増井光子『動物が好きだから』

動物とともに一生を暮らした、元動物園園長。
2010年7月13日、増井光子さんが、英国の病院で死去された。享年73歳。まだまだ活躍できる方、日本が必要とされている方だっただけに、とても残念だ。
増井さんは、女性獣医師の草分けであり、元上野動物園園長である。国内初のパンダの人工授精に成功し話題を呼んだ。その後、母校の麻布大学客員教授や、よこはま動物園ズーラシア園長、兵庫県立コウノトリの郷公園園長(非常勤)なども歴任された。途方もない優しさの中にとんでもないバイタリティを秘めた、実に魅力的な方だった。
訃報に接して、ふと未読の本棚に増井さんの本が1冊積んだままであることを思い出した。
読んで、あっと思った。次のくだりである。増井さんは、麻布獣医科大学(現・麻布大学)獣医学部卒で、在学中は馬術部に所属していた。
一方、乗る方はといえば、生来のぶきっちょが災いして少しも上達せず、もっぱら落馬の技術にたけることとなり、私の特技の一つに数えられますが、(以下略)
page16
その後、還暦でエンデュランス競技の日本代表になるほど、馬と深い付き合いを続けられた増井さんだったが・・・その馬が、増井さんの死因ともなったのである。英国での馬術大会競技中に落馬されたのだった。
この本は、増井さんの生活風景や感じたことが書かれたエッセイ集であり、動物学的要素はほとんど無い。だから、動物園園長ならではの観察録や生態学を期待する人にはまったくお勧め出来ないが、増井さんという人物や、動物園関係者の思い、また今後の動物園および動物保護のありかたについて興味のある人には、とても興味深い本となっている。また、ひとりの女として、それ以上に一人の人間として、脇目もふらずに力強く、かつ、おおいに楽しみながら、自分の道をひたすら突き進む著者の姿勢に、人生の先輩としてのお手本を見いだす人も、多いのではないだろうか。
増井さんにこれほどまでに愛された動物達は幸せだったけど、一番幸せだったのは、おそらく、無限大に愛せた増井さんの方だったろう。そして・・・増井さんの死は、日本にとっては喪失だけれども、落馬が原因というのはあまりに増井さんらしく、またご本人もまさに本望だったかもしれないと思うのである。
なお、「あとがき」をみるとこの本は『約十年前から現在にいたるまでに、あちこちの雑誌や新聞に書いたものをまとめたもの』であり、その「あとがき」の日付は「一九七八年十一月記」となっている。つまり、古いものは今から40年以上も前の1968年頃に書かれたもの、という認識を持って、読むべき内容ではある。
さらに、ネット書店で調べたら、2003年に再発行されたようだ。内容的には同じ物なのか、修正・加筆されたのかわからないけど・・そのカバー写真が、まさに増井さんの乗馬姿というのがまた因縁を感じる。
ネコがほとんど出てこないのがちと残念・・・!
(2010.8.15.)

猫はこの程度の登場。

増井光子『動物が好きだから』
※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。
『動物が好きだから』
- 著:増井光子(ますい みつこ)
- 出版社:どうぶつ社
- 発行:1991年
- NDC:914.6(日本文学)随筆、エッセイ
- ISBN:9784886223234
- 206ページ
- 登場ニャン物:-
- 登場動物:各種多数
目次(抜粋)
第1章・動物が好きだから
子供のころから好きだった/日の出前に起き出して/“自然の中の学校を”/ほか
第2章・念願かなって動物園に
息もつけぬおもしろさ/動物園とはなんなのか/動物の国からやってきた大使/ほか
第3章・アフリカが呼んでいる
チンパンジーの森/感激で胸がドキドキ/歓迎のキス/ほか
第4章・エチオピアの熱砂の世界
農業と牧畜の国/ウマにゆられて登る時/ロバの目/ほか
第5章・私のヨーロッパ・アジア紀行
女の職業/運命の明暗/家畜の地位/ほか
第6章・好奇心たちがたく
アザラシ見たけりゃ/熊狩り名人の話/北海道天売島へ/ほか
第7章・野生動物を飼うということ
遊園地としてだけでなく/飼育するとはどういうことか/必要なスペース/ほか
第8章・獣医のカルテ
動物達にも心の病が/拘禁反応/脱毛/ほか
あとがき