トーマス『猫たちの隠された生活』
原題は「トラの部族」。
猫たちの、という和題だが、猫、つまりイエネコ種だけではなく、野生大型ネコ科についても多く語られている。原題は ”The Tribe of Tiger”、直訳すると「トラの部族」。
もっとも、内容的にはライオンが最も多く、次にイエネコやピューマについて。トラの記述もあるが少ない。
猫たちが、世間一般に信じられているような単独生活者ではなく、社会性豊かな動物であること。
猫たちにとって、なわばりがどれほど大切なものであるか。
猫には猫の「文化」があること。
そして話は、アフリカのライオンたちと、同じ地に住むジュ・ワ・ブッシュマンの話にうつる。
著者は1950年代と1980年代の二度、同じ地を訪れて調査した。
最初のときは、狩猟採集民族ジュ・ワ・ブッシュマンの研究参加が目的だったが、「わたし自身の興味はライオンにあった」。
しかし、真に目を開かれたのは、八十年代のなかばにニャエ・ニャエにもどったときである。住民達のようすも激変していたが、ライオンの変わりようはさらに大きかった。彼らについてわかったと思っていたことも、大半はもう通用しないようなあんばいだった。(中略)
そのすべてが、わずか三十年のあいだに起こったのだった。ライオンの寿命の二倍弱である。・・・
(p.140)
1950年代はまだ南アフリカ共和国ではアパルトヘイト(人種差別政策)が行われている時代だった。カラハリ砂漠はまだ広大な未開の地だった。
そこでは、ブッシュマン達とライオン達が、一種独特な関係を保っていた。お互いを尊敬し、譲り合いながら生きていた。
ブッシュマンが身を守るために持っていた道具といえば短い槍と小さな弓矢だけで、先端には毒が塗ってあるものの、ライオンの襲撃にあえばひとたまりもない代物だった。
盾さえ持っていなかった。
しかしブッシュマン達は、そのあまりに貧弱な武器で、時には武器さえ持たない空身で、平気でライオンたちと共存していた。夜の暗い中、ライオンの群れの真ん中を歩いて帰って無事だった。ただの土くれを投げつけてライオンを追い払い獲物を横取りしたこともあった。にわかには信じられないような話だが、あの時代、確かにライオン達とブッシュマン達の間にはある種の協定のようなものが存在していたのである。
(前略)およそ一00年にわたる三000人以上のジュ・ワ・ブッシュマンについて死因を調べることであった。当然ながら、人々は変死や惨死はよく覚えていて、その中には動物が加害者となった例もあったが、多くはヘビや豹によるものだった。わたしは数百人が記憶する約一五〇〇人の死因について証言を調べることができたが、そのうちライオンが原因したと言われたのはたった一件であった。その犠牲者は対麻痺(脊髄障害による両下肢麻痺)に冒された若いジュ・ワの娘である。・・・
(p.152)
その平和な関係が、わずか三〇年後には激変していた。
「ライオンの文化」が粉々に砕け散っていた。
ネコ科とは、崖っぷちで生きることを選択した動物たちだという。自分で倒した、あるいは死んだ直後の生肉しか食べない。
これは動物が生きていく上で最も困難な道である。
その困難な道を、独自の文化を築きながら生きてきたネコ族。
ネコ族の賢さ、美しさ、そして彼らが今おかれている立場の悲しさが、あますことなく語られた名著である。
最後に、すごく納得させられた文章を引用したい。
もしかすると、わたしたち人間がほかの動物たちを蹂躙できるのは、わたしたちがコミュニケーションの術に長けているからではなく、劣っているからではあるまいか。彼らがなにかを要求しても、わたしたちには読み取れないことが多い。そのため動物には人間の願いを聞き入れることができても、人間のほうはめったに聞き入れない。・・・
(p.167)
(2008.10.3.)
※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。
『猫たちの隠された生活』
- 著:エリザベス・M・トーマス(Elizabeth Marchall Thomas)
- 訳:木村博江 ()
- 出版社: 草思社
- 発行: 1996年
- NDC : 489.53(哺乳類・ネコ科)
- ISBN : 4794206828
- 316ページ
- 原書 :”The Tribe of Tiger” c1993
- 登場ニャン物 : ラジャ、オリオン、ウィッカ、クリスマス(以上イエネコ)、ルビー(ピューマ)、他多数
- 登場動物 :
目次(抜粋)
- この本の題名について
- はじめに
- 第一部 肉を食むものたち
- 崖っぷちで生きるもの
- 猫はなぜ喉を鳴らすのか
- テレビを見る猫
- 猫族の旅した道
- 森に住むもの、平原に住むもの
- 猫はなぜ家にもどりたがるのか
- 猫の所有する土地
- 猫たちのきずな
- 雄たちの運命
- 飼い主は猫の親か子供か
- 第二部 昔ながらの流儀
- 猫に文化はあるか
- カラハリのライオン
- ライオンと水場
- ウガンダのライオン-沈黙
- 土地を奪われたものたち
- エトシャのライオン-攻撃
- すたれゆく流儀
- 再会
- ガウチャのライオン-殺戮
- 第三部 新しい流儀
- 動物園とサーカスの猫たち
- 町へおりたピューマ
- 安らぎ
- 謝辞
- 訳者あとがき
- 参考文献