曲亭馬琴『南総里見八犬伝』其の四:その他、総論

南総里見八犬伝

『南総里見八犬伝』について。

『南総里見八犬伝』(なんそうさとみはっけんでん、旧字体:南總里見八犬傳)が執筆されたのは、文化11年(1814年)~天保13年(1842年)、制作年数28年という、大長編伝奇小説です。九輯九十八巻106冊に分けられていますが、最後の九輯はめちゃくちゃ長く、巻構成も複雑になっています。これは馬琴が陰陽道の「陽」の究極の数字「九」にこだわったからと言われています。どうしても「九輯」で終わりたかったんですね。だから最後を伸ばしに伸ばした?(笑)

『八犬伝』のテーマは「勧善懲悪」と「因果応報」、それを色濃く「儒教」でベタベタと塗り固めたような内容となっています。そして、私個人的には、この『八犬伝』こそ、お江戸一般庶民の儒教理解の教科書となったのではないかと想像しています。

なぜなら私も一応、儒教の経典といわれる四書(「大学」「論語」「孟子」「中庸」)くらいはひととおり読んでいるからです(もちろん訳注現代語つきで)。そして思ったのです。これは江戸時代の一般庶民が読みこなせた書物じゃないな、と。当時は検索どころか、辞書すら一般化していなかった時代なのですからね。

それに対し、『八犬伝』は百倍も面白い!しかも内容はゴリゴリに儒教的!私に言わせれば『孟子』よりもっと高尚な理念を語っているんじゃないかなんて部分も多いんですよ。

南総里見八犬伝
岩波文庫版。原文だけで口語訳はついていませんが、丁寧な脚注があります。私はこれで読みました。

曲亭馬琴(1767-1848年)とは

以下、「広辞苑」より。

江戸後期の劇作者。本名、滝沢興国(たきざわおきくに)、のち解(とく)。別号は蓑笠(さりつ)・漁隠・著作堂主人など。江戸深川の生れ。山東京伝に師事し、1791年(寛政三)黄表紙「尽用而二分狂言(つかいはたしてにぶきょうげん)」を発表。以後、勧善懲悪を標榜、雅俗折衷の分をもって合巻(ごうかん)・読本(よみほん)を続々発表。代表作「椿説(ちんせつ)弓張月」「俊寛僧都島物語」「南総里見八犬伝」「近世説美少年録」など。

馬琴は、日本で初めて執筆だけで生活した作家と言われています。「滝沢馬琴」と呼ばれることも多いですが、それは本名滝沢興国との混同だそうです。馬琴自身は、「滝沢馬琴」と称したことはないそうです。

南総里見八犬伝 曲亭馬琴

馬琴は犬派?猫派?

『南総里見八犬伝』は、タイトルからして「犬」。そして本作品中では、”犬”は常に猫に勝っています。まず、犬の与四郎が猫の紀二郎をかみ殺します。つぎに犬飼現八と犬村大角が、赤岩一角に化けていた山猫を殺します。つぎに犬江新兵衛が絵から抜け出た大虎を退治します。また、八犬士の中で唯一、かなり猫っぽい性格の犬坂毛野も、八犬士と交友しているうちにすっかり馴染んで、老後は八犬士とともに群れ生活に入ります(八人一緒に富山にこもって仙人になります)。

また、こんな文もあります。

一犬当尸。
鼠俗不能進矣。
犬乎犬乎。
勝於猫児以虎。  

ぬばたまの夜をもる犬は猫ならで
 あたまのくろきねずみはばかる      

?斎閑人狂題 ※?=「賴」の下に「鳥」の字

第四輯 ISBN:9784003022429 p194

【管理人による意訳】
一匹の犬が門を守っている。
鼠俗(=コソ泥)は進むことができない。
犬や、犬や。
虎に似た猫に勝っている。
 暗い夜を守るのは猫ではなく犬、
 頭の黒いねずみ(=泥棒)も憚る

と、こう見てきますと、馬琴は典型的な犬派みたいに見えるのですが。

『八犬伝』を読んでいて、違和感を感じたんです。紀二郎が出てくる場面です。

『八犬伝』は武士、それもガチガチな義士たちの物語です。たとえば同時期の作家十返舎一九(じっぺんしゃいっく、1765-1831年)の『東海道中膝栗毛』の文体と比べても、『八犬伝』はかなり固く、馬琴はずっとしかめっ面で書いていたんじゃないかと想像してしまいます。

そんな中、馬琴の文章が一瞬よろめくというか、ここだけはニヤッと笑顔で書いたんじゃないかと思われる個所があるんです。それが、猫の紀二郎を蟇六亀篠夫婦(と娘浜路)が愛でる場面です。そのすぐ後、紀二郎は犬に追われかみ殺されてしまいますが、その描写は長々と詳しく、愛猫を失った蟇六亀篠夫婦の歎き様も並大抵ではありません。

そう、「たかが猫一匹」という扱いではないんです。もちろん、その後、蟇六亀篠夫婦は紀二郎殺害を利用して悪巧みを重ねるのですが、それにしても随分手厚く扱っている印象があります。犬の八房・与四郎、馬の青海波・走帆の方が、作品や武士の関係上もっと重要な役どころのはずだと思うのですが、猫の紀二郎、もしかしたら彼らよりきめ細やかに描かれている?

