タッカー『猫はこうして地球を征服した』

タッカー『猫はこうして地球を征服した』

副題:人の脳からインターネット、生態系まで。

この本、もっとエンターテイメント性の高い、軽い本かと思って購入したんです。ところがどっこい、真面目なネコ史本でした。

著者は、大の猫好き。現在(=本の執筆時)もチートーという名の、並外れに大きな猫と暮らしています。彼女のふたりの娘が初めて口にした言葉も「ネコ」。ネコという動物に心底惚れ込んでいる人間なのでした。

ではありながら、そこはライターらしく、冷静な目も持ち合わせています。

著者はまず、イエネコ(飼い猫達の正式な生物種名)が、家畜でありながらどれほど野生を残しているかを強調します。イエネコの順応性の高さ、人間との関係、驚異的な繁殖力、そして、絶滅危惧種だらけのネコ科の中で唯一イエネコだけが、絶滅どころか大繁栄し続けている理由をさぐります。

ただし、人間との関係をうまく舵取りするにあたって、ネコはただ漫然と過ごしているわけではない。堂々と主導権を握っており、最初からずっとそうしてきた。イエネコは人間に買われるようになった動物のなかでは珍しく、飼われることを自ら「選んだ」と言われていて、幸運にも備わっている魅力的な外見と入念な鼓動によって、現在では私たちの家庭、大型のマットレス、人々の想像力そのものまで支配している。インターネットを席巻しているような最近の現象は、単にずっと続いている世界制覇の最新の勝利にすりず、その制覇に終わりはない。

page17-18

(私は著者意見とはちょっと違っていて、人間が”家畜化”に成功した動物はほぼ全種自ら人間に近づいてきたと考えているのですが。)

著者は、そもそも、人類が他の類人猿から分かれてホモサピエンスまで進化したのはネコ科のお陰だ、とまでいいます。まずネコ科に肉の味を覚えさせられ(ネコ科の残飯を食べたことから)、その後もネコ科との生存競争がヒトの脳を大きくし知恵をつけさせたのだ、と。

つまり、ネコ科がいてくれなかったら我々人類も地球に存在できなかった、と。にゃかにゃか意表を突かれるような、でもおそらく正しい注目点ではないでしょうか。

その後も著者は、人間がどれほど猫に操られ条件づけられ操作されているか、つぎつぎと例を挙げて証明していきます。いつだって、どこでだって、主導権は常にネコの方にあった!ヒトはネコの手のひら(肉球)の上で踊らされているだけ!人類はイエネコのいいなりになって、彼らを増やし、愛し、さらに増やし、さらに愛し、今やイエネコの数が増えすぎて、地上の他の多くの生命を脅かすほどになってしまいました。野生化したネコたちはもちろん、家庭内の愛らしいペットのネコでさえ、希少な鳥を殺したりします。人類がいくところどこにでもネコも帯同し、人が定住している地域はもちろん、すでに人類が去った孤島などでも、ネコだけは残されて大繁殖していたりします。いちど増えてしまったイエネコたちをその地から全滅させることは容易ではありません、人類の経験上、ほぼ不可能といってよいくらいです。

そう、今や、地球の覇者は人類とイエネコ、しかし人類はネコには勝てないのだから、イエネコこそが真の地球支配者?

トキソプラズマについてもかなりのページが割かれています。ネコを最終宿主とする寄生虫なのですが、生命力のたくましい奴で、哺乳類・鳥類など数百種の恒温動物を中間宿主とし、なんとかネコ科にたどり着こうとします。しかし、たとえばネズミにはいりこんだトキソプラズマがネコに移行するためには、そのネズミがネコに捕食されなければならない、が、ネズミは当然ネコを避けます。トキソプラズマはネズミの脳にはいりこみ、むしろネコに捕食されるように操作する・・・と、ここまでは動物実験等で判明していることなのですが。

ヒトもトキソプラズマの良い中間宿主なのです。しかも寄生率はきわめて高い。中には成人の70%以上も寄生されている国さえあります。医学も衛生観念も現代より劣っていた昔は、もっと高かっただろうことは容易に想像できます。

そして、トキソプラズマという虫は、宿主を大胆に、向う見ずにさせるらしい。

ということは、つまり、人類史にこれほどまでに戦争や紛争が多い一因はトキソプラズマ?ところで、技術といものは戦争のときに一番進歩するものであり、そしてトキソプラズマはネコによって伝播される、ということは戦争の黒幕も、技術進歩の立役者も、実はネコ・・・にゃは。

と、私のような超猫派には、めちゃくちゃ楽しい展開の本なのですが。

ゲッと思ってしまったのが、「第7章 次世代のネコたち」でした。

この章で、著者は、最近の純血種ネコたちや、新しい猫種を紹介しています。最初に登場するのはペルシャです。著者は、ペルシャのチャンピオン猫に、なんと(!)称賛を惜しみません。そのチャンピオン猫とは、こんな猫なのに。

