荒川弘『銀の匙』1-14巻+15巻

荒川弘『銀の匙』

「食」の根本を問う、痛快学園マンガ

八軒勇吾(はちけん ゆうご)がその高校を選んだ理由は単純だった。
そこなら寮があるから。家に帰らなくて済むから。

その高校とは、大蝦夷農業高校酪農化学科。果てしなく広がる大自然に囲まれて、牧場あり、畑あり、林ありの、外周20kmという農学校。

同級生たちは当然ながら酪農家出身ばかり。非農家でインテリ家庭出身の八軒にとっては、驚きの連続だった。

まずは、彼らの体力に驚く。

「なんで早朝実習と授業実習と夕方実習(注:実習=すべて肉体労働)と部活(注:部活=すべて運動部)やったあとに卓球(注:遊び)やる体力があるんだよ!!!」
「卓球は別腹です!」
「化け物どもめ・・・・・」
1巻page49-50

彼らの知識にも驚く。都会の進学校出身の八軒は、農業高校ならトップをとれて当然だと思っていたし、実際、中間考査ではぶっちぎりで総合一位だった。

が、実はどの教科でも一位はとれていなかった。勉強して全科目90点台の高得点はとったものの、必ず上には誰か100点がいた。同級生たちは、中学レベルの数学でアタフタする一方で、自分達の専門分野に関しては大学レベルの内容を日常的に議論していた。紙のテストで良い点をとるための勉強とは、別次元の知識だった。実生活に基づいた、体で覚えた知識だった。

八軒少年は、そんな同級生たちにもまれながら、たくましく成長していく。

 

荒川弘『銀の匙』

残念ながら猫は出てきません。牧草の上で寝ていたりする姿が数か所あるだけ。でも第6巻の各話の最初のページ下に、猫のイラストがあります。このイラストは巻によって、子牛・馬・ブタなど様々です。

*   *   *   *   *

すばらしいマンガです!マンガ大賞2012受賞をはじめいくつもの賞を受賞し、アニメにも映画にもなっていますが、当然だと思います。こんなすてきな作品を最近まで知らなかったなんて迂闊でした。

八軒少年の成長ぶりが、すがすがしいほど見事です。

それ以上に、「食べるとはどういうことか」「生きるとはどういうことか」という、もっとも大事で且つもっとも難しい問題を、これほど楽しく、これほど面白く、それでいてこれほど真っ正面からとりあげたマンガは他にないんじゃないでしょうか。

八軒少年は、最初は何も知りませんでした。卵がニワトリの肛門(正しくは総排出腔)から生み出されると知り、卵を食べられなくなります。愛らしい子ブタの運命に心を痛めます。肉体労働の毎日に悲鳴をあげそうになります。

「俺達のヒエラルキーは 家畜より下なんスね・・・」
下どころではない!!おまえらは 家畜のドレイだ!!
「言い切った!!」
1巻page65-66

荒川弘『銀の匙』

卵がどこから出てくるか初めて知ってショックをうける。

けれども、若い彼はすべてを、驚くべき柔軟さで吸収していきます。卵を食べ、シカを解体し、可愛がっていた子ブタの肉を自分の手でベーコンに加工できるほどになっていきます。

人間が生きるためには、他の生き物たちの命をいただかなければならない。つまり、家畜を育て殺さなければならないこと。

 

荒川弘『銀の匙』

農家だけでない。獣医師になるにも、「殺れるかどうか」は重要な要素となる。

そして、家畜でも何でも、生き物が生きる、あるいは、生き物をちゃんと生かせる、という事は、それは大変なことなのです。その大変さをも、八軒少年は我が身をもって体験することになります。

この学校では、生徒は部活が必須で、しかも、運動部しかない!八軒少年は、馬術部なら「馬に乗ってて自分の足を使わないのって楽でいいかもな・・・(1巻page77)」なんて安易な考えで自分を納得させて(本当の理由は馬術部の女子に一目ぼれしたからなのですが)、馬術部に入部します。で、ここはもちろん、すっごくたいへん!なんせあの巨体の馬たちをお世話しないとならないのですから。毎朝4時起きで、まずは馬の世話、それから早朝実習~という日々。