さっそく調べてみました。

なんと馬琴は大の猫好きさんでした!

馬琴の日記に、何匹もの猫を保護したり里親募集したりしている様子が書かれているそうです。子猫を里親に渡す時も、鰹節など食べ物を持たせたり、紋縮緬の首玉をつけて送り出し、譲渡後のフォローも行っています。そういえば紀二郎も紅いリボンをつけていましたね。猫好きならではの細やかな描写ですね。

ほかに『猫奴牝忠義合奏』(曲亭馬琴作、歌川豊国画)なんて作品もあります。「ねこのつま ちゅうぎのつれびき」と読むそうです。

また、愛鳥家としても知られていました。多数の種類の鳥たちを多数飼育し、鳥図鑑『禽鏡』=渥美赫洲(あつみかくしゅう)画・馬琴注釈=でまで作っちゃったくらい。

馬琴、堅苦しいだけの爺さんじゃなかった♪(馬琴様、ごめんなさい)。

残念ながら、馬琴の日記も「猫の妻」もまだ入手できていません。でもきっといつかは!

南総里見八犬伝
めちゃくちゃお世話になった一冊。ISBN978-4-7753-0508-9

『八犬伝』登場人物寸評

長~~~い『八犬伝』。八犬士全員が揃うまでと、直後の新兵衛の妖虎退治は面白いけど、その後は戦闘の描写や、長々しい説明文が多く、私には面白さ半減。八犬士の活躍で里見軍が大勝利したところで本文を終わらせ、あとは簡単に締めくくってくれただけでよかったのになあ、と思ってしまいます。

それにしても、後半の主人公の犬江新兵衛。あまりに作られすぎていて人物としての魅力も薄いように感じてしまいました。たしかに「仁」の玉を持っているだけあって、人は殺さないばかりか、死んだ敵さえ秘薬で生き返らせる慈悲の人物。ほかの犬士たちが平気で人をぶった切ってしまうのとは、明らかな差があります。が、神童すぎて、ここまでくるとキモチワルイ。新兵衛の幻虎退治だけは面白いけど、それ以外は「どうせスバラシイんでしょ」って醒めちゃう。霊玉だの秘薬だの伏姫の霊だのに守られすぎていて、あまりに不公平感みたいなものもあるし。そもそも、わずか9歳でしょ?いくら「奇童(くしわらべ)」だとはいえ、無理ありすぎでは?

八犬士のうち、私が人物として一番興味深く思ったのは、犬坂毛野でした。一番の知恵者で誰よりも頭が切れ、孤を好み決して他人を頼らず、身のこなしは軽業師のよう、顔は女と見紛うばかりに美しく女装すれば男たちはたちまちなびく、でありながら、単身敵の城に乗り込んで大暴れする胆力の持ち主。終盤では軍師として、その才能を大いに発揮します。

そんな毛野と対象的な犬士が、犬田小文吾です。力頼みの元力士、性格は素直で単純、奢らず出しゃばらず、いざというときは頼りになる巨漢。物語の途中で著者の馬琴が、小文吾が普通サイズの男に描かれている挿絵があるが間違っていると不満を漏らしているのが面白いです。初めの方で、旦開野(あさけの)という美少女が、実は女装した毛野とは知らずに求婚してしまう初心な男でもあります。

私が個人的に嫌いなのは犬村大角です。妻の雛衣が目の前で自殺するのをただ見ていた男ですから。彼がその後、何をしようと、どれほど活躍しようと、私はこの男だけは許せません。

一方、女性たち。

伏姫、浜路、雛衣がヒロイン的立場にいます。が、全員、婚約者や夫が原因で十代で死んでしまいます。伏姫は金鞠大輔孝徳(後の「丶大(ちゅだい)」法師)に誤射されて死にますが、彼は、もし姫が犬の八房に横恋慕されなければ本来の結婚相手でした。浜路は許嫁の犬塚信乃に置き去りにされた後に殺害され、雛衣は犬村大角の目の前で自殺します。3人とも一途で真っすぐで純情で、そして、岩より固い信念の持ち主。現代では考えられないタイプ?物語としては面白いけど、今の日本にはまずいないなあ。

