曲亭馬琴『南総里見八犬伝』其の二:人に化けた山猫

南総里見八犬伝

数百年も生きてきたというヤマネコ。

犬飼現八は、下野庚申山に恐ろしい野猫(やまねこ)が住んでいることを知らされます。が、武勇に自信のある現八は、かまわずに山に登ります。

山中でひと晩をあかす現八のまえに、それは現れました。虎のような頭に、不気味に光る両眼、口は左右の耳まで裂けて鮮血よりも赤く、剣のように巨大な牙は真っ白、髭はまるで柳の木、そんな化け物が、枯れ木のような外見の馬にまたがって現れたのです。

現八は恐れず慌てず、弓矢で野猫の左目を射貫き、野猫は手下ともども逃げ去ります。その後、現八は赤岩一角の亡霊に遭遇し、野猫が彼を殺し彼になりすまして悪女船虫と夫婦になり、一人息子の角太郎(後の犬村大角)を冷遇していると聞かされます。実は偽一角は角太郎をも殺そうとしたのですが、伏姫の霊珠を持つ角太郎は殺せなかったのです。

現八は下山して、その足で角太郎宅を訪れますが(この時はまだお互い犬士であることを知りません)、そのとき雛衣(ひなきぬ)という、お腹の大きな女性も訪れてきました。彼女は角太郎の元妻ですが、角太郎と一緒にいるはずのない期間に妊娠、不貞疑惑をかけられて角太郎に離縁されたのでした。しかし彼女は断じて不倫はしていないと、愛する角太郎に直訴に来たのです。

角太郎の門の外で、雛菊は切々と訴えます。柴垣の裏に隠れて聞いてしまった現八でさえ涙するほどに、心の限りを。それでも角太郎は返事ひとつしません。

そこへ、角太郎の父親赤岩一角と、継母の船虫が訪ねてきます。ふたりは角太郎と雛衣をその場で再婚させ、その直後、親孝行したいなら老父一角の左目の怪我を治すために、雛衣の腹を裂いて胎児の生き肝をよこせと詰め寄ります。あまりの要求にさすがの角太郎も断りますが、雛衣は彼らの目の前で自らの腹を割って自殺してしまいます。

雛衣のお腹から飛び出したのは、八犬士の霊珠のひとつ、角太郎の「礼」の珠でした。雛衣は妊娠していたのではなく、この珠を飲み込んでいたのでお腹が大きくなっていたのでした。

珠は赤岩一角を直撃し、山猫の姿に戻ってしまいます。角太郎はやっと、自分が長年父親だと信じていたものが実は山猫だったと気づき、山猫を殺します。悪女船虫は逃げてしまいました。

一部始終を物陰からみていた現八は、飛び出して感動を伝え、そして角太郎も犬士の一人であることが知られるのでした。

南総里見八犬伝
野猫が住処としていた山

って、

なんだよ角太郎!って、思いませんか?

馬琴はこれを、孝行夫婦の感動話みたいに書いているのですが、・・・私に言わせれば、角太郎、全然ダメ男じゃん!!何年も実父と山猫を見分けられず、パパ・ママ(継母だけど)のいうとおりに離婚したり再婚したり、雛衣が目の前で腹を切るのも止めないし。妻の死体の前で男同士の仲間が出来たなんて喜んでいるんじゃねえよ。雛衣が死んだあとで、不倫していないことは知ってたよなんて言ったって遅すぎ。愛する女ひとり守れない(守ろうとしない)男が、人格者扱いされるなんて冗談にもホドがある!と、現代人の私は憤るのであります。

しかし驚いたことに、雛衣の割腹は称賛されされることが多いようなんです。つまり、雛衣は自ら死ぬことにより、夫が親の要望」に沿わない「親不幸息子」となることを防ぎ、さらに自らの潔白も証明した、まさにあっぱれな女という解釈です。すくなくとも馬琴はそのつもりで書いたと思われます。

でも、女の私にはとてもそうは思えませんでした。

雛衣が自殺したのは、夫に心底失望したからじゃないんですか?親の顔色ばかり伺って、妻の自分を少しも守ってくれない夫。妻を殺せなんて無茶を言われても、ろくに反論もできない夫。雛衣は、自分のお腹に刃を突き立てようとしたとき、きっと内心では、夫がとびついて止めてくれることを願っていたのだろうと思います。角太郎は親と絶縁して雛衣と駆け落ちすべきでした。

また、ある意味、角太郎自身も父親の一角を裏切っています。一角はかつては人徳者として村人に慕われていました。その一角が、こともあろうに、老いた自分の片目を治すために、我が息子に妻子を殺せと?ありえないでしょう!

