揚羽猛『サラリーマン獣医 1000匹の犬と猫を救う』
面白楽しく読んでください。
皆さんは日本全国の動物病院で毎日行われている不妊手術の数と、動物管理事務所で毎日行われている殺処分の数は、どちらが多いかご存じだろうか。
なんと後者のほうが圧倒的に多いんだぜ。つまり人間は捨てられたり、不要になる運命の仔犬や仔猫の誕生を防ぐより、罪のない生きている動物を殺すことを選んでいるわけだ。
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さて。
この本、『サラリーマン獣医1000匹の犬と猫を救う』は、実に爽快だった!!
この本はフィクションである。架空の物語である。
著者は現役の獣医師。
動物愛護団体『二一世紀の捨て犬・捨て猫を考える会』の依頼で、「一般の人にもっと動物愛護に興味をもってもらおうと」書かれた。
ストーリーの最初のシーンは、よくあるパターン。
あるおじいさんが捨て犬捨て猫を哀れみ、拾っては自宅に連れて帰った。しかしおじいさんは餌を与えるだけでそれ以上の世話をしない。犬猫はつぎつぎと捨てられる。不妊手術もやらないから数は増える一方。しかもおじいさんは病に倒れてしまう。公表された数は犬300頭+猫200頭、実際にはその倍もいる。市の動物管理事務所はどうにかしろと責めるだけで何一つ手助けはしない。マスコミも騒ぐだけ。ボランティアたちだけの手ではどうにも手が回らない・・・
現実によくある話だ。日本全国にはこんな多頭飼育現場が数多くある。ほとんどが最初は「犬猫がかわいそうで」拾ってくることから始まる。しかしたちまち個人の手に負えない数まで増え、多頭飼育崩壊していく・・・
しかしここからの展開が‘本の中のお話’。
ある大手飼料会社がこの“動物村”に目を付けた。会社のイメージアップのため、一人の社員に出向を命じる。ペーパー獣医師の松村大介だ。
この松村なる男、獣医師免許は持っているけど実経験はゼロ。手術どころか保定(犬猫が暴れないようにおさえること)のしかたさえ知らない。しかし会社の命令となれば仕方がない。しぶしぶ動物村に赴いた。
とはいえ、獣医師免許を取るような男。動物たちの哀れな姿を見て放ってはおけない。
松村獣医師の獅子奮迅の活躍が始まる。
この本の何が爽快かって、まずこの松村獣医師の努力と成長ぶりが爽快だ。推定1000頭もの犬猫たち、それも多頭飼育崩壊現場の写真1枚でもごらんになった方ならわかるだろうが、どの子もボロボロでヨレヨレで糞尿まみれでおびえきっている、そんな中にたった一人で飛び込んでいくのだからたいしたものだ。いくらボランティアの人たち数人が手助けしてくれるとはいえ、並みの人間にできることではない。
それから、周囲の人たちがすばらしい。黙々と手伝うボランティアさんたち。喜んで無償協力する獣医師達。かっこよすぎる。
世の中も、なぜかうまい方向へ進んでいく。狂牛病騒動で、会社は飼料が売れなくなって困るが、それが動物村にとってはかえって追い風となったりする。この会社、ガリガリの儲け主義でどうしようもない会社なのだが、その「儲け主義」がなぜか犬猫を救ってしまう。そんな点も爽快。
そして何よりも、動物村の運営がとてもうまく進むことが嬉しい。もちろん前途の課題は山積みだ。しかし松村獣医師とその協力者達にまかせていればきっと大丈夫だろう。
これはおそらく夢物語だ。著者と、執筆を依頼した動物愛護団体の。
現実にはなかなかこううまくはいかない。資金や人手もだが、それ以前の問題として、人間関係でグチャグチャにもめてしまう。多頭飼育崩壊現場をうまく運営しようとすれば、政治家以上の政治的才能と手腕が必要となる。宗教団体のカリスマ教祖並みの統率力が必要となる。そんな人物はめったにいない。
フィクションと分かっていても、多頭飼育崩壊がこんなにすっきり綺麗に救われるなんて、私としてはつい大声で笑っちゃうくらい嬉しいことなのだ。
他にもこの本は色々なことを教えてくれる。
捨て犬・捨て犬の多さ。
不妊手術の意味。
動物を殺してはならないこと。
その他、その他。
また、さすが獣医師が書いた本。病気や症状の説明、その治療法、実際に使われる薬の名前やその副作用まで、ひとつひとつ詳細に書いてあって、しかも具体的でわかりやすい。小説としてではなく飼育書としても読めそうなくらいだ。すばらしい。
というわけで、この本はお薦めです。
ぜひ読んでくださいニャ。
(2007.2.18.)
※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。
『サラリーマン獣医 1000匹の犬と猫を救う』
- 著:揚羽猛 (あげは たけし)
- 出版社:文芸社
- 発行:2003年
- NDC:913.6(日本文学)小説
- ISBN:4835559053
- 206ページ
- 登場ニャン物: 多数
- 登場動物: 多数