畜産業の現実を知り、酪農経営の厳しさを目の当たりにし、八軒少年は、みるみる変わっていきます。現実から逃げる事しか考えていなかったひ弱な少年が、友を得、仲間を信じ、高校を卒業するころにはすでに、一人前の立派な男に成長していました。

このマンガに描かれていることは、見識のある方なら、あるいは誰でも知っていることかもしれません。が、このちょっと考えればわかることが、現代社会では、きれいにスッポリ忘れられてしまっている場合がほとんどです。「生きる」とはどういうことかを、根本から見直させてくれるマンガです。なかでも特に、都会の子供たちに読んでもらい、子どもたちの柔らか頭で感じてほしいマンガです。

超おすすめ。

荒川弘『銀の匙』

最後には、こんな広い場所を馬で歩けるくらいになります。馬は賢いから、馬場の中でこそいうことを聞いても、こんなオープンスペースではなかなか人間の思う通りには動いてくれない動物。こんな環境で自由に乗り回せるというだけで、実はすごいんです。

※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。

『銀の匙』
1-14巻

  • 著:荒川弘(あらかわ ひろむ)
  • 出版社:株式会社 小学館
  • 発行:2011年(第1巻)~
  • 初出:「週刊少年サンデー」2011年第19号~
  • NDC:726(マンガ、絵本)
  • ISBN:9784091231802(第1巻)
  • 図版など:モノクロ
  • 登場ニャン物:-
  • 登場動物:馬、ブタ、ウシ、ニワトリ、犬、他多数

荒川弘『銀の匙』

荒川弘『銀の匙』

第15巻、出ました!

荒川弘『銀の匙』第15巻

荒川弘『銀の匙』第15巻

作者の体調のため長らく連載が中断していた『銀の匙』第15巻、ようやく発行されました。これで完結です。

15巻目は、この長いストーリーをきれいに収めたな、というのが私の感想です。最初のころのような、度肝を抜かれるようなカルチャーショックや大発見(八軒勇吾にとっての)はもうありませんし、入学当初のひ弱な少年がすっかり成長していて、活躍の場もぐんと広がって、頼もしい限りです。この巻では勇吾より、勇吾が苦手としている父の方が面白かった☆スゴミのありすぎる風貌、半端ない圧迫感、しかし意外にも(?)クソ真面目で勉強家で、なにより「一緒に仕事する上ではとても信用できる人だ。」(page17)。

なにより、笑っちゃったのがこの絵。なんでバックがバージェス頁岩動物群なんだ?カンブリア紀の、奇怪な生き物たち。アノマロカリスにハルゲニア、オバビニア、その他。わはは。

荒川弘『銀の匙』第15巻

荒川弘『銀の匙』第15巻

大蝦夷農業高校の卒業生たちが、それぞれデッカイ夢を描いて、のびのびと卒業していく様子は、見ているだけでなんか胸がスッキリします。最近は新型コロナのパンデミックをはじめ、どうも憂鬱なニュースが多いご時世なだけに、青年たちの生き生きとした姿は、すごく良いですねえ。

『銀の匙』名作です。どうぞ最初からじっくりお読みください。そして、現代の食文化について、家畜たちについて、もう一度よく考えてあげてください。

荒川弘『銀の匙』第15巻

荒川弘『銀の匙』第15巻

荒川弘『銀の匙』第15巻

荒川弘『銀の匙』第15巻

 

『銀の匙』第15巻

  • 著:荒川弘(あらかわ ひろむ)
  • 出版社:株式会社 省太区間
  • 発行:2020年
  • 初出:「少年サンデー」2017年第34号、2018年第26号~第29号、2019年第49が央~第52号
  • NDC:726(マンガ、絵本)マンガ
  • ISBN:9784091595491
  • 203ページ
  • モノクロ
  • 登場ニャン物:-
  • 登場動物:ブタ、ウマ、他

 

荒川弘『銀の匙』

7.2

動物度

7.5/10

面白さ

9.5/10

猫好きさんへお勧め度

4.5/10

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