浅田次郎『勇気凛々ルリの色 満天の星』

猫好き作家による痛快エッセイ。
・・・なのですが、残念ながら、猫はほとんど出てきません。前半は皆無です。後半2/3くらいになってやっと、「ラブ・レターについて」の中にほんの一瞬出てきます。
(前略)なにしろそのころの私は極めて劣悪な執筆環境にあり、居間兼書庫兼寝室兼食堂兼書斎の六畳間に、家族もろとも十三匹の猫もとろも暮らしていたのである。
(page 207)
本当にチラッと一瞬、ですが、六畳間に13ニャンと同居?
こんな一文を読まされてしまっては、猫好き読者たちが黙っていられなかったのでしょう。その次の次(もとは週刊誌に連載していたエッセイですから、次の次の週ということになりますね)「恋の季節について」はこんな出だしで始まります。
このところわが家の猫情報を求める読者の声がさかんに届く。
猫好きは猫の話で徹夜ができるので、書くのは容易、書きたい気持ちも山々ではあるが、話材としては趣味の領域であると思うから辛抱している。
リクエストにお答えして、今回は猫で行く。もはや辛抱たまらん。
(page 216)
そうでしょうとも、そうでしょうとも!猫のことを書かないでどうする!?浅田次郎氏が大・大・大の猫好きなお方であるくらい、全世界に(?)知られていることですからね!
連載1回分をたっぷり猫に使った結果、何かがふっきれたかのでしょうか。最後の方の「吉事について」ではもう、こんな告白をしちゃっています。
かつて本稿にもしばしば書いている通り、本当のことを言うと私は人間ではない。猫である。猫がたまたま人間のなりをし、小説を書いたり競馬に行ったり、確定申告をして税金を払ったりしているだけなのである。
(中略)
人間のなりをしている不心得な猫を除いても、わが家の猫はこれでつごう七匹になった。私の幸福感は何よりもまず猫の数に比例するので、絶頂期の十三匹にはまだ遠く及ばぬが、相応の幸福に酔いしれている。
(page 270)
じつはこのとき、氏の愛猫トモコちゃんが子猫を産んだのでした。それも3ニャン。真っ白と、真っ白と、三毛猫。
この状態で、氏の猫愛が爆発しちゃったんですね。もう止まらんって感じで、母猫のこと、父猫のこと、子猫たちのこと、冷静な文章を装いつつも内心デレデレなのが見え見えな状態で書いています。にゃは。

と、猫が出てくるのは上記3編だけで、ほかの部分には猫は出てきません。けれども、この3つ、とくに最後の「吉事について」で、もう十分ご馳走様な気持ちになれます。
全体としては、いかにも脂ののった中年男の、それも昭和のオヤジらしいエッセイ集となっています。小説のこと、『鉄道員ぽっぽや』が直木賞を受賞して超多忙になったこと、競馬やスロットルで賭けた話、すきな食べ物やたばこやサウナや、出版社に連れて行ってもらった旅行(もちろん取材旅行だけど)のこと、その他。
軽妙な語り口で楽しく読めます。病院の待合室で読めば、病気や怪我の憂鬱さをその間だけでも忘れられます。おすすめ。
※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。

著者について
浅田次郎(あさだ じろう)
1995年『地下鉄メトロに乗って』で第16回吉川英治文学新人賞、1997年『鉄道員ぽっぽや』で第117回直木賞、2000年『壬生義士伝』で第13回柴田錬三郎章、2008年『中原の虹』で第42回吉川英治文学賞をそれぞれ受賞。中国近現代史シリーズ『早急の昴』『珍妃の井戸』『中原の虹』から連なる『マンチュリアン・リポート』は、講談社創業100周年記念作品として書き下ろされた。その他の著書に『日輪の遺産』、『露町物語』、『歩兵の本領』、『終わらざる夏』、『赤猫異聞』、『降霊会の夜』、『一路』など多数。
(著者プロフィールは本著からの抜粋です。)
『勇気凛々ルリの色 満天の星』
- 著:浅田次郎(あさだ じろう)
- 出版社:株式会社講談社 講談社文庫
- 発行:2001年
- NDC:914.6(日本文学)随筆、エッセイ
- ISBN:9784062732253
- 314ページ
- 初出:「週刊現代」1997年11月1日号~1998年10月17日号
- 登場ニャン物:トモコ、キャラ、ショウ、ミルク、リン、ルリ
- 登場動物:-
