野村桔梗『その猫に何が起こったか?』
誘拐された猫の身代金として1千万円を払ったのに・・・。
小説を読む重要な動機のひとつにカタルシスというものがあると思う。
しかし、この小説はいくら読んでもカタルシスにはほど遠い。それどころか、どよんと黒くて重いしこりが際限なく胸中に広がってきて、救われない気持ちばかりが強くなる。
文学作品としては良くできていると思うが読んだ後のこの後味の悪さはどうだ。
出だしからして不気味である。
「僕」はいきなり子猫をベランダから突き落とし、子猫がどうなったかさえ確かめずに満足して部屋に戻ってしまう。
死んだか?こんな高さでは死なないか?いや、そんなことどうだっていい。もう、すっかり自分の気持ちは治まったから。イライラした気分が爽快になったから。後のことなんか僕が知ったこっちゃない。
page 4
が、これは本文とはほとんど関係の無い、単なる序章に過ぎない。
本を読んでいくうちに、読者が猫好きであればあるほど、暗い気持ちになってしまうだろう。
犯人の男の所業が絶対に許せないのはもちろんだが、世間一般的には、啓子がした事も決して許せない事、もしかしたら、男以上に許せないこと、ということになるかもしれない。
・・・と、私の理性はそこまで理解していながら、にもかかわらず、啓子に強く同情してしまう。
啓子があまりにかわいそうだ。
もし自分が啓子の立場だったら、似たような事をしてしまうかもしれない。
そして、そう思う自分の心にある種の不安を感じる。
なぜなら、啓子の周辺にいる人間はこんな↓奴らばかりなのだから。
しかも、こういう自分達こそまっとうで正しいと、頭のてっぺんから爪先まで信じて疑っていないような人種ばかりなのだから。
「猫ってねぇ。たとえば猫が本当に誘拐されて相手を恨んだところで、世界中の猫の命をかき集めたって人間一人の尊い命に比較できるものではありませんね。まったく、復讐で殺人を犯すなど許しがたい。猫などは家畜の仲間なのだから、それが一匹死んだところで・・・・・」
page 84
この小説の中で唯一救われる場面は、弁護士の片桐が子猫に情をうつしていく場面である。
全体が真っ暗に暗いだけになお、この部分がきらめくばかりに明るく感じられる。
私には、著者がどういう気持ちでこんなストーリーを考え出して書いたのか、察しようがない。
でも、著者が一番言いたかったこと、それは、上の弁護士の場面に続くこの文なのだと思いたい。
ああ・・・そうだ。猫なんて動物だ。たんなる小さな獣だ!だが、決して猫をなぶり殺しても良いなんていうこと、あろうはずがない!
猫の命と人間の命、秤になんかかけられるの?
page 167-168
・・・そう。
この本には、猫虐待の話が出てくる。どっぷりと。
だから、そういう話に弱い猫好きさんには、まったくお勧めできない。
また、あからさまな性描写やSMプレイも多々出てくる。
その意味でも、ちょっと(かなり?)要注意な本ではある。
その辺の描写は、精神医学の関係者なら、心理学的な興味をもって読めるかも知れないけれど。
そして・・・
猫虐待の話が延々と繰り返される中で、しかし、強烈に猫(動物)愛護を訴えている本でもある。
だから、猫愛護サイト管理人としても、この本を無視することは決してできない。
私がひとつ確かなこととして言えることは、―――
猫の命は現金1千万円以上の価値がある!!!
(2006.10.12)
※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。
『その猫に何が起こったか?』
- 著:野村桔梗(のむら ききょう)
- 出版社:国書刊行会
- 発行:2005年
- NDC:913.6(日本文学)小説
- ISBN:4336046786
- 252ページ
- 登場ニャン物:ミー、シロ、アルディ
- 登場動物:犬、金魚、他