本来なら、その時点で、おおいに疑うべきだったんです。なのに疑わなかった。それはすなわち、角太郎は、父の一角を、そんなことを言い出しても不思議でない人物と見下していたことになります。本物の一角はほんのちょっとしか出てきませんけれど、清廉潔白な義士であることがよくわかります。角太郎、父親に対して、あまりに失礼じゃないでしょうか。

と、以上が令和のおばさんの正直な感想であります。

猫
うちの虎太郎

山猫の様子などの原文

以下、赤岩一角に化けた山猫(野猫)の姿などを描写している部分を書き出します。

第六輯 巻之五上冊 第五十九回 ISBN:97840030224369 page366

(前略)件(くだん)の山路はいと険しく、且(かつ)谷川に渡しかけたる、自然の石橋虹の如く、苔滑らかにして進みがたし、と故老の口碑に伝へたり。しょかのみならず、彼(かの)山中には、木精(こだま)あり。或いはいふ、是数百載歴(これすうひゃうさいふ)る野猫(やまねこ)なり。その猛きこと虎の如く、その変化測るべからず、もし謬(あやまっ)て山中に、迷ひ入るものあるときは、忽地(たちまち)引裂(ひきさき)啖(くら)ふといへり。

第六輯 巻之五上冊 第六十回 ISBN:97840030224369 page383~

さる程にう件(くだん)の火は、近づく随(まま)に大きうなりて、そがあたりをてらすこと、炬(たいまつ)に異ならず。既にしてその間、四五反ばかりになるまでに、現八(げんぱち)はなほよく見んとて、瞬(またたき)もせでありけるに、怪しむべしその火の光は、地狗(ちく=キツネ)・天狗の所為(わざ)にはあらで、えもしれぬ妖怪の、両眼(ふたつのまなこ)の燐(ひか)るなり。且(ま)づその模様を譬ていはば、面(つら)は暴たる虎の如く、口は左右の耳まで裂(さけ)て、鮮血(ちしほ)を盛れる盆より赤く、又その牙は真白にして、剣を倒(さかさま)に栽(うへ)たる如く、幾千根の長き髯(ひげ)は、雪に閉たる柳を横偑(よこたへ)て、騂駒(くりげのこま)に跨(のり)たるが、その馬も亦異形にして、全身(みのうち)すべて枯木の如く、処々に苔生(こけむし)て、四足は樹枝(きのえだ)なるべく、そのとは芒(すすき)の生たるなり。

第六輯 巻之五下冊 第六十回 ISBN:97840030224369 page389

「話(かた)るも苦しい過去(すぎこし)かたを、かき数れば十七年、いと長々しき言(こと)なるを、心静(こころしずか)に聞給へ。さきに和殿(わどの)が射て落しつる、妖怪はこの高峰なる、胎内くぐりの辺(ほとり)に棲(すめ)りし、野猫(やまねこ)の化たるなり。かれ既に幾百歳の、星霜を歴(ふ)る随(まま)に、大きなることことひに等しく、猛きこと虎に似たり。神通自由なるをもて、この処の山神、土地(とちのかみ)を奴僕(ぬぼく)の如く、役使(かりつか)はずといふことなし。されでも木精(すだま)・年老獣(としふるけだもの)まみ貂(てん)なンどの類(たぐひ)まで、相従ふてかれに媚ぶ。今宵彼奴が乗たる馬は、是千載(これせんさい)の木精にて、老樹の精の化たるなり。又彼両箇(またかのふたり)の従者と見えしは、所云(いはゆる)山神と土地(とちのかみ)なり。さるにより野猫(やまねこ)が、射られて馬より墜たるをり、仇(あた)を索(たづぬ)る意(こころ)なく、慌忙(あわてふため)き野猫(やまねこ)を、方にかけつつ逃亡(にげうせ)たり。おもふに件の両神は、神通かれに敵しがたくて、年来(としごろ)使役せらるれども、真実帰伏せしものならば、手を負ふたるを幸にして、資(たす)けて宿所に還れるのみ。

