なりゆきわかこ『天国に行った看板ねこ なな』
挿絵:あやか。「ねこだって、うれしいとき、かなしいとき、つらいとき、泣くのよ。」page9
7月とは思えないほど冷たい雨に打たれ続け、子猫はすっかり弱っていました。もう動ことも声を出す元気も残っていません。
もはやこれまで、と思われたそのとき、優しい夫婦が現れました。那須塩原でお蕎麦屋さんを営んでいる夫婦でした。七夕の日に拾われた子猫は「なな」と名付けられ、看板猫として、ネットでも紹介されて、人気者になります。お母さん手作りの着物を着て、お店の前の切り株に座って、
お客さんに「にゃーっ(いらっしゃいませ)」と呼びかける姿は、それは愛らしいものでした。
ところが。
2011年3月11日。あの東北大震災に襲われます。
栃木県は揺れそのものは家屋が倒れるほどではなく、お店は落ちたものを片付けただけで、再開できました。しかし、放射能汚染の風評は栃木県にも及んだのです。観光客はぴったり途絶え、別荘地は閑散とし、建築中だった建物も放置され、お得意さんだった土産物屋さんもペンションオーナーも廃業を余儀なくされました。
そして、ななちゃんのお蕎麦屋さんも。ひとりもお客さんが来なくなってしまったのです。これでは営業を続けられません。
いよいよお店をたたむ決心をした、そのときに・・・
* * * * *
タイトルから用意に想像がつくと思いますが、ななちゃんは死んでしまいます。でもすぐお空へは旅立てなかったななちゃん。死んでからもずっと、大好きなお父さんとお母さんを見守り続けます。
お店もななちゃんも失って、お父さんは一時期自暴自棄になりますが、すぐにたちなおり、レストランで働く傍ら、また自分のお店の再開を目指します。ほっとするななちゃん。
なのに、次の悲劇が・・・
* * * * *
実話に基づいたお話です。平易な文章、かわいい挿絵、児童書としてやさしくふんわり描かれていますが、内容はかなり重いものです。あの3.11を扱っているのですから。地震や津波の直接的な被害は少なくとも、福島第1原発から直線距離で約100kmも離れていても、大震災の影響は甚大でした。その被害は、こんなに離れた場所で暮らしていた動物たちにまで、これほどまでに及んでいたのです。
あの大震災からまだたった9年しか経っていないんですよね・・・
その9年後の2020年は、ある意味、3.11をも上回るショックが世界中を駆け巡りました。新型コロナCOVID-19のパンデミック勃発です。
なんだか3.11さえ遠く思われてしまって、ふとこの本を読んでみたのです。3.11を取り扱っていることは事前に知っていたので。
なぜか勇気づけられました。そうだった、私達日本人は、あの大震災でさえ、乗り越えてきたんだ!今回のコロナ禍も大丈夫、乗り越えられる、と思えてきました。
そのとき、わたしようやくわかった。
ああ、これがべんちゃんや、野菜売りのおじさんが言った「希望」だって。
「そうなりますように」と祈るだけでなく、「そうなる」と信じて進むことなんだ。
page133
児童書ですが、大人にもおすすめです。
・・・・・
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、余計なことを。
お蕎麦屋さんをたたんだお父さんは、とある牧場が経営するレストランに雇われます。お蕎麦とステーキ、ぜんぜん違いますけれど「料理」にはかわりない。お父さんは楽しそうでした。
でも、このお父さんのセリフはどうも・・・私的にはモヤモヤ。
「牧草も肥料もすべて検査済みだから安全だし、ゆったりした清潔な牛舎で育てているから、すごいいい肉なんだ。やっぱり、大事に育てれば、上質な肉になるんだなあ。いちどレストランに来るといいよ。でっかいステーキを焼いてやるから」
page100
あれほど猫を愛し、妻をも愛しているお父さんが、牛のことはただの「食肉」としか見ていない・・・この言葉はお父さんが本当に言ったことなのか、作家さんの創作なのか、私にはわかりませんが、・・・ちょっと残念です。
※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。
『天国に行った看板ねこ なな』
- 作:なりゆきわかこ
- 挿絵:あやか
- 出版社:株式会社KADOKAWA 角川つばさ文庫
- 発行:2015年
- NDC:916 (記録. 手記. ルポルタージュ)
- ISBN:9784046314871
- 156ページ
- モノクロ挿絵
- 登場ニャン物:なな、べんちゃん、なつみ
- 登場動物:犬