熊谷達也『邂逅の森』

熊谷達也『邂逅の森』

命とは?生きるとは?生き延びるとは?

そうでなくとも、大好きな作家である。
その、好きな作家の、文学史上初となるダブル受賞作(直木賞+山本周五郎賞)とあっては、期待せずにはいられない。

本を開く前からワクワクしていた。
一気に読み終えた。

読み終えて、なんだこれ、と思った。

こんな本・・・ダブル受賞、当然じゃないの!
私なら喜んでノーベル文学賞だって出す!

それくらい、面白かった。

よくこれだけのものを書けたものだ、今の時代に。
私とそう変わらない年齢なのに。

『ウエンカムイの爪』や『漂泊の牙』にあった気負いのようなものも、今やすっかり抜けている。
大家の風格さえ感じられる。
熊谷達也という作家には、背筋がゾクゾクと震えしまう。

舞台は東北の山奥。
時代は大正。

松橋富治は、打当(うっとう)の生まれである。

全戸数が二十数戸の小集落なのだが、家の数以上にマタギがいうるという、ある意味特殊な集落であった。

耕作に適した地があまりに狭い。
山の幸は豊富だが、それらは飢え死にしないための方策でしかない。
現金収入を得るには、獣を獲るしかなかった。
昔から高値のクマの肝のほか、軍需要の毛皮もよく売れた。

打当の里に生まれた男子は、よほどの例外を除き、成長すればマタギになった。
それは打当に限らず、周辺集落もみな同じだった。

それだけマタギが多ければ、当然、縄張り問題というものも出てくる。
マタギたちは組を作り、互いに不可侵の紳士協定を結んでいた。
地元の組にあぶれたマタギたちは、旅マタギとなって、出稼ぎ猟をおこなった。

富治の父は、旅マタギの一人だった。
富治も旅マタギに出るしかなかった。

旅マタギをするのは寒マタギ、つまり、1~2月の厳冬期である。
他ならぬ東北の厳寒期である。
寒さも雪の深さも尋常ではない。

その、厳しすぎる自然の中を、16歳の年少から、富治は旅マタギとして歩いたのだった。
富治の鉄砲の腕は、超一流に育った。

富治は若くて健康な男である。
欲望もあれば、恋もする。
女を知って心に火を燃やしたのは当然の流れだった。

しかし相手が悪かった。
地主の一人娘だった。
貧農の富治とは身分が違いすぎた。

二人の恋は露見し、富治は村を追われてしまう。
のみならず鉄砲まで取り上げられてしまう。

富治は、銅鉱山に行かされたのだった。
生き続けるにはそこで働くしかなかった。

こうして、富治の生活は、真っ白い雪の大山脈から、真っ暗で狭い穴の中へと大変化した。
まじめで屈強な富治はすぐに腕の良い鉱夫になった。

が、運命は、富治をまた山へ、マタギの世界へと引き戻していく。
山では、以前にもまして壮絶な闘いが、富治を待っていた・・・

熊谷達也『邂逅の森』

熊谷達也『邂逅の森』

*****

山で生きる、ということの厳しさ。
命を相手に生きる、ということのすさまじさ。
ただもう、圧倒されるばかりだ。

マタギたちは、厳格な掟を守って暮らしている。
彼らが狩るのはあくまで自分たちが生きるためだ。
誰よりも『命』の重さを知っている。知り尽くしている。
大自然と、さらに運命と、真正面から向き合って闘っている。

この小説で扱われているテーマは3つ。

人間と自然の関係。
人間と人間の関係。
男と女の関係。

吐き気を催すほどに男っぽい、昔の東北マタギの世界。
山で暮らす男たちの、あまりに骨っぽい生活、巌のように強固な意志。

その一方で、著者熊谷達也のもうひとつのテーマ、男と女の関係も綿密に語られる。
むしろ富治の恋愛こそが、もっとも重要なテーマかもしれない。
露骨な性描写も出てくる。
きめ細かな感情描写も出てくる。

なんて男たちだろう!
なんて女たちだろう!
なんて盛り沢山な小説だろう!

夢中で一気読み。
読み終えた直後の私は、ぶん殴られた様な、ぶったまげた顔をしていたに違いない。

超おすすめ。

(2012.10.15.)

*****

本作は、森シリーズ『相剋の森』『邂逅の森』『氷結の森』の第二弾。

↑と、一般には言われているのだが、私的には、『ウエンカムイの爪』『相剋の森』『邂逅の森』の3冊がが本編シリーズ、『氷結の森』は外伝、というイメージだ。
なぜなら最初の3冊はクマ猟と密接なかかわりがあり、クマが重要なキャストのひとりでもあるが、最後の『氷結の森』は、主人公が東北マタギ出身というだけで、クマは出てこないから。

※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。

『邂逅の森』

  • 著:熊谷達也(くまがい たつや)
  • 出版社:文芸春秋 文春文庫
  • 発行:2006年
  • NDC:913.6(日本文学)小説
  • ISBN:9784167724016
  • 535ページ
  • 登場ニャン物:-
  • 登場動物:ツキノワグマ

目次(抜粋)

第一章 寒マタギ
第二章 穴グマ猟
第三章 春山猟
第四章 友子同盟
第五章 渡鉱夫
第六章 大雪崩
第七章 余所者
第八章 頭領(スカリ)
第九章 帰郷
第十章 山の神

解説 田辺聖子

著者について

熊谷達也(くまがい たつや)

宮城県仙台市生まれ。東京電機大学理工学部数理学科卒業。中学校教員、保険代理店業を経て、97年、『ウエンカムイの爪』で第10回小説すばる新人賞を受賞して作家デビュー。2000年、『漂白の牙』で第19回新田次郎文学賞受賞。04年、『邂逅の森』で第17回山本周五郎賞、第131回直木賞を受賞。『相剋の森』『氷結の森』『はぐれ鷹』『群青に沈め 僕たちの特攻』など著書多数。

(著者プロフィールは本著からの抜粋です。)


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熊谷達也『邂逅の森』

9.1

動物度

7.5/10

面白さ

10.0/10

猫好きさんへお勧め度

9.9/10

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