第七輯 巻之二 第六十五回 ISBN:9784003022443 page76

「(前略)丑三つにやと思ふ比(ころ)、東のかたより忽然(こちねん)と、怪しきものの近づき来つ。その本体を見ん為に、弓や手挟(てばさ)み老(ふり)たる待つに、よじ登りつつ窺へば、その面(つら)猫に類せる異人、野装束して馬に乗たる、その馬も亦異形にして、自然木の木馬の如し。左右に従う両箇の従者、いづれも夜叉に似たりけり。彼(かの)馬上なる怪物の、眼(まなこ)光りて四下(あたり)を照らせば、某(それがし)これに便(たより)を得て、弓に矢つがふてひき固め、ひょうと発てばあやまたず、彼化け物の大賞の、左の眼に丁と立つ。(後略)」

第七輯 巻之二 第六十五回 ISBN:9784003022443 page81

これらによりて又思ふに、縁連(よりつら)が携来つる短刀は、柄も鞘も木天蓼(わたたび)にてありしかば、仮(にせ)一角(いっかく)が窃略(ぬすみとり)て、薬剤に用ひながら、某(それがし)を賊とししひたり。木天蓼はなべても猫の、よく好むものにして、薄荷・銅杓子の粉とともに、究めてこれ妙薬なり。然るを医師(くすし)の云云(しかしか)と、いほしといへるは虚言ならん。但(ただ)山猫と唱るものは、又是一種の妖獣(えうじょう)にて、人家の猫と同じからず。その小大(おほきさ)犬に等しく、猛きこと虎に似たり。深山にはまれにこれあり。好みて人家の小児を窃(ぬす)みて、くらふことありとなん。況(まいて)数百歳を歴たらんものの、通力変化さこそありけめ。

第七輯 巻之二 第六十六回 ISBN:9784003022443 page86~

物の響と恩愛の、その気や自然に通じけん、死せしと見えたる仮(にせ)一角(いっかく)は、忽地(たちまち)うめく声震動して、障子紙戸(しょうじふすま)も裂くるが如く、双手(もろて)を張って身を起せば、はじめに異なる奇怪の相貌。既に年老る山猫の、形体(すがた)を露(あらは)す面部の斑毛(まだらげ)、眼の光は百錬の、鏡を並掛たる如く、髟然(ひうねん)として長く鋭き、髯は宛(さながら)雪を串く、枯野の芒(すすき)に異ならず。耳まで裂けて凄まじき、口は血を装(も)る盆に似て、牙を鳴らし爪を張り、四下(あたり)を疾視(にらん)で吻(つ)く息は、狭霧となりて朦朧たる、庵の中は雲にう入る、月下の宿か、と疑はる。
(中略)
と山猫は、飛鳥のごとくとびめぐるを、現八(げんぱち)戸口に立塞りて、初太刀を譲る勇士の進退(かけひき)、頻りに進む角太郎は、是首(ここ)に追詰(おいつめ)彼首(かしこ)に攻つけ、撃閃かす刃に怯まぬ、妖怪ますますたけり狂ふて、窓の格子に爪うち懸け、脱れ去らんとする処を、丁と撃たる角太郎が、手練の刀尖(きっさき)あやまたらず、さしも猛かる山猫は、腰の髎(つがひ)をきり放されて、臀居(しりゐ)にだうと転(ふし)まろぶを、「得たり」と刀をとり直し、登しかかつてのんどのあたりを、鍔も徹れ、といくたびとなく、刺貫きてぞ山猫は、やうやくに息絶にける。