全編を通して一番カッコイイ女性は音音(おとね)だと思いました。精神的に強いだけでなく、武力も男勝り。それでいて愛情深く、忠義の塊みたいな女性です。物語の後半では、すでに60代で当時としては老人なのに、スパイとして敵地に女3人で乗り込み大活躍する豪胆ぶりもみせませす。

悲劇のヒロイン達より目立っているのが、悪女たちでしょう。中でも船虫!あのしぶとさ、たくましさ、執念、もう圧巻です。もし私が女優なら、伏姫より浜路より、一番挑戦してみたい役ですね。

現代語で読みたい方におすすめ。原文はついていません。

『八犬伝』に出てくる動物達まとめ

紀二郎(きじろう)=猫

蟇六(ひきろく)と亀篠(かめざさ)夫婦の飼い猫、雄。信乃の愛犬与四郎の評判が良いことをねたんで、夫婦が対抗して飼い始めるが、その与四郎にかみ殺されてしまう。

山猫(化け猫)

犬村大角礼儀(角太郎)の父親である赤岩一角武遠(あかいわいっかくたけとお)を殺して彼になりすまし、稀代の悪女・船虫と夫婦になる。犬飼現八に左目を射貫かれ、その傷を癒すために角太郎の妻・雛衣の胎児を欲し死なせる。

巨勢金岡が描いた無瞳子(ひとみなし)の虎の画軸に、瞳子を描き入れたら、命を得て白額斑毛の大虎となって飛び出し、人を食い散らした。後に犬江新兵衛に両目を射抜かれ、画の中に戻る。

八房=犬

母犬は狼にかみ殺されるが、ひとり残された子犬は、雌狸のお乳をもらってすくすくと育った。白い地に黒がまざって、首と尾に八か所のブチ模様があることから「八房」と名付けられる。骨太く、目鋭く、普通の犬の倍の大きさに成長。耳は垂れ、尾はきりりと巻いていたという。後に人間の伏姫に懸想し、伏姫をもらう交換条件に敵大将の首を嚙み切って持ち帰り、里見軍を勝利に導く。その後、伏姫と2年間山に籠り、畜生ながら菩提心を得て悟りを開くが、金碗大輔に撃ち殺されてしまう。

与四郎(四白)=犬

番作の妻・手束(たつか)が、神女(八房にまたがった伏姫)に出会った日に拾った子犬。信乃とともに大きく強く賢い犬に育つ。蟇六・亀篠夫婦の猫、紀二郎をかみ殺したことから、与四郎自身も殺され、さらに番作切腹の因を作る。梅の木の下に埋められるが、その後、その梅に不思議が出現する。

青海波(せいかいは)=馬

最年少の犬士、新兵衛(犬江新兵衛仁 いぬえしんべえまさし)が賜った名馬。

走帆(はしりほ)=馬

犬江新兵衛が妖虎退治に政元から賜った馬。

政木(まさき)=狐

昔、人間に情をかけられたことを感謝し、化けて人間の子を乳母として育てたり、人間に善を施しつづけ、神通力や天眼通を得た。ついに千人を助けた後、狐竜となって昇天する。

毒婦・玉梓の悪霊がついてぬけず30年、やがて妙椿という女性に化ける。

牛相撲の牛たち

犬田小文吾が横綱級の暴れ牛を制す。

子猿

扇谷定正(あうぎがやつさだまさ)の内室・蟹目上(かなめのうへ)のペット。逃げ出して大樹の上で動けなくなったところを、犬阪毛野がするすると登って助け降ろす。

赤牛

鬼四郎という百姓の飼牛。犬士達にとらわれた悪女船虫を突き殺す。

「猫」という字が出てくる文の抜粋。

いずれも、「猫」という字がでているというだけで、猫が活躍するとかではありません。

第四輯 ISBN:9784003022429 page194

一犬当尸。
鼠俗不能進矣。
犬乎犬乎。
勝於猫児以虎。
 ぬばたまの夜をもる犬は猫ならで
 あたまのくろきねずみはばかる
     ?斎閑人狂題
(※?=「賴」の下に「鳥」の字)

第五輯 巻之四 第四十八回 ISBN:97840030224369 page163

譬(たとえ)ば宿の<b>畜猫(かひねこ)</b>が、他(あだ)し牡猫と尾(とつ)ぎつつ、産みたる子猫は母に隷(つき)て、その父はなきが如し。

第六輯 巻之四 第五十七回 ISBN:97840030224369 page319

(前略)あるじ親子主従は、泥の如くに酔(えは)ざるものなく、或(ある)は臥房(ふしど)に倰僜(よろめ)き入り、或は処々に倒たる、鼾睡(いびき)の音は牝(つま)を争ふ、<b>田野猫(のらねこ)</b>よりもかしがましく、前後も知らず臥したりける。

