有川浩『旅猫リポート』
画:村上勉。
その銀色のワゴンのボンネットが、ぼくのお気に入りの寝場所だった。なぜならそのワゴンの持ち主は、ぼくを「シッシッ」と追い払わないばかりか、一握りのカリカリさえ毎晩置いてくれるようになったからだ。
その日までは。
その日。野良育ちのくせにしくじってしまった。車に跳ねられたのだ。骨が飛び出すほどの重症だったが、ぼくは銀色のワゴンまでなんとか体をひきずっていき、助けを求めた。ぼくは男の飼い猫になった。「ナナ」という名前はぼくの性別と合致しないことはなはだしいけど、しかたない。
ぼくとサトルは幸せな5年間を過ごした。
よんどころない事情で、サトルはぼくを手放さなければならなくなってしまった。いいさ、もともと野良猫だ、また野良猫にもどるまでの話さ。しかしサトルは大事なナナを野良猫にするつもりはなかった。
ナナはこれからも幸せに暮らさなければならない。と同時に、ナナを引き取った家族も、ナナを引き取ったことで幸せにならなければならない。それがサトルのこだわり。
最初は近場の友人から、次第に遠く、山を越え時には車中泊までして、ナナの引き取り手を探して歩く。ナナを迎えようと言ってくれる家は少なくなかった。が、ナナを連れて実際に訪れてみると、ある時はそこの先住猫と相性が悪すぎた(ように見えた)。またある時は、ふだんは猫と仲が良いはずの犬と一触即発でとてもナナを置いて帰れなかった。
なかなか決まらないナナの新居。だけど、ナナは知っている。サトルの本心を。ナナだって、サトルとずっと一緒にいたい。けれど、サトルののっぴきならない事情はせまってきている・・・・
* * * * *
最初、この作品は「絵本」で読んだのです。本屋にはいったら「絵本」のほうが目立つところにあって、本編の「小説」もあるとは知らず、「絵本」を買って読んでしまったのです。なんだ評判ほどじゃないなという感想しか、そのときはもちませんでした。内容が大幅にカットされたダイジェスト版じゃあねえ?
その後、オリジナルの小説で読みなおしました。まさに評判通りでした!
のっぴきならない事情で愛猫ナナを手放さなければならなくなったサトル。最初はその事情は語られません。ただサトルが必死なことだけが伝わってきます。これほど猫を愛しているサトルが、どうしても手放さなければならないとなれば、よほどの事情なのでしょう。
ナナも深く追及したりはしません。猫ならではの勘の良さで、すべてを察しているのでしょう。
ナナの引き取り手を探して日本中を旅しているうちに、サトルの過去も少しずつわかってきます。どんな両親だったのか。どんな家で育ったのか。どんな少年時代を送り、どんな人と友達だったのか。
それにしてもサトルの生い立ち、可哀想すぎませんか・・・?
ナナのひたすらな愛情、深い絆。どこまでもサトルを想う気持ちに心打たれます。サトルの生き様に感動します。村上勉氏の独特なタッチの絵が、なんとも言えぬ風情を作品に付け加えます。
良い本です。
でも、読むときはお気を付けください。ラストに近づいたなら、人前では読まれませんよう。きっと涙をおさえきれないでしょう。
悲しいけど、なぜか妙に爽やかな後味の涙です。
※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。
『旅猫リポート』
- 著:有川浩(ありかわ ひろ)
- 絵:村上勉(むらかみ つとむ)
- 出版社:株式会社講談社 青い鳥文庫
- 発行:2015年
- 初出:「週刊文春」2011.10/27号~2012.4/19号
- NDC:913.6(日本文学)小説
- ISBN:9784062854801
- 350ページ
- モノクロ
- 登場ニャン物:ナナ、ハチ、チャトラン、モモ、ミケ
- 登場動物:
目次(抜粋)
Pre-report ぼくたちが旅に出る前のこと
Report-01 コースケ
Report-02 ヨシミネ
Report-03 スギとチカコ
Report-3.5 最後の旅
Report-04 ノリコ
Last-Report