第七輯 巻之三 第六十七回 ISBN:9784003022443 page106~107

曲亭主人曰(きょくていしゅじんいはく)、唐国(からくに)似て山猫(さんめう)と唱るものは、即(すなはち)虎の事なり。皇国(みくに)の俗(ひと)の所云(いはゆる)、山猫(やまねこ)は猫なり。或(あるひ)はいふ。人家の猫逃て、山林に入て返らざるもの、鳥鼠を食としてみづから養ふ。年を歴(へ)て、形巨大に至れば、人の家を張(うかがふ)て、小児を捕り啖(くら)ふことあり。これを俗(よ)に山猫といるなり。或(あるひ)はいふ。山猫は一種の妖獣(えうじふ)なり。その小大(おほきさ)狗の如く、猛きこと虎に似たりとぞ、いまだ孰(いづれ)か信(まこと)なるを知らず。嘗(かつて)海東風土記、及(また)八丈筆記を閲(けみ()せしに、山猫は八丈なるしま山にあり。この他、辺境の深山には、稀(まれ)にこれありといふ。むかし慶長・寛永年の間、いづれの州(くに)にか有けん。山猫を猟出(かりいだ)せし事ありけり。この風声(ふうぶん)、都下(とか)の人口に膾炙(くわいしゃ)せしかば、世に山猫儛師(まはし)というもの出来にけり。こは傀儡師(くぐつまはし)に似たるものにて、多くは乞者(かたゐ)の所為(わざ)なるが、今は絶えたり。又絵草子にも、当時山猫物語、猫又づくしなンどといふ、小児のもて好物(あそびもお)多く出たり。これらの草子は、今まれに伝ふ。近會予(ちかごろよ)、写山楼(しゃさんろう)にて、明画の猫を見たり。その猫の相貌(つらだましひ)、人家の猫と同じからず。尤凶悪にして、仰て飛鳥を窺ふものの如し。その紙中は青璧蒼岩(せいへきさうがん)を画るのみ。よくこの猫に、名字を定むるもののあることなし。予これを観(み)て、こは山猫ならんといひにき。かかれば唐山(からくに)にも、一種の山猫てふもののあるなるべし。いまだ具(つぶさ)に、筆に載たるものの見ざるのみ。又按(あん)ずるに、虎と猫とはその形状相似て、その気を同くす。虎の人をかけて、撲殺せしとき、速にこれを啖(くら)はず。死人の上を跳(おどり)こえて疾視(にらむ)ときは、その死人おのづから立て帯を解き、衣(きぬ)を脱(ぬぎ)て又倒る。ここに於て、虎その赤裸になりしを見て、初めてこれを啖(くら)ふといいぇり。猫も亦死人のうへを跳(おどり)こゆれば、その死人立て徘徊す。一トたび水を飲むときは、力よく百人ンに敵す。この時、棕梠箒(しゅろははき)をもて打ときは、その人又倒るといへり。是に由(より)て彼を思へば、虎と猫とただその形状の相似たるのみならず、亦よくその気を同じうするものなり。人家の老猫(ふるねこ)化てその家の老母となり。或は食事を人に見せず、或いは窃(ひそか)に、行燈(あんどん)の油を舐れるなンどといふ物語はことふりにたり。山猫の怪談は、聊(いさかか)等類を遁れたるのみ。〔唐山にて所云、金華の猫王、つれづれ草にいへる、連歌師何阿弥がおそれたるねこまたも、亦是山猫のたぐひなるべし。〕

※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。

著者について

曲亭馬琴(きょくてい ばきん)

明和4年6月9日(1767年7月4日)~ 嘉永元年11月6日(1848年12月1日)。しばしば「滝沢馬琴」とも呼ばれるが、「滝沢」は本名「滝沢與邦(たきざわ おきくに、旧字体:瀧澤興邦)」の名字である、本人が自称したペンネームは常に「曲亭馬琴」の方だったそうだ。 『南総里見八犬伝』は、文化11年(1814年)から天保13年(1842年)まで、28年もかけて書き上げた超大作。天保12(1841)年頃には馬琴は完全に失明、その後は口述筆記で創作を続けたという。『八犬伝』の二大テーマは「勧善懲悪」と「因果応報」。内容的には儒教の影響が大きい。

『南総里見八犬伝』

  • 著:曲亭馬琴(きょくていばきん)
  • 制作:文化11年(1814年)~天保13年(1842年)
  • NDC:913.5(日本文学)長編小説
  • 登場ニャン物:紀二郎、山猫(化け猫)、画に描かれた虎
  • 登場動物:犬(八房、与四郎)、龍、狐、牛、狸、馬、猪、貒(「まみ」と読み、正体不明。穴熊・狸・鼬・ムササビのいずれかあるいはそれらのミックス)、ほか

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