第七輯 巻之二 第六十七回 ISBN:9784003022443 page105

そが中に大角は、里の飼猫なンどはさらない、土もて作れる猫を見ても、旧怨(きうゑん)忽地(たちまち)胸に浮みて、亡親の為に物をいむこと、勝母に車を返せしが如し。

第八輯 巻之八下套 第九十回 ISBN:4003022459 page170

そは宣(のたまは)すことながら、猫か鼠であるならば、目に掛ざることもありなん。最(いと)大きなる牛の、牽(ひか)れてここへ来たらんに、誰か目外し侍るべき。

第九輯 巻之三 下套 第九十六回 ISBN:4003022459 page306

或いは猫児(ねこ)の鮮介(さかな)を偸(ぬす)み、或は慈鳥(からす)の柿葺(こけら)を破るを、耳いと聡くきき着(つけ)て、慌しく人を喚(よ)ぶ、念仏者流は、皆是なり。

第九輯 巻之八 第百七回 ISBN:9784003022467 page96

(前略)肝裏(はらのうち)には冷笑(あざわらひ)て、「只今何ともいはばいへ、主君対面の折にこそ、猫児(ねこ)に逢たる鼠の像(ごと)く、頭(かうべ)をもたげ得ざらんい。」と呟きながら聞かぬ貌(かほ)して(後略)

第九輯 巻之八 第百九回 ISBN:9784003022467 page142

(前略)謀(はか)りし事の画餅(あだ)になりて、林を逐(おは)れし山の群猿、主に棄られし路の雛猫(こねこ)に、似たかんくを云云(かにかく)と、告るを妙椿(みょうちん)聞あへず、(後略)

第九輯 巻之八 第百十一回 ISBN:9784003022467 page189

(前略)今日は四月朔(うつきついたち)なれば、月を得がたくて不便なり。然るをみかたの土卒らが、烏夜(やみ)にも眼(まなこ)明(あきらか)ならば、猫児の鼠を捕るにも勝りて、敵を撃つに自由なるべし。

第九輯 巻之三十三 第百十五回 ISBN:9784003022498 page46

犬村は、玉返しにて、山猫を対治(たいぢ)して、親の怨を復(かへ)しし後は、いまだ目覚しきはたらきを見ず。ここをもて人大かたは、只文学礼譲の、人とのみ思ふも多からん。

第九輯 巻之四十一 第百六十七回 ISBN:9784003022498 page353

(前略)是だに得がたき幸ひなるに、又思ひかけざりし、京師(みやこ)より犬江新兵衛が、折よくこの地へかへり来て、然(さ)しも勍敵(きょうてき)景春(かげはる)を、伐敗(うちやぶり)走らせしは、是(これ)十二分の御利運に候はずや。然(さ)るを飽ず思食(おぼしめし)て、漫(そぞろ)に逃ぐるをおひ給はば、窮狗児(きゅうみょういぬ)を爪破(かきやぶ)る、害なからずや、量りかたかり。

「ねこや」とは

長い『八犬伝』も最後の方で、2~3回「根小屋(ねこや)」という言葉が出てきます。

猫みたいな名前ですが、残念ながら猫とは関係ありません。

「根小屋」は「根古屋」とも書き、「ねこや・ねごや」と読みます。『広辞苑 第六版』(岩波書店)によりますと、「山上に城のある城下町。」。城や寺院・神社などがある山の麓=根っこの処に位置する集落や(武士等の)居住地を指す言葉です。現在でも日本の各地、特に関東に「根小屋/根古屋/(根古谷)」等の地名が残されています。

「(前略)大全は逆旅(たびぢ)の疲労(つかれ)もあらん、根小屋へ退(まか)りて休息せよ」とて、其(そ)が儘(まま)身の暇を賜りて、この日の余談は果(はて)にけり。 第九輯 巻之五十二 第百八十勝回中編 ISBN:9784003022504 page260

※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。

短く1冊にまとめられて、だれでも読みやすくなっています。

『南総里見八犬伝』

  • 著:曲亭馬琴(きょくていばきん)
  • 制作:文化11年(1814年)~天保13年(1842年)
  • NDC:913.5(日本文学)長編小説
  • 登場ニャン物:紀二郎、山猫(化け猫)、画に描かれた虎
  • 登場動物:犬(八房、与四郎)、龍、狐、牛、狸、馬、猪、貒(「まみ」と読み、正体不明。穴熊・狸・鼬・ムササビのいずれかあるいはそれらのミックス)、ほか

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