのか
1 レッサーパンダ風太くん事件
2 「くもざる・かぴばら館」事件
3 動物を愛している?
4 野生動物の保護 - あとがきー今あh未来のために
- 文庫版あとがき
- 解説「あるがまま」を見る心 竹内薫
著者について
板東元(ばんどう げん)
旭山動物園副園長・獣医。著書に『旭山動物園へようこそ!ー副園長の飼育手帳・初公開写真』などがある。
(著者プロフィールは本著からの抜粋です。)
『動物と向きあって生きる』
- 著:板東元(ばんどう げん)
- 出版社:株式会社角川学芸出版 角川文庫
- 発行:2008年
- NDC:914.6(日本文学)随筆、エッセイ
- ISBN:9784044088026
- 277ページ
- モノクロ
- 初出:2006年単行本で刊行
- 登場ニャン物:-
- 登場動物:多数



