山岸凉子『舞姫テレプシコーラ』第一部、第二部

山岸凉子『舞姫テレプシコーラ』

山岸凉子といえばバレエ漫画、その最高傑作。

『アラベスク』『黒鳥-ブラックスワン』『牧神の午後』『ヴィリ』『言霊』他(←全部持ってます😊)、山岸凉子氏のバレエ漫画はどれも素晴らしいものがありますが、やはり最高傑作といえばこの『舞姫テレプシコーラ』だと私は思います。

 

あらすじ

ごく簡単にいえば、バレエに情熱をかける少女たちの成長物語です。第一部は、バレエ姉妹篠原六花(しのはらゆき、小五~)、その姉・篠原千花(しのはらちか、小六~)、重要な脇役の須藤空美(すどうくみ、小五~)らが活躍します。第二部は、16歳に成長した篠原六花がローザンヌ国際バレエコンクールに出場する様子を事細やかに描きます。ひとつのコンクールをこれほど詳細に描いた作品を私は他に知りません。

山岸凉子『舞姫テレプシコーラ』
山岸凉子『舞姫テレプシコーラ』

以下、ネタバレどころか、内容をよく知っている方へという前提で書きます。未読の方は申し訳ありませんが、ここでお帰りいただく方がよろしいかと存じます、すみません。

山岸凉子『舞姫テレプシコーラ』

空美ちゃんの伯母、須藤美智子とその飼い猫

猫サイトですから当然、まずは登場する猫のことから。

空美ちゃんは、主人公・六花ちゃんの同級生です。空美ちゃんの伯母、須藤美智子は若かりし頃、優れたバレリーナでした。貝塚バレエ団の貝塚先生によれば、「彼女は幻のプリマ、早すぎた天才」だったそうです。が、海外で大きな怪我をし、現在は脚を引きずる生活です。そして姪の空美ちゃんを指導した先生でもあります。

かつては裕福だった美智子の家は、今はすっかり落ちぶれて、たった一つ残されたレッスン場も差し押さえられ、彼女は精神的にも壊れてしまっています。そんな彼女が飼っていた白猫が「ブランチ」。英語の branch(枝)ではなく、フランス語の blanche(「白」の女性形)でしょう。空美ちゃんはこの猫のわがままにイライラし、蹴飛ばしてしまいます。その後、猫は行方不明に。美智子先生の精神状態が悪化する原因ともなりました。

山岸凉子『舞姫テレプシコーラ』

杉作『クロ號』特別出演?

そして、もう1ニャン。杉作氏『クロ號』のクロちゃんのぬいぐるみを、レッスン中の千花ちゃんが「くるみ割り人形」に見立てて踊るシーンが出てきます。絵の下に「無許可。スミマセン」と書いてあるところを見ると、クロちゃん無断で出演?私としては大歓迎でしたけど!

山岸凉子『舞姫テレプシコーラ』

篠原母も、須藤母も毒親

山岸凉子氏の作品に出てくる母親は毒親が多い印象です。『スピンクス』『狐女』『鬼来迎』『汐の声』他。少女漫画界では珍しいことです。

『舞姫テレプシコーラ』に登場する二人の母親も、かなりな毒親です。バレエのことしか考えていないという意味で。二人とも元バレエ団員でしたが、プリマというほどではなく、今は娘達をプリマに仕立て上げることに情熱を燃やしています。

まず、空美ちゃんの母・須藤艶子。彼女にとって、元天才プリマのお義姉さん(美智子先生)は

「少なくともわたしやお父さんより大事な人なんだ」

山岸凉子『舞姫テレプシコーラ』

須藤家は生活保護をもらって暮らしているのですが、夫(空美ちゃんの父)が暴力男で金を奪っては酒に飲んでしまう上、義姉(美智子)の浪費癖もなおらず、一家は困窮しきっています。いよいよ苦しくなると、須藤母は娘の空美ちゃんに児童ポルノのモデルをやらせて生活費を得ます。空美ちゃんは嫌でしかたないのですけれど、好きなバレエを続けるためなんとか我慢しています。

