ルイス・キャロル『不思議の国のアリス』

ルイス・キャロル『不思議の国のアリス』

 

アリスといえば、ニヤニヤ笑いのチェチャ猫。

全世界で、聖書の次に読まれた本と言われるほど、有名な本。
あまりに有名すぎて、私如きにこの本の書評なんておこがましくて出来ない。
なので、猫サイトとして、あくまで「猫」との観点から見てみる。

猫は2頭登場する。

1頭目は、アリスの愛猫「ダイナ」。
といってもダイナ自身は登場せず、アリスの会話の中だけで言及される。

しかしその回数は多い。
アリスは何かというと「ダイナ」の名を口にする。

一番最初は、落ちている最中。
ご存じの通り、アリスは白ウサギを追ってウサギの穴に落ちるのだが、その穴は垂直で、途方もなく深く、アリスはどこまでもどこまでも落ちていく。
不思議なことに落下速度は遅くて、穴の壁に書いてある文字を読んだり、戸棚からマーマレードの瓶を取り出したりするのだが(なぜか穴の壁は本棚や戸棚で埋め尽くされていた)、あまりに長い落下に少々飽きてきたアリスは、愛猫を思い出す。

「あたしがいなくて、ダイナが寂しがるだろうな」

とか

「ちゃんとミルクをもらえるといいんだけど!」

とか。

そして

「猫(cats)って、コウモリ(bats)を食べるのかしら?」

と考えている最中に眠くなり、居眠りしはじめてやっと、地底につくのだ。

これほど長い落下だったにもかかわらず、アリスは着地のときに怪我はしなかった・・・猫の事を考えていたから猫のように着地できたのか?
本には「猫のように」とは書かれていないが、読む方は当然そのような印象を持つだろう。
まどろみの中で猫と一体化していたアリスが、ふわりと着地しても、読者はたいして驚かない。

その後のアリスも猫っぽい。
何かを食べたり、時には扇で仰いだりする度に、アリスの体は大きくなったり小さくなったりするのだが、それはまるで、猫の瞳が大きくなったり小さくなったりするかのようだ。
アリスは体のサイズが変わる度に当然視点もかわるのだが、それが猫の瞳を連想させるのである。

もっとも、アリスの猫「ダイナ」は、地下の世界では嫌われ者、というか、怖がられる存在だった。

たとえばアリスがネズミに会ったとき。アリスは最初、普通に(つまり英語で)話しかけるが、通じないように見えたので、もしかしてフランスのネズミかも、と思い、フランス語の教科書に最初に書いてあった文章で話しかけてみる。それは

“Ou est ma chatte?”

「私の雌猫はどこ?」という文章だった。

(寄り道だけど、”mon chat”(猫一般、雄猫)ではなく、”ma chatte”と雌猫である点が、教科書としては変だと思う反面・・・フランス語は猫一般はふつうle chatが使われる・・・、アリスの話が少女達のために作られたという話が思い出され、著者の子どもたちへの優しい思いやりまで感じられた、としたら勘ぐりすぎだろうか。)

ネズミは「猫」と聞いて震え上がる。
アリスは慌てて陳謝するが、その後もしばしば忘れて、小動物相手にうっかり「あたしの猫ダイナ」の話をしては失敗する。
アリスが不思議の国で出会う動物達は、ネズミや小鳥、トカゲなど、小動物が多く、つまりいずれも猫が獲物と狙う存在だからだ。
ウサギだって、子ウサギなら猫の獲物だ。

その白ウサギの家の中で、アリスは体が大きくなりすぎて、身動きとれなくなった。
外では小動物達が大騒ぎ、ついに「家に火をかけるしかない!」とウサギが言う。アリスはあわてて返す。

「そんなことをしたら、あんたたちにダイナをしかけてやるから!」

アリスの愛猫は、そこに居ずして、アリスを救うのだ(笑)。

ルイス・キャロル『不思議の国のアリス』

岩波書店版。チェシャ猫とアリスが表紙。

『不思議の国のアリス』に登場するもう1頭の猫とは、いうまでもなく、「チェシャ猫」である。

チェシャ猫は不思議な猫だ。

大きな猫である。
ニヤニヤ笑いの口元は両耳まで広がっている。
爪がとても長く、歯がズラリと並んでいる。

一番の特徴は、空中に突然現れたり消えたりすることである。
そしてその消え方は、不意だったりゆっくりだったり、また現れるときも全身ではなく必要最小限に顔だけだったりと、どこまでも自由自在な存在だ。

