宮沢賢治『猫の事務所』
『新編・銀河鉄道の夜』収録(新潮文庫)。
軽便鉄道の停車場のちかくに、猫の第六事務所がありました。・・・と始まる、短い童話。
第六、というからには、第一~第五事務所もどこかにあるはずですが、それらについては一切触れていません。いきなりこの「第六事務所」が舞台となります。
第六事務所では、主に、猫の歴史と地理を調べているのでした。
事務長は大きな黒猫。
その部下の、一番書記は白猫、二番書記は虎猫、三番書記は三毛猫、そして、四番書記は竈猫(かまねこ)でした。
竈猫というのは、これは生まれ付きではありません。生まれ付きは何猫でもいいのですが、夜かまどの中にはいってねむる癖があるために、いつでもからだが煤できたなく、殊に鼻と耳にまっくろにすみがついて、何だか狸のような猫のことを云うのです。
ですからかま猫はほかの猫には嫌われます。
最初は事務長の黒猫だけはかばってくれました。ところが、かま猫が風邪で休んだ翌日から、事務長さえ、かま猫をいじめるようになってしまいます。なんだか、最近の「いじめ問題」のようです。最初はクラスメートがある生徒をいじめ、最後には担任教師までいじめる側にまわってしまうという・・・
かま猫は、
もうかなしくて、かなしくて頬のあたりが酸っぱくなり、そこらがきいんとなったりするのをじっとこらえてうつむいて居りました。
(中略)
かま猫は、持ってきた弁当も喰べず、じっと膝に手を置いてうつむいて居りました。
とうとうひるすぎの一時から、かま猫はしくしく泣き始めました。そして晩方まで三時間ほど泣いたりやめたりまた泣きだしたりしたのです。
それでもみんなはそんなこと、一向知らないというように面白そうに仕事をしていました。
日本中に、こんな子どもが大勢いるのではないでしょうか。
いじめられて、誰一人味方がいなくて、親さえもわかってくれなくて・・・いえ、親こそがいちばんの無理解者、苦しみの大根源であることも多いでしょう。
子どもだけありません。
大人でも、さらに、年金をもらう年齢となっていても・・・
そして、その人たちには、このお話の「獅子」のような存在さえ現れない・・・
こんなに短い童話で、ストーリーもあまりなくて、また、宮澤賢治は他にも、それこそたくさんの童話を書いているというのに、この『猫の事務所』が静かな、しかし確かな人気を保ち続けているのも、何かわかるような気がします。
読んだ後に、心にシインと沈む何かが残ってしまう、そんな名作です。
(2004年11月20日)
※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。
『猫の事務所』
『新編・銀河鉄道の夜』収録
- 著:宮沢賢治 (みやざわ けんじ)
- 出版社:新潮社 新潮文庫
- 発行:平成元年(1989年)
- NDC:913.6(日本文学)短篇小説/童話
- ISBN:4101092052 9784101092058(2012年改版)
- 357ページ
- 登場ニャン物:事務長の黒猫、一番書記の白猫、二番書記の虎猫、三番書記の三毛猫、四番書記のかま猫、ぜいたく猫、獅子
- 登場動物:
新編:銀河鉄道の夜 目次
- 双子の星
- よだかの星
- カイロ団長
- 黄いろのトマト
- ひのきとひなげし
- シグナルとシグナレス
- マリヴロンと少女
- オツベルと象
- 猫の事務所
- 北守将軍と三人兄弟の医者
- 銀河鉄道の夜
- セロ弾きのゴーシュ
- 饑餓陣営
- ビジテリアン大祭
- 注解—天沢退二郎
- 宮沢賢治の宇宙像—斎藤文一
- 収録作品について—天沢退二郎
- 年譜
【推薦:ゆきこ様】
賢治は「私はねこを見ると吐き気がする」という旨の詩を書いているので一般に猫嫌いだと思われてますが、「猫の事務所」の「かま猫」がまん丸な目に涙をためてがんばっている姿を読むと私には「賢治は猫嫌い」とは思えないんですよね~。
かまどで寝る癖があるためいつも煤でよごれている「かま猫」。
猫の事務所に勤めるかま猫は一生懸命がんばっても同僚の白猫や虎猫に馬鹿にされいじめられます。その様子を見ていた獅子がとうとう…。
私も賢治同様、獅子に同感します。
(2004.11.21)
*サイトリニューアル前にいただいておりましたコメントを、管理人が再投稿させていただきました。