ディネセン『アフリカの日々』

ディネセン『アフリカの日々』

ヨーロッパ人からみた植民地時代のケニア。

ナイジェリア出身でイボ人の小説家チヌア・アチェベ(Chinua Achebe)の『崩れゆく絆』(Things Fall Apart)と『No Longer at Ease』 (未邦訳)を読み、もっと植民地時代のアフリカの本を読みたいと思いました。

そこで選んだのがこの本、スウェーデン人ディネセンによる『アフリカの日々』。その手の本としては、世界的に有名な本です。

1895年、ケニアはイギリスの植民地となりました。著者は1914年~1931年までの18年間を、そのケニアで農園主として暮らしました。ケニアが独立したのは1963年ですから、植民地時代の真っただ中をケニアですごしたことになります。

本に書かれた内容は、アフリカでの楽しい日々、現地の人々との交流、白人同士の交流、狩猟、旱魃、事故、それから最終章の、経営破綻にいたるまで。幸せな時期はもちろん、経営破綻にいたってからもどこか夢のような、おとぎ話の世界のような描写がずっと続く本でした。内容をよく読めば相当にしんどいはずの体験も多々あるのに、文章のどこにも悲壮感はなく、どこかふんわりとした印象。おそらくそれは、現在進行形ではなく、母国に戻ってから著者が思い出しながら書いたからなのでしょう。訳者は「あとがき」でこのように形容しています。

『アフリカの日々』は記録ではない。紀行、体験記、ルポルタージュ、自叙伝などのジャンルは、どれもあてはまらない。(中略)著者の内部で結晶し、自分にとっての真実の相をあきらかにしてゆく。その精髄を取り出して作品にしたものがこの本だ。
page 513

この本を高く評価する人は多いです。1985年には映画にもなりました(邦題『愛と哀しみの果て』、配給会社はユニバーサル映画。監督はシドニー・ポラック。主演はメリル・ストリープ、ロバート・レッドフォード。)

その一方で、アフリカの人々からの評判はよくないとも聞きました。

ディネセン『アフリカの日々』

私が読んだ感想も、これは「あくまで支配者層としての」白人が書いたアフリカ物語だな、というものでした。まして直前にアチェベを2作読んでいましたから、その落差といいますか、視点の違いを強く感じずにはいられませんでした。

著者はイギリス人でこそありませんが、支配者層と同じ”白人”です。農園の所有者でもあります。現地の有色人種たち(主にアフリカ人のキクユ族、ほかマサイ族や少数のインド人)に対しては、常に上位の立場にあります。著者自身はフラットで公平な立場を目指しているのは明らかで、その点は高く評価できます。現地の言葉を覚え、現地の人々の祭りに参加したりもします。

にもかかわらず、やはりなんといいますか、なんとなくですが、無意識の底に固く凝り固まった「白人/白人文明至上主義」みたいなものを感じてしまいました。

なぜそう感じてしまうのだろうと思ったとき、著者が、現地の人々の心の中まではほとんど入っていないからかもしれないと気づきました。表面を観察しているだけなのです。その様子は、まさに生態学者が、家畜や野生動物をつぶさに観察するのと同じような態度なのです。誰だれがこう言った、こう振舞った、キクユ族はこのように行動する、これが彼らのやり方だ、云々。

また、たとえばこんな文章。

神の誇りを、なにものにも増して愛し、隣人の誇りを自分の誇りとして愛すべし(中略)。立場を異にする隣人を愛すべし。彼らに自己憐憫をゆるしてはならない。
征服された民族の誇りを愛すべし。彼らが自分の祖先をうやまうのをさまたげてはならない。
第4章 手帖から page 341

一見崇高な文章に見えます。でも、「自己憐憫」という言葉にちょっとひっかかるのです。これって、”隣人”より常に上にたつ者にして始めて書くような文章に思えてしまう。私の勘ぐりすぎかもしれませんけれど。

そして、何より、最終章ですね。著者が農園を売って帰国することになったことにより、その農園で暮らしていたキクユ族の人々も住まいを失うことになります。著者は、彼等がバラバラにならずに、そのままの集団で移住できる土地を確保しようと、「キクユ族の使い走りとして」「もの乞いの旅」(page493)に奮闘します。地方弁務官、現地人局、土地管理局、そのたあらゆる役所や、ついに総督のもとにも出向いて、必死に土地の提供を求めます。大変苦労します。誠意ある行動で、そこは拍手です。

でも。

その土地は、もともとそのキクユ族の人々が、先祖代々住んでいた土地だったのです。そこへ白人がやってきて植民地支配をはじめた。つまり土地をとりあげた。著者はキクユ族たちにそのまま住み続けることをゆるしていたけれど、次の白人所有者はゆるさなかった。もともとは彼等の土地だったのに。なんだかなあ、と思いませんか?私は日本人ですから、植民地支配される民族の感情はわかりません。それでもモヤモヤしてしまいます。著者は、自分がどれほどアフリカの土地と人々に魅せられたか、くりかえし書いていますが、・・・結局は”白人様”なんだよなあ・・・と感じちゃう。

なお、著者の住んでいる農園は野生動物に囲まれています。ライオンを撃った話などもあります。が全体としては、動物の話題は非常に少なく、ときおりチラリと通り過ぎる程度。キクユ族の人々の描写は多いですが、前述のように観察者のような立場から。白人同士の交友描写は生き生きとしています。この本が、白人社会や、植民地支配の経験のない日本人のような種族には大変評判がよく、しかしアフリカ人の間では評判が悪い、というのもわかる気がします。

ディネセン『アフリカの日々』

※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。

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目次(抜粋)

  • 第1部 カマンテとルル
  • 第2部 農園でおこった猟銃事故
  • 第3部 農園への客たち
  • 第4部 手帖から
  • 第5部 農園を去る
  • 訳者あとがき

著者について

イサク・ディネセン Isak Dinesen

1885年デンマーク生まれ。本名はカレン・ブリクセン。20代から短篇をはじめる。1914年ケニアに渡り、広大なコーヒー農園を経営。31年に帰国後、本書のほか、『七つのゴシック物語』(1934)、『冬の物語』(42)などを発表し、世界的に高い評価を得る。1962年逝去。
(著者プロフィールは本著からの抜粋です。)

『アフリカの日々』

  • 著:イサク・ディネセン Isak Dinesen
  • 訳:横山貞子(よこやま さだこ)
  • 出版社:株式会社河出書房新社 
  • 発行:2018年
  • NDC:934(英文学)随筆、エッセイ
  • ISBN:9784309464770
  • 526ページ
  • モノクロ
  • 原書:”Out of Africa” c1937
  • 初出:『アフリカの日々/やし酒飲み』池澤夏樹=個人編集 世界文学全集Ⅰ-08 1981年晶文社、2008年河出書房新社 
  • 登場ニャン物:-
  • 登場動物:ライオン、ブッシュバック、犬(ディアハウンド)、その他多数
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