当然人語も話す。
アリスは、歯と爪に敬意を表して、丁寧に話しかける。

会話の内容は、アリス全話の中では珍しいくらいに、まともで、哲学的である。
ほとんど禅問答のようにさえ聞こえる。
会話の主語を、チェシャ猫とアリスではなく、偉いお坊さんと迷える弟子に置き換えても、そのまま通じそうなくらいである。
たとえば、森の中での会話を置き換えてみると・・・

「お師匠様、私はどんな道を進めばよろしいのでしょうか」
「それはお前がなにをしたいか、それによるのう」
「私にはそれがわからないのです・・・」
「ならば、なるようになれ、じゃ。」
「でも、必ず何かをなしとげたいのです」
「そりゃ、確実に何かはなしとげるじゃろうよ。歩み続けてさえおればな」
(中略)
「どこへ行っても良い。どこもまともではないことでは同じじゃ」
「まともでない中へ行きたくありません」
「それはやむを得んて。まともな人間なんていやしないのだからな。わしもまともじゃない。お前もまともじゃない」
「私の、どこがまともじゃないというのでしょう」
「まともじゃないに決まっておる。でなきゃ修行の身に入ったりはせん」
「では、お師匠様のどこがまともじゃないというのでしょう」

この通り、ちょっと言葉をいじれば、そのまんま、意味深な人生論ではないか。

チェシャ猫は、その一見不気味な外見にかかわらず、案外人の良い、否、猫の良い奴である。
アリスが、「突然消えたらびっくりするじゃない!」と不平を言えば、次回からはゆっくり消えてくれる。
あまりにゆっくりなので、猫の姿が見えなくなった後も、ニヤニヤ笑いが空中にただよって残るくらいだ。

チェシャ猫は、自分の信念をも持っているように見える。

クロッケー大会で、王様が、チェシャ猫に言う。

「わしの手に接吻することを許可する」

ところが、チェシャ猫はにべもなくはねつける。

「やだね」

王様は怒って

「首をはねろ!」

と命令し、自ら死刑執行人を連れてくる。
しかし死刑執行人は、チェシャ猫を見て、困ってしまう。

「首をはねるには、まず、首が胴体とつながっていないと無理です」

このとき、チェシャ猫は顔だけで空中にただよっていた。
アリスを会話をするには、首から下は不要だから出現させるに及ぶまいと考えたからだった。

苛立った王様は、チェシャ猫の飼い主、公爵夫人を連れてこいという。
夫人は牢に繋がれていた。
しかしドタバタ騒ぎの最中にチェシャ猫は消えてしまい、公爵夫人は自由の身となる。

結果的に、チェシャ猫は(も)、飼い主を救ったと言えなくもない。
チェシャ猫、けっこう良い猫なんである。

なお、言うまでもないが、『鏡の国のアリス』という続編がある。

(2011.1.3.)

ルイス・キャロル『不思議の国のアリス』

岩波文庫版。アリスでもっとも有名なキャラ?ハンプティ・ダンプティ。

 

※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。

 

『不思議の国のアリス』

  • 著:ルイス・キャロル Lewis Caroll
  • NDC:933(英文学)小説
  • 原書:”Alice’s Adventures in Wonderland” c1865
  • 登場ニャン物:ダイナ、チェシャ猫
  • 登場動物:ウサギ、ネズミ、イモムシ、ウミガメ、ほか

 

著者について

ルイス・キャロル Lewis Carroll

本名 Carles Lutwidge Dodgson、1832-1898。
イギリス人。数学者。『アリス』は友人の幼い娘達のために作られた。

(著者プロフィールは本著からの抜粋です。)


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ルイス・キャロル『不思議の国のアリス』

5.8

猫度

1.5/10

面白さ

9.0/10

文学史上の価値

9.5/10

猫好きさんへお勧め度

3.0/10

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