しかしこんな親でも篠原母に比べればまだマシともいえるかもしれません。須藤母はどんな手を使ったのか、まだ子供の空美ちゃんを手放しアメリカの大富豪の養女に送るという思い切った手法で、その類まれなる才能を開花させ、夢を実現させてあげるのですから。ローラ・チャンになった空美ちゃんは、バレエを続けるはもちろん、整形手術をうけ「アジアン・ビューティー!」と誰もが振り向くほどの美貌をも手に入れました。その踊りには悲哀=エレジー=があふれているというものの、その哀調さえも彼女の踊りの魅力となり、今後の活躍は確約されています。

それに対し、篠原母はどうでしょうか。姉・千花ちゃんに自分の夢を託す余りに、まだ若い彼女を追い詰め、最後には自死させてしまいます。彼女の自死の理由を「学校でいじめにあったから」なんて言ってますが、私が見る限りでは根本原因はこの篠原母です。千花ちゃんは膝の靭帯を切る大怪我をし、何回も手術を繰り返しますが治りません。あれほどバレエ熱心だった千花ちゃんも、ついにバレリーナは無理とおもい「お医者になろうかな。(中略)バレリーナの脚を治すお医者。必要だと思う」と漏らします。が、そのときも篠原母は千花ちゃんを叱咤激励します。「でもね千花。それは逃げよ。この成績じゃ医者だって・・・」

山岸凉子『舞姫テレプシコーラ』

その一方で、妹・六花ちゃんの才能に周囲がつぎつぎと気づく中、実の母親である彼女は全然気づきません。ローザンヌ出場だって「奇跡」と思い、旅立つ六花ちゃんを見送りながらも、なお、千花ちゃんのことを考え続けます。読んでいると、六花ちゃんが気の毒になってきます。千花ちゃんと六花ちゃんがとても仲の良い姉妹だったからよかったものの、もし二人が普通程度の姉妹愛であれば、六花ちゃんは相当傷つき反発もしたでしょうね。

 .

ローラ・チャンの「黒いスワニルダ」

第二部ではローザンヌ国際バレエコンクールの様子が事細やかに描かれています。六花ちゃんは「奇跡的に」ビデオ審査を通り、同じバレエ教室の茜ちゃんと出場します。六花ちゃんと同じ15~6歳クラスに、ローラ・チャンがいました。卓越したテクニック、さらにその美貌に、周囲は驚きます。

ローザンヌでは、いくつかの課題曲の中から好きなものをひとつ選んで踊るシステムになっています。ローラが選んだのは「スワニルダ」、亡き千花ちゃんが埼玉バレエコンクールで事実上優勝したときと同じ踊りでした。その選択に六花ちゃんは違和感を感じます。ローラは「スワニルダ」より「ラ・バヤデール」のイメージなのに、と。

さらに、ローラの本番での衣装を見てショックを受けます。千花ちゃんが埼玉バレコンで着用したものとまったく同じデザインだったので。そのデザインは外ならぬ六花ちゃん考案のものでした。ただ、「スワニルダ」にしては異例の黒一色でした。さらに、小柄な千花ちゃんにはなかった袖――「腕がおもいっきり長い者でなければつけられない」もちろん黒――をつけていました。

私にはこの黒い袖が喪章に見えました。

山岸凉子『舞姫テレプシコーラ』

いえ、衣装全体が黒いのですから、喪服ですね。千花ちゃんの衣装と同じデザインの喪服。

空美ちゃんは極貧の小学生時代、何回か千花・六花姉妹と一緒にレッスンを受けたことがあります。また埼玉バレエコンクールにも出場していました。天才少女同士、空美ちゃんは千花ちゃんの踊りを認めていたのではないでしょうか。さらに、なにかのツテで、その後の千花ちゃんの不幸も知った。あるいは金持ちの養父が、空美ちゃんのローザンヌ出場の前に、ライバルの調査でもしたのかもしれません。

