遠藤周作『狐狸庵動物記』

遠藤周作『狐狸庵動物記』

 

「わが最良の友動物たち」文庫本発行化による改題。

狐狸庵先生こと、遠藤周作氏は、幼い頃、満州は大連に住んでいた。

孤独な狐狸庵、否、周作少年にとって、唯一の話し相手は黒い満州犬だった。名前はクロといった。学校の勉強には身が入らず、かとて夫婦げんかの絶えない我が家に居場所は無く、少年は『言葉では表現できぬ悩みや哀しみ』をクロに語りかけた。

すると

クロは立ち止まり私を見て黙っている。泪で濡れたような眼をして。「仕方ねえじゃないですか。この世は我慢しなくちゃならねえんですよ」と彼は言っているようだった。
(p.15)

それほど親しかったクロを、満州において日本に帰らなければならなかった。クロは馬車をどこまでも追いかけきた。その情景が一生忘れられない。著者は、クロとの体験が、遠藤文学のバックボーンのひとつとなっているとさえ感じられているようだ。

そして多分それは事実なのだ。遠藤周作氏の小説には、西洋のキリスト教とはすこし違う、東洋的な慈愛を感じさせられることがしばしばある。西洋人は、どれほど愛に満ちた敬虔なキリスト教徒であっても、むしろそのキリスト教を信じるが故に、人とヒト以外の動物たち、さらにキリスト教徒とそうでない人たちを厳密に区別する傾向が強い。西洋人に、ヒトも犬猫も異教者も一緒くたに見てしまう、あの東洋的視線はめったに感じられない。遠藤氏の、キリスト教徒でありながら仏教的ともいえる、平らかで共感と慈しみにあふれた眼が、幼少時代の愛犬との交流を土台のひとつとしていたとして、なんの不思議があろう。

その他、シロやカロなどの犬が出てくる。いずれも遠藤氏の愛犬。

遠藤氏は犬派だが、猫も好きだという。飼ったこともある。真っ黒な雌猫だった。この雌猫がいじらしかった。人に対してではなく、亭主猫に対して、いじらしかったのである。いっぽう亭主猫は、見るからにふてぶてしいドラ猫で、グータラで、にくったらしいほどに太った奴だった。

犬エッセイが約半分。猫エッセイが3編。その他、猿に惚れられた思い出や、狸一家の餌づけ、身代わりとなって死んだ九官鳥の話など、動植物に関する短編が40編近く。遠藤氏のお人柄が偲ばれる1冊です。

(2010.3.9.)

遠藤周作『狐狸庵動物記』

遠藤周作『狐狸庵動物記』

 

※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。

 

『狐狸庵動物記』
「わが最良の友動物たち」文庫本発行化による改題

  • 著:遠藤周作(えんどう しゅうさく)
  • 出版社:河出文庫
  • 発行:2007年
  • NDC:914.6(日本文学)随筆、エッセイ
  • ISBN:9784309408453
  • 193ページ
  • 登場ニャン物:無名
  • 登場動物:犬、狸、九官鳥、鳥たち、その他

 

目次(抜粋)

Ⅰ 犬は人生の相棒
Ⅱ 猫は面白い
Ⅲ 猿は恋人
Ⅳ 私の前世は狸です
Ⅴ 身がわりになった九官鳥
Ⅵ さびしい鳥たち
Ⅶ 人生を彩る生きものたち
Ⅷ 植物も心を持っている
おわりに
あとがき
解説
出典一覧

著者について

遠藤周作(えんどう しゅうさく)

1923年東京生まれ。慶應義塾大学仏文科卒業。55年『白い人』で芥川賞、66年『沈黙』で谷崎潤一郎賞、80年『侍』で野間文芸賞を受賞。95年文化勲章受章。著書として『海と毒薬』『深い河』等多数。96年9月死去。

(著者プロフィールは本著からの抜粋です。)


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