デジ(その猫の名前)はおおまかに見て、かんぜんな円の連続でできている。球形の胴体、ドーム型の頭、一対の小さくて丸い耳、そしてふたつの円が並んだ目のあいだには、かなりの距離がある。(中略)横から見ると顔があまりにも平らかだから、まるでへこんでいるようだ。

page195-6

私がこの賛辞(?)を読んで思い浮かべる猫は。でかすぎる頭に、ぐりんと開かれた目からは目ヤニが出やすく、顔にめりこんだ鼻の呼吸はブヒブヒと苦しそうで、平らな口でウェットフードを食べれば口回りだけでなく毛むくらじゃらの顔中に食べカスがついてしまう、被毛は長すぎていくら舐めても毛玉ができ、お尻も排泄のたびに汚れ、フローリングの床ではすべりまくり、もし捨てられたら野良としては決して生き延びられない猫。つまり、私の目からみれば、本来のネコからはあまりにかけ離れた、可哀そうな「人造猫」。

私はウェブや雑誌等で、純血種のチャンピオンたちの写真を見ても、まったく魅力を感じません。魅力どころか、どの猫種もどんどんグロテスクにデフォルメされる一方で不気味、そんな猫達を憐れに感じるだけです。80年前のペルシャはもっとすっきりと通った鼻をもっていたのに、どうしてこんなにつぶしちゃったの?つぶれた鼻のどこが魅力的なの?同じく80年前のシャムはもっとしなやかで美しい体をしていたのに、どうして今のシャムはこんなに硬そうにとんがって、また病的に寄り目なの?ネコの柔らかさはどこに行ったの?

まして、病気を固定化させられた結果の姿だったり(スコティッシュフォールド等)、足が短かすぎたり(マンチカン等)、足だけでなく体までも縮小形だったり(ミヌエット等)、被毛がふつではなくすぐ皮膚病になったり(ライコイ等)、かとおもうと野生種と無理に混血させたり(サバンナ等)、どれも私にはキモチワルイだけ!(それらの猫達が、ではなく、そんな姿にして喜んでいる人間がキモチワルイ、という意味です。個々の猫達はどんな姿でもかわいいのですけれど)。

著者が大変な猫好きであることは明白なのに、どうしてブリーダーたちの暴走に対する警鐘があまりないのか、それが私には理解不能です。私には、現代の多くのブリーダーたちがやっていることは、ネコに対する冒瀆としか思えないんですけれど!!

と、著者にたいする不満も少々ありましたが、全体的にはとても面白く、一気読みした本でした。最終章では日本のハローキティまでとりあげられています。猫好きさんにはお勧めの一冊です。

タッカー『猫はこうして地球を征服した』

※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。

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目次(抜粋)

はじめに 地球の小さな征服者
・なぜネコを愛するのか/関係を舵取りする力/他

第1章 滅亡と繁栄
・イエネコとライオンの滅亡/超肉食動物(殺すか、死ぬか)/他

第2章 なついていても野生を残す
・長く奇妙な道のり/なぜ人間い近づいてきたのか/他

第3章 ネコに魔法をかけられて
・最も深い謎のひとつ/ネズミ退治には役立たない/他

第4章 エイリアンになったネコたち
・生態系を乗っ取る/ネコを家から出さないで/他

第5章 ネコから人間の脳へ感染する
・ライオンに食べられたい/トキソプラズマの世界的権威/他

第6章 人間はネコに手なずけられている
・本物のペットに変身するとき/ネコは健康によい影響を及ぼす?/他

第7章 次世代のネコたち
・最高傑作を作る/新たな血統/他

第8章 なぜインターネットで大人気なのか
・別の体に入り込む魂/最もバカげた創造的行為/ネコのミームが人気なわけ/他

謝辞

著者について

アビゲイル・タッカー Abigail Tucker

ライター。スミソニアン協会(スミソニアン博物館などの運営元)が発行する『スミソニアン』誌の記者。彼女の記事は、毎年、最も優れた科学読物を選ぶ「ベストアメリカン・サイエンス&ネイチャー・ライティング」に掲載された。また、コロンビア大学のマイク・バーガー賞、ナショナル・ヘッドライナー賞などを受賞。本書で多数の年間ベストブック・賞を獲得している。大の猫好き。

西田美緒子(にしだ みおこ)

翻訳家。訳書は、キャスリン・マコーリフ『心を操る寄生生物』、チャールズ・フォスター『動物になって生きてみた』、ペネロペ・ルイス『眠っているとき、脳では凄いことが起きている』、ジェンマ・エルウィン・ハリス編『世界一素朴な質問、宇宙位置美しい答え』など、多数。 (著者プロフィールは本著からの抜粋です。)

『猫はこうして地球を征服した』

人の脳からインターネット、生態系まで

  • 著:アビゲイル・タッカー Abigail Tucker
  • 訳:西田美緒子(にしだ みおこ)
  • 出版社:株式会社 インターシフト
  • 発行:2018年
  • NDC:645.6(家畜各論・犬、猫)猫
  • ISBN:9784772695589
  • 269ページ
  • 原書:”THe Lion uin the Living Room : How House Cats Tamed Us and Took Over the World” c2016
  • 登場ニャン物:チートー、他多数
  • 登場動物:-
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