空美ちゃんからみて、かつてはあんなに羨ましい境遇にいた千花ちゃんが、大怪我をし、虐めにあい、自死してしまった。空美ちゃんも小学校時代はひどい虐めにあっていた子です。残酷な運命のどんでん返しに、空美ちゃんは驚いたのでしょう。そして、かつてのライバル・千花ちゃんへの、空美ちゃんなりの気持ちとして、「スワニルダ」を選び、黒い衣装を作らせたのかもしれません。もしかしたら単なる弔意をも越えて、千花ちゃんと一緒にローザンヌで踊ったのかもしれません。

そして空美ちゃんは、六花ちゃんも見ていました。

山岸凉子『舞姫テレプシコーラ』

あるいは六花ちゃんのコリオグラファー(振付家)としての才能を、一番最初に見抜いたのも空美ちゃんかもしれません。六花ちゃんが教室でデタラメに踊るのをしっかり見ていましたから。そしてローザンヌでインプロヴィゼーション(即興で踊ること)を踊る六花ちゃんを見て、その振り付けを自分も踊ってみたくなって飛び出し、そして確信した。彼女こそ未来の天才コリオグラファーだと。そして六花ちゃんの振り付けを踊り続けるために、パリ・オペラ座という最高のオファーを蹴って、六花ちゃんと同じHバレエ団にバレエ留学する道を選んだのではないかと。

3人の天才少女たち、踊りの天才の千花ちゃんと空美ちゃん、振り付けの天才六花ちゃん。凡人には分からない、天才同士ならではの特別な理解がそこにあったように、私には思えるのです。

山岸凉子『舞姫テレプシコーラ』

『舞姫テレプシコーラ』と『アラベスク』

山岸凉子氏のもうひとつの代表的バレエ漫画『アラベスク』にも、猫が2か所、ほんのチラッとですが登場します。

1回目は、ユーリ・ミロノフ先生の自宅にノンナが招かれたときです。レッスン場ではあんなに厳しいミロノフ先生が、自宅ではとてもやさしかった。自宅には猫もいました。

山岸凉子『アラベスク』

 

2回目は、クレール・マチューの自宅。マチューも猫を飼っていました。

山岸凉子『アラベスク』

 

ノンナにとって、ミロノフ先生は言うまでもなく、運命の人です。彼女を見つけ出し、世界的なプリマに鍛え上げ、その後夫となる人です。マチューもノンナの踊りに強い影響を与えた人物です。

これを『舞姫テレプシコーラ』の猫の登場場面と強引に(?)重ねることもできそうです。

『舞姫~』の最初の猫は、空美ちゃんにバレエを教えた美智子先生が飼っている猫。空美ちゃんの踊りは六花ちゃんにも大きな影響を与えます。次の猫は、ぬいぐるみですが、千花ちゃんがレッスンに使ったクロ。そのレッスンは六花ちゃんの才能が予見されるシーンでもありました。六花ちゃんは「踊りにセリフが見える」といい、千花ちゃんに、セリフをつけながらパントマイムをすることを提案するのです。そのパントマイムはその後、バレエ評論家にも好印象を与えることになります。

どちらの作品でも重要人物の背景にチラっと猫が登場している!

なーんて。無理ありすぎなのは自分でもわかっていますけど。にゃは。忘れてください。

※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。

ショッピングカート

著者について

山岸凉子(やまぎし りょうこ)

1983年、『日出処の天使』で第7回講談社漫画賞を受賞。代表作に、『アラベスク』、『妖精王』、『ツタンカーメン』、『鬼』、『青青の時代』、『白眼子』ほか多数。
(著者プロフィールは本著からの抜粋です。)

『舞姫テレプシコーラ』

第一部、第二部

  • 著:山岸凉子(やまぎし りょうこ)
  • 出版社:メディアファクトリー
  • 発行:2001年~2010年
  • NDC:726(マンガ、絵本)
  • ISBN:9784889917871(第一部第1巻)
  • モノクロ
  • 初出:『ダ・ヴィンチ』2000年11月号~
  • 登場ニャン物:ブランチ、クロ
  • 登場動物:-
ショッピングカート

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA