朝井まかて『銀の猫』
江戸時代の介護事情。
あらすじ
お咲(さき)は25歳。一度嫁いだが、産みの母親が義父から勝手に作った借金を返しながら、介抱人の仕事をしている。介抱人は原則3日泊まり込みで老人の世話をする。昼も夜も目を離せない年寄りばかり。食事は勿論、下の世話も、汚れた襁褓を洗うのも介抱人の仕事だ。一瞬も気を抜けない3日の仕事を終えたあとは、からだは綿のように疲れて重い。
が、お咲にはもっと気の重いことがあった。毒親の佐和だ。
佐和は誰もがハッと振り向くほどの美貌で、四十を越えた今もその美しさは衰えることなく、しかし美しいだけで生活力ゼロ、家事力ゼロ、計画的にお金を使うこともできない。あまりに自堕落な性格ゆえ、何回も妾奉公に出ては帰された。
そんな厄介な佐和が、お咲の薄い両肩にベッタリと張り付いているのである。お咲は佐和を見るたびにいらだちを隠せない。「いなくなってくれればいい!」何度そうおもったことか。
そんなお咲の唯一の慰みは、義父からもらった銀の猫の根付だった。何かあるたび、挫けそうになるたび、お咲は懐の銀の猫を握りしめて、歯を食いしばる。
感想
江戸時代の設定ですが、高齢者の介護の描写は現代にもそのまんま通じるものです。年寄りといっても、その性格は様々。症状もさまざま。寝たきりですべてに他人の手が必要な人もいれば、老齢にもかかわらず元気に遊び回りすぎて家族がホトホト困るような人もいます。お咲は、それぞれの性格や症状、さらに、うしろに控える家族の事情に細かく配慮しながら、心を込めて介護します。
それだけでも精神をすり減らす仕事なのに、毒親・佐和の、ありえない行動の数々。
と書くと鬱々とした話ばかりのようですが、全体を読んだ印象はむしろ爽やか。老いの悲しさ、人間関係の難しさ、介護の辛さ、人間の黒い部分、全部書かれているのに、それらの間を涼やかな風が吹いています。どの作品も暖かな空気にほんわりと包まれていきます。
猫は、お咲のお守り「銀の猫の根付」のほか、本物の猫も出てきます。毒親の佐和は「ぽち」と名付けて自分の猫だと思っていますが、実は長屋を渡り歩いてあちこちで違う名前をもらって可愛がられているような猫です。
※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。
目次(抜粋)
- 銀の猫
- 福来雀(ふくらすずめ)
- 春蘭
- 半化粧(はんげしょう)
- 菊と秋刀魚
- 狸寝入り
- 今朝の春
- 解説 秋山香乃
著者について
朝井まかて(あさい まかて)
2008年『実さえ花さえ』(のちに『花競べ』に改題)で小説現代長編新人奨励賞を受賞。2014年『恋歌』で直木賞、『阿蘭陀西鶴』で織田作之助賞、2016年『眩(くらら)』で中山義秀文学賞、2017年『福袋』で舟橋聖一文学賞、2018年『雲上雲下』で注道央論文学賞を受賞。他の著書に『籔医 ふらここ堂』『残り者』『落陽』『最悪の将軍』『グッドバイ』『落花狼藉』など。
(著者プロフィールは本著からの抜粋です。)
『銀の猫』
- 著:朝井まかて(あさい まかて)
- 出版社:株式会社文藝春秋 文春文庫
- 発行:2020年
- NDC:913.6(日本文学)時代小説
- ISBN:9784167914554
- 355ページ
- 登場ニャン物:ぽち(たま)
- 登場動物:-