夏目伸六『猫の墓』

副題:『父・漱石の思い出』。
夏目漱石の次男が書いたエッセイ集。
最初の章は、当然ながら、『吾輩は猫である』に関連のある猫達の話からはじまる。
漱石といえばいつの時代も、まず『猫』からが定石。
さて、有名な吾輩君のモデル猫は、小説の内容通り、名前もなかった。
漱石はとくに猫好きというわけではなかったし、妻鏡子はどちらかというと猫嫌いの方だったそうだ。
が、その猫がいざひっそりと死んでしまうと、家中大騒ぎして猫の墓をつくる。
そのへんの漱石家の様子が非常に具体的に、目に見えるように描かれていて、猫好きはもちろん、猫嫌いだが漱石ファンという方も、ぜひ読まれると面白いだろう。
そのあまりに有名な無名猫の墓は、後日、新宿区文化財となった。
実物をご存じの方もいらっしゃるに違いない。
碑のかたわらには、「小説『吾輩は猫である』の主人公になった三毛猫の墓である」と書かれた立て札も立った。
ところが、実際のモデル猫は三毛猫ではなかったそうな。
伸六氏はこの本の中で「単なる縞猫」だったと書いている。
その一方、黒猫だったと書いている本も多い。
そんな混乱を生じさせた原因は、なんといっても、漱石家が根本的に猫には無関心だったからであり、日本一有名な猫がこれでは浮かばれないと思う反面、あれほど自然体な接し方ができた時代が少々うらやましい気もする。
猫の話は最初の1章だけ。
他は漱石と関連のある様々な思い出話が語られている。
私が面白かったのは、岩波茂雄氏についてのエッセイ。
言わずと知れた、あの岩波書店の創設者のことである。
世の中には岩波信者は多い。
私ももちろんその一人で、岩波でさえあれば良書だと思いこんでいる。
それだけの出版を、岩波はしてきたと思う。
その創設者であれば青白い学者肌かと思いきや、全然違うタイプの人で、おもしろい。
それから、従軍時代の馬の話。
動物好きなら頭に来るような内容なのだけれど、戦争中は人間の方も惨憺たる有様だったのだから、全然怒る気にはなれない。
ただ、どちらも大変だったなあと思うばかりである。
漱石の取り巻き達は、漱石をあまりに神聖視しすぎたがために、漱石以外の家族に対しては随分と無礼なことを言ったりしたりもしたらしい。
そんな、今だからこそ笑って読めるような暴露話も書いてあって、漱石ファンには必読の書となっている。
が、今は残念ながら手に入らないようだ。
図書館または古本屋めぐりしてください。
(2005.4.18)

夏目伸六『猫の墓』
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『猫の墓』
父・漱石の思い出
- 著:夏目伸六(なつめ しんろく)
- 出版社:河出文庫
- 発行:1984年
- NDC:914.6(日本文学)随筆、エッセイ
- ISBN:4309400647 9784309400648
- 242ページ
- 登場ニャン物:お母ちゃん、黒
